砂原浩太朗作品のページ


1969年生、兵庫県神戸市出身、早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーのライター・編集・校正者。2016年「いのちがけ」にて第2回「決戦!小説大賞」を受賞し作家デビュー。21年「高瀬庄左衛門御留書」にて第9回野村胡堂文学賞・第15回船橋聖一文学賞・第11回本屋が選ぶ時代小説大賞、22年「黛家の兄弟」にて第35回山本周五郎賞を受賞。


1.高瀬庄左衛門御留書

2.黛家の兄弟 

3.藩邸差配役日日控 

4.霜月記 

5.夜露がたり 

  


       

1.

「高瀬庄左衛門御留書 ★★     野村胡堂文学賞・船橋聖一文学賞


高瀬庄左衛門御留書

2021年01月
講談社

(1700円+税)

2023年06月
講談社文庫



2021/03/15



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2年前に家付き娘だった妻が死去。そして自らと同じ郡方として出仕し始めた息子の啓一郎が郷廻り中に転落死。
啓一郎に同行した小者の
余吾平までもが責任を感じて高瀬家を去り、老いを迎える身で高瀬庄左衛門は寂しい一人暮らしとなってしまいます。
その寂しさを紛らわせてくれるのは、再び忙しくなった郡方の仕事、そして庄左衛門に絵を習いたいと、戻った実家の秋本家から高瀬家に弟連れで度々足を運んで元嫁の
志穂

そうした境遇となった庄左衛門の淡々と過ごす日々が描かれていく長編時代小説。
ただ、本人は淡々と過ごすつもりでも、周辺で起きた揉め事に否応なく巻き込まれてしまい、ついには藩内を揺るがす異変の渦中にまで。
一方、そうした過程で江戸留学から戻り藩校の助教となった
立花弦之助や、訳ありらしい夜鳴き蕎麦屋の半次という知己を得ることになります。その辺りは庄左衛門の裏表のない人物ぶりが慕われてこそなのでしょう。

本作、どうも藤沢周平作品と比較されるようですが、私としてはそうした印象は余り受けず。
たしかに「風の果て」や「隠し剣」等、幾つかの作品を組み合わせて繋ぎ合わせれば似たようなストーリィになるかもしれませんが、あくまで砂原浩太朗作品であり、高瀬庄左衛門の世界と思うからです。

本作における高瀬庄左衛門の姿には、人は運命にしたがって生きるしかないという諦念がそこには感じられます。それと同時に、だからといって諦めるということではなく、自分の出来ることを果たしていくという覚悟もある。
それは庄左衛門だけでなく、志穂、弦之助、半次らにも感じられることです。

本作は、庄左衛門の淡々とした歩み、語り口が魅力。
何となく、高齢者再雇用を受けた現代社会サラリーマンに通じるものを感じる次第です。
なお、ストーリィ展開に幾つか納得感を欠くものがある点が、惜しまれるところ。


【一年目】おくれ毛/刃/遠方より来たる/雪うさぎ/夏の日に/
【二年目】嵐/遠い焔/罪と罠/花うつろい/落日

           

2.

「黛家の兄弟 ★★        山本周五郎賞


黛家の兄弟

2022年01月
講談社

(1800円+税)

2023年12月
講談社文庫



2022/02/11



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読み終えて面白かった、と思うと同時に、少々物足りなかったとも感じてしまう時代小説、高瀬庄左衛門御留書に続く“神山藩”もの第2弾。

主人公の
新三郎は、代々筆頭家老の家柄である黛家の三男。父親の清左衛門は筆頭家老を務め、長兄の栄之丞は英邁、次兄の壮十郎は剣術の腕達者という家族構成。
一方、次席家老を務める
漆原内記、娘が藩主の側室となり、生まれた次男を藩主が可愛がったことから、孫を世子にし自分は筆頭家老の座を奪うという野望を抱く。
 
昔の時代小説であれば即<お家騒動>の定番と言うべき舞台設定ですが、争いは代々筆頭家老と家柄である黛家と、代々次席家老の家柄である漆原家との闘いという様相を呈します。
周到な内記の悪計により崖っぷちまで追い込まれた黛家、その時清左衛門が取った選択は・・・。
そして第二部は、内記が筆頭家老の座にある13年後・・・。

ストーリィは、思わぬ展開が次々とあって起伏も大きく驚かされること度々なのですが、それに対して主人公である新三郎の積極的な行動が余り感じられない、という印象。
いや、そうではなく、淡々と描くところが砂原さんの味わいなのかもしれませんが。
内心では色々に思いを巡らせながら表面上はそれを隠し、いずれ訪れるであろう時節の到来を待っている、ということかもしれませんが、新三郎、並びにその周辺人物との関係等々が今ひとつ物足りず。
 
最初こそ、藤沢周平さん的な手触りを感じたのですが、ある出来事を切っ掛けに
山本周五郎「ながい坂」を思い出し、新三郎と阿部小三郎=三浦主水正をつい比べてしまうようになりました。新三郎に対する物足りなさは、その所為かもしれません。

ストーリィとしては面白く読めましたが、人間ドラマとしては書かれるべきことが書かれないままに終わってしまったという印象で、不足感もまた残りました。

第一部 少年
花の堤/闇の奥/宴のあと/暗闘/逆転/夏の雨/虫
第二部 十三年後
異変/襲撃/秋の堤/闇と風/冬のゆくえ/春の嵐/熱い星

          

3.

「藩邸差配役日日控 ★★   


藩邸差配役日日控

2023年04月
文芸春秋

(1750円+税)



2023/05/14



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本作の題名になっている「藩邸差配役」は、作者の創造による架空の役職なのだとか。
現代の会社に置き換えてみれば、総務部総務課、といったような位置づけ。それを象徴するように藩内では、「何でも屋」と揶揄されているのだという。
差配役である主人公の
里村五郎兵衛曰く、「誰もやらぬ・・・いや、できぬお役を果たすのが差配方じゃ」と。

その言葉どおり、
神宮寺藩江戸藩邸内でまさに色々な騒動が起こり、その度に呼びつけられ、対応を命じられる、という風。
「拐し」:江戸市中に散策に出た世子の亀千代が姿を消してしまったという急報。慌てて探し回りますが、見つからず。
「黒い札」:調度品等を扱う御用商人を決めるための入札。五郎兵衛、なんとなく不審なものを感じてしまう。
「滝夜叉」:新たに雇い入れた女中を巡って中間たちの間に喧嘩が勃発。さてどうしたものか・・・。
「猫不知」:愛猫がいなくなったと藩主正室が大騒ぎ。捜せと言われて大勢で探すのですが見つからず・・・。
「秋江賦」:江戸藩邸内で江戸家老と留守居役の対立が激化。五郎兵衛、どちらにも組しないつもりでいたのですが、それが許されない状況に陥ります・・・。

ありとあらゆる問題への対応、解決が求められる、という処が面白い。機転が利かないと務まるお役目ではなさそうです。

それなりに楽しめました。
なお、作者には続編も視野にあるようです。シリーズものとなれば、それはそれなりの味わいが生まれてくるような気がします。
例えば、
北原亞以子“慶次郎縁側日記”シリーズのような。

拐し/黒い札/滝夜叉/猫不知(ねこしらず)/秋江賦(しゅうこうふ)

            

4.

「霜月記(そうげつき) ★☆   


霜月記

2023年07月
講談社

(1600円+税)



2023/09/09



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“神山藩”シリーズ、第3弾。
町奉行を家職とする草壁家が、本作の主役。
名判官と言われていた祖父の後を継ぎ、身辺状況に悪評があるもののそれなりに奉行職を勤めていた父=
藤右衛門が、突如失踪。その一方で家督相続の手続は手抜かりなく進めていたらしく、主人公の草壁総次郎は心の準備もないまま、18歳という若さで町奉行の職に就くことになります。

何も知らされず呆然としたのは、総次郎だけでなく、母の
満寿、今は老舗料理屋<賢木>の離れで隠居暮らしをしている祖父の左太夫、祖父の代から出仕している筆頭与力の小宮山喜兵衛らにしても同様。
時を同じくして、城下で町人が斬殺されるという事件が発生します。
遺体の傷痕の太刀筋は、草壁家が代々通う剣術道場の流派によるものではないか。さらに遺体の傍らに落ちていた根付は、父が付けていたものと似る・・・。

事件はもしかすると、神山藩の政治抗争に絡んでいるものなのではないか。
父への疑念を抱きつつ、総次郎は幼馴染みの友人で、四男坊という気楽な身分の
日野武四郎の手助けを受けながら、祖父の左太夫と協力して事件の真相に挑んでいく。

事件の真相は何か?というミステリ要素もありますが、主筋は親子問題にあるようです。
言葉を余り交わしてこなかったことから、左太夫と藤右衛門の間には溝があり、総次郎もまた父親が失踪して初めて、父親のことをまるで知らないことに気付きます。
武家の父子にはそんな厄介なところもありますが、祖父と孫の間にはむしろ付き合い易いところがあるのかもしれません。

人間関係の描き方という面では、割とさらっとした風。
もうひとつ突っ込んで欲しいと思う処もありますが、これが砂原さんの作風であると得心すべきなのかもしれません。

※登場人物の中では、日野武四郎の存在が面白く、好感。


柳町/灯火/行き違い/手/北の湊/父と子/探索/転変/その前夜/北前船

       

5.

「夜露がたり ★★   


夜露がたり

2024年02月
新潮社

(1750円+税)



2024/03/06



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砂原さん初となる、江戸市井もの短篇集。
“市井もの”というとつい、藤沢周平さん、北原亞以子さんのような江戸情趣のある人情ものと思ってしまうのですが、本作は驚くほどダークなストーリーばかり。

収録8篇の内、
「向こうがわ」は、両国橋をはさんでの物語。
ついつい、
藤沢周平「橋ものがたりを思い出してしまいます。
江戸時代における<橋>は、現在とは違って大きな境だったのかと感じます。
「死んでくれ」は、主人公にとっても衝撃的な結末。現代においてもありうる顛末だけに突き刺さるような悲哀感あり。
「さざなみ」もまた衝撃的な結末ですが、それは読み手にとってのもの。
「錆び刀」:浪人になったばかりの若侍と長屋の娘との話。娘が備えている現実的な感覚に思わず笑ってしまう。

たしかに、何でも良い方向に行くとは限らない、うまくいかないこともあるのが現実かもしれません。
しかし、こうも暗い結末ばかりとなると、その先にいったい何があるのか、という疑問を感じます。

そう感じた処で最後、
「半分」では少し救いが、「妾の子」では希望が感じられる展開となり、救われるような気持ちになりました。

帰ってきた/向こうがわ/死んでくれ/さざなみ/錆び刀/幼なじみ/半分/妾の子

       


  

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