杉本章子作品のページ


1953年福岡県生、ノートルダム清心女子大学国文科卒。79年儒者寺門静軒を題材にした「男の軌跡」にて歴史文学賞佳作を受賞し作家デビュー。89年浮世絵師小林清親を主人公にした
「東京新大橋雨中図」にて 第100回直木賞、2002年“信太郎人情始末帖”シリーズ第1作「おすず」にて同年度中山義秀文学賞を受賞。


1.
おすず

2.
春告鳥


3.東京影同心

4.起き姫

 


      

1.

●「おすず−信太郎人情始末帖−」● ★★☆       中山義秀文学賞


おすず画像

2001年09月
文芸春秋刊

2003年09月
文春文庫
(571円+税)



2011/01/23



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元は呉服太物店・美濃屋の総領息子だった信太郎、今は芝居小屋の河原崎座で金銭出納の元締め役久右衛門の下で働く身。
1年前、
おすずという許婚者がある身にもかかわらず、吉原の引手茶屋=千歳屋の内儀であるおぬいとお互いに惚れ合う間柄になったことから、勘当されて今の境遇にある、という次第。
そのおすずの実家である槌屋に強盗に押し入り、3日後おすずが自害するという事件が起きます。
自分がおすずを裏切ることがなければおすずが死ぬことはなかった、またおすずの想いを叶えてやらないまま死なせてしまったことに、信太郎は罪の意識をぬぐえない。
そんなことから信太郎、自ら犯人を突き止めようと行動を始めます。

いずれも事件が起き、幼馴染で今は下っ引を務める
元吉の助けを借りながら、信太郎が事件解決に活躍するという時代物連作短篇集。
しかし、単なる捕り物ストーリィでなく、題名が「捕り物帖」でなく
「人情始末帖」となっているのは、主眼が事件解決より、その事件に関わる登場人物の屈折した心理、信太郎が抱えるやりきれないという思いに置かれているからに他なりません。
犯人をそうした行動に追い込んでしまったこと、犯人を差し出してしまったことに、その都度信太郎は罪の意識を抱え込む、という風。

人間の哀しい性、どうにも致し方のない運命、そうしたものに対する信太郎の抱く思いの機微を見事に映し出していて、流石、の一言です。


おすず/屋根舟のなか/かくし子/黒札の女/差しがね

       

2.

●「春告鳥(はるつげどり)−女占い十二か月−」● ★★☆


春告鳥画像

2010年04月
文芸春秋刊

(1571円+税)

2013年03月
文春文庫化


2010/05/16


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江戸に生きた女たちの姿を、生き生きと、愛らしく描いた12篇。

副題に「女占い十二か月」とあるように、「女用知恵鑑宝織」という生まれ月を基にした占い本をモチーフにし、1月生まれから12月生まれまで、各月生まれの12人の女性を主人公にした連作短篇集。
全てがハッピーエンドという訳ではありません。過酷な運命に従わざるを得ない女性もいますし、結果的にハッピーエンドに至ったといってもそこに至る過程で試練を味わった女性もいるというように、そこは様々。
だからこそ、彼女たちの喜びと悲哀、そして舞台となる江戸の情感が匂い立つという風で、その見事さには、脱帽です。
その辺り、惚れ惚れするくらいに上手い!

そんな12篇の中でも、女性たちの覚悟の良さが光る「春告鳥」「つばめ魚」「あした天気に」は、爽快さあり。
さらに「ごんぱち」「ト一のおれん」となると、感動を覚える逸品。好いんだなぁ。
一方、「冬青」「空木」は女性の悲運を描いていますが、ただ悲しいというのではなく、どこか救いが感じられるところが、お見事。
時代小説ファンには是非お薦めしたい、連作短篇集です。

一文獅子/冬青(そよご)/春告鳥/空木(うつぎ)/つばめ魚/あした天気に/ト一のおれん/秋鯖/ごんぱち/夕しぐれ/お玉/万祝(まいわい)

     

3.

●「東京影同心」● ★★


東京影同心画像

2010年12月
講談社刊

(1600円+税)

2013年12月
講談社文庫化



2011/02/12



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幕末の江戸から、明治の東京へ。
大きく時代が転回した時代に生きた、定町回り同心〜元同心の
金子弥一郎を主人公とした時代物連作長篇。

幕末から明治、明治初期を舞台にした時代物小説、幾冊か思い出します。一つは
松井今朝子「銀座開花事件帖」シリーズ、もう一つは畠中恵「アイスクリン強し」シリーズ
前者は事件もの、後者は青春ものという違いがありますが、本書は時代の急変に戸惑いつつも元同心らしさを失わないという点で、舞台設定は前者に近い作品です。
とは言っても、作者が異なれば作品の趣きも相応に異なります。

冒頭の
「つかみぼくろ」は、まだ江戸時代、弥一郎が南町奉行所定町回り同心に任じられるまでと、同心として事件解決にあたる姿が描かれます。
後2篇
「ミルクセヰキは官軍の味」「東京影同心」は、明治になってからの弥一郎の進退、そして弥一郎が巻き込まれることになった事件が描かれます。
江戸がただ東京に名前を変えただけの街。人々の様々な思いが交錯し、また闇の底で蠢くようで、こうした時代こその雰囲気を過不足なく描き出しているところは流石です。
なお、二者択一を迫られる元幕臣ら男たちの姿と対照的に、女たちの明るさ、潔さが印象的です。
そうした時代の中、同心という役を失ってからも同心としての矜持を捨てず、また自分を見失うことなく生きる弥一郎の姿には、清々しいものを感じます。
派手さはなく地味な作品ですけれど、噛めば噛むほど深い味わいがあること、請け合いです。


つかみぼくろ/ミルクセヰキは官軍の味/東京影同心

            

4.

「起き姫−口入れ屋のおんな− ★★☆


起き姫画像

2015年01月
文芸春秋刊

(1500円+税)

2017年10月
文春文庫化



2015/01/30



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要約してしまえば、夫の浮気相手に子供が出来、結局は自分が婚家を追い出され離縁したおこう、自活のために元乳母に弟子入りして引き継いだ商売が、副題にあるように“口入れ屋”。
いかにも時代小説らしいストーリイ立てですが、同時に現在にもそのまま通じる話です。さしずめおこうは、専業主婦だったところをいきなり放り出され、生活のため店を始めたバツイチ女性、というところでしょう。
そのおこうが幸運だったのは、導き手がいたこと。戻された持参金二百両を虎視眈々と狙う兄夫婦にあっさり投げ出し、実家との縁を切って移り住んだ先が、元乳母の
おとわが営んでいた口入れ屋“三春屋”。そのおとわにきっちり仕込んでもらい、一年半後おとわが死去した後に店を引き継いだというもの。

口入れ屋ともなれば様々な面倒事に巻き込まれて当然。そこをきっちり、さっそうと捌くおこうのワーキングウーマンぶりに惚れ惚れする思いを抱くのは、女性読者だけではないと思います。ただし、おこう一人の才覚ということではなく、先代おとわの教えを忠実に守っているからこそ、という処も好感が持てます。

時代小説、市井もの、連作短篇というとつい人情ものを予想してしまうのですが、本書には苛烈な現実も描かれます。その辺りが杉本さんの卓越したところと思う次第です。
口入れ屋稼業に視点を置くと連作短篇集となりますが、同時におこうの身を巡る長編小説という面も本作品はもっています。本ストーリィにおけるおこうの変転の大きさもまた、魅力のひとつです。
面白さに加え、人間関係についても味わいも深い連作風時代小説の佳作。お薦めです。

※表題の「
起き姫」とは、福島県会津地方に伝わる縁起物の郷土玩具“起き上がり小法師”のこと。

錐大明神/夕すずめ/去年(こぞ)今年/かりそめ/夜長月の闇/春のとなり/満ち潮

  


   

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