志水辰夫作品のページ


1936年高知県生。雑誌ライターを経て81年「飢えた狼」にて作家デビュー。86年「背いて故郷」にて日本推理作家協会賞、91年「行きずりの街」にて日本冒険小説協会大賞、2001年「きのうの空」にて柴田錬三郎賞を受賞。


1.
うしろ姿

2.みのたけの春

3.つばくろ越え−蓬莱屋帳外控−

4.引かれ者でござい−蓬莱屋帳外控−

5.夜去り川

6.待ち伏せ街道−蓬莱屋帳外控−

7.疾れ、新蔵

  


    

1.

●「うしろ姿」● ★★


うしろ姿画像

2005年12月
文芸春秋刊
(1524円+税)

2008年06月
文春文庫化



2006/01/24



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今まで辿ってきた人生の来し方を振り返り、しみじみと語るような静謐な短篇集。

様々な人々の様々な人生模様といっても、人情あふれる心地よい作品と異なり、いずれもドライで乾いた印象を強く受ける作品ばかりです。
各篇の登場人物は、皆各々に貧しくあるいは過酷な家庭環境を経て今の生活に辿り着いた人たち。
現在の日本からみると主人公たちの送ってきた生活は歴史の中のことのように思えますけれど、戦後の困難な時代にはそう特別なことではなかったとも言えます。
彼らの心中には、今の生活までたどり着くのが精一杯だった、それを今更後悔したってどうしようもなかったという諦観と哀感が感じられます。それがドライな印象を与えるのでしょう。
それは本人たちだけでなく、母親と息子、夫婦、母親と娘、姉と弟という肉親関係において共有している思い。

志水さんは「あとがき」にて「わたしたちの時代は終わろうとしている」、そして「この手の作品はこれが最後になります」と語っていますが、それは戦後という時代にこれで区切りをつけるということではないかと思います。そう何度も、いつまでも書くべき題材ではないのでしょうから。
普通に生きることの難しさを描いたという点では山口瞳さんにも通じますが、本書は過酷な状況に耐えて生き抜いてきたという登場人物たちの逞しい姿がとても印象に残ります。

トマト/香典/むらさきの花/もう来ない/ひょーぅ!/雪景色/もどり道

   

2.

●「みのたけの春」● ★★


みのたけの春画像

2008年11月
集英社刊
(1800円+税)

2011年11月
集英社文庫化



2008/11/26



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幕末、攘夷、勤王と世情揺れる中、子としてひたすらに病身の母親に尽くすことを第一に生きた男の姿を描く、長篇時代小説。

主人公の榊原清吉は、貧しい村(貞岡)で百姓と武士の間に位置する“郷士”という身分。
儒者の塾に通う一方で、繁忙期には蚕の世話に明け暮れるというのが日々の生活。母親の病気治療のため多額の借金を残した父親の亡き後、田畑や家屋敷を売却して借金を返し、今は母子でかつかつの暮らし。
一方、幕末の京の状況に煽られたように決起しようと勇む塾生たち、そして一時の激情に捉われて役人を殺傷し妹弟を捨てて逃亡せざるを得なくなった親友=諸井民三郎。彼らと清吉の姿が常に対比されるように描かれていきます。
主人公ですから清吉の選んだ道が正しいと言ってしまえば簡単ですが、私にはそんな単純なこととは思えません。自分を捨て激動の中に身を投じた多くの人間たちの力によって歴史が動いたことも事実なのですから。
ただ、激動の中に身を投じず、家と母親を守ることだけに懸命だったといっても、清吉の道が平坦だったということにはなりません。それはそれで重い荷を背負って歩むという、長い戦いの道だった筈です。
清吉が評価されるべき点は、自分の定められた道を守って些かも揺るぎなかったこと、またそうであっても他人への気遣い、他人に尽力する気持ちを失うことのなかった処にあると思います。

何が良いか悪いか。人には各々の事情も置かれた状況の違いもあり、得手不得手もあります。世間自体が多様なものである以上、人間の生き方も各々であって良い筈。
現代社会、とくにサラリーマン社会においては、会社側の求める“優秀な社員”像がいつも一様でしかないのが気になる中、たとえ人から謗られようとも、自分の歩むべき道を踏み外さず生き抜いていく清吉の姿には、ことのほか胸を打たれます。

※もうひとつ強く印象に残ったのは、清吉の母親がふと洩らした清吉に対する思い。母親の情もまた一様ではなく2面性を持っているという処に、本書の深い味わいを感じます。

  

3.

●「つばくろ越え」● ★★


つばくろ越え画像

2009年08月
新潮社刊
(1700円+税)

2012年03月
新潮文庫化



2009/09/05



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リレー式で書状等を届ける通常の飛脚と異なり、蓬莱屋の裏稼業は、大金等を受取人まで一人で届ける“通し飛脚”。
本書は、ありとあらゆる修羅場を一人で切り抜けるだけの度胸と冷徹さを備えた、蓬莱屋の通し飛脚たちを主人公とする、時代物連作短篇集。

それだけの男たちですから、託された金品等を受取人に届けるだけでは終わらない。ついつい受取人の事情に深く入り込んでしまう。
そんなハードボイルドさと、ドライな人情風味が巧妙に溶け合った、何とも言えない味わいが本短篇集の魅力です。

飛脚を題材にした時代小説というと、以前に山本一力「かんじき飛脚を読みましたが、折角の題材なのに紙芝居的物語に終わってしまった同作品に対し、本書は飛脚たち個人の意固地な強靭さが際立っているところが魅力。
争った相手から「そのほうはいったい何者なんだ」と問われて、「その・・・ただの、ただのお節介焼きでごぜえますが」という答える辺り、爆笑。(笑)

「つばくろ越え」:大金を運搬中襲われて殺された先輩飛脚。飛脚旅の途中、その事件に関わる仙造
「出直し街道」:金の届け先である元妻女。直前に大事な女房を亡くしていた宇三郎、彼女の出奔を手伝うことになる。
「ながい道」:薬の届け先である医者夫婦。彼らをつけ狙う男たちから仙造が2人を守ろうとする。
「草彼岸の旅」:蓬莱屋の裏稼業成功の貢献者だというのに、勝手に辞去して江戸を発った半助。重い病の半助を放っておけるものかと若手飛脚の鶴吉と共に跡を追う元締め=勝五郎

※出版社の紹介ページには「飛脚問屋・蓬莱屋シリーズ開幕!」とあるので、シリーズ化されるようです。それなりに楽しみ。

つばくろ越え/出直し街道/ながい道/草彼岸の旅

 

4.

●「引かれ者でござい−蓬莱屋帳外控−」● ★★☆


引かれ者でござい画像

2010年08月
新潮社刊
(1600円+税)

2013年03月
新潮文庫化



2010/09/20



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実は本書、見落としていて読書予定に入れていませんでした。
思い直して読んだのは、北上次郎さんが絶賛していたから。
とはいうものの、前作と同じような面白さを予想していたら、それが驚嘆! 面白い、凄く面白い!
時代物ハードボイルドの、これはもう逸品!という他ない傑作なのです。

主人公は、蓬莱屋の通し飛脚たち。本書には3篇が収録されていますが、どの篇も長篇と言って良いくらいの読み応えあり。
どこが読み応えかというと、1篇の中に数多くの人間(地元の人間もいれば旅人もいる)が登場し、その一人一人が深い人間ドラマを背負っている、それに加えてハードボイルドの味わい、その中にふと人間愛が垣間見られるという筆さばきが絶品なのです。
是非お薦め!
本書を読み逃すのは、余りにも勿体ない、と確信します。

「引かれ者でござい」:大店の放蕩息子の身代金を届けに甲斐の山中にやってきた鶴吉。課せられた責務は放蕩息子の更生可否を見定めること。
「旅は道連れ」:大雨の増水で川を渡れず越後山中に分け入った宇三郎、あろうことか道連れを作ってしまい苦渋顔。進む道の難儀に加え、各人様々な事情を抱えている様子。
「観音街道」:上総山中で炭焼きとなっている次郎吉を迎えに来た治助。炭焼き連中と藩の争いに巻き込まれてしまう。

引かれ者でござい/旅は道連れ/観音街道

       

5.

●「夜去り川(よさりがわ)」● ★★☆


夜去り川画像

2011年07月
文芸春秋刊
(1619円+税)

2014年01月
文春文庫化


2011/08/31


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時代は黒船が来航して世情騒がしい幕末、場所は江戸から離れた桐生に近い黒沢村。
妙見村と黒沢村を隔てる川で、身分を隠し渡し守を務める
檜山喜平次は、実は剣術指南役だった父親を惨殺した盗賊一味を敵討ちとして追い求める身。

喜平次がそうした身の上だからといって、本作品は決して古臭い敵討ち物語ではありません。むしろ喜平次には、武士という身分を時代に取り残されている存在ではないかとみている節があります。
自分という人間を見失わず、といって武士である自分に固執せず、武士と村民を隔ててみることない喜平次には、ストイックな品格すら感じられます。
それは何も喜平次のみにとどまらず、渡し守の老人=
弥平や、織物問屋として成功した春日屋の隠居いち・女主人すみえという母娘にも共通して感じられることです。
自分を知り、自分の運命を受け止め、地に足をつけて生きている人間たち。喜平次に負けず劣らず、彼ら一人一人が魅力的な存在です。
それらの人々に対し、一時の金品強奪を繰り返す盗賊一味の何と貧相なことか。

喜平次を初め弥平、春日屋の主人母娘らの姿を描く志水さんの筆遣いは格調高く、惚れ惚れする程です。
時代を超え、普遍的に人間を描く時代小説。お薦めです。

        

6.

●「待ち伏せ街道−蓬莱屋帳外控−」● ★★


待ち伏せ街道画像

2011年09月
新潮社刊
(1600円+税)

2014年04月
新潮文庫化



2011/10/16



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蓬莱屋の通し飛脚たちを主人公にした連作時代小説“蓬莱屋帳外控”シリーズの第3弾。
前2冊とはまた違った趣向が楽しめます。そのうえ、3篇のどれをとっても読み応えたっぷりという一冊。

「なまくら道中」は、途中で奪い取ろうとする他寺院の手の者たちを撒き、大切な仏像を善光寺まで運ぶという仕事を命じられた鶴吉、その相方にまるで使い物にならないという評判の長八と組まされたことから、大苦労。
さすがにここまで使えないと鶴吉が気の毒なくらい、現代の職場でも、こんな同僚がいたらいっそいない方がマシと言われるのは必至でしょう。滑稽であると同時に、鶴吉には全く気の毒な篇。

「峠ななたび」の飛脚役は、浪人の澤田吟二郎。本業は町道場の剣術指南、副業がこの飛脚仕事という次第。
飛脚仕事の終った後、同藩の奥女中が若侍と共に出奔した事件に巻き込まれ、吟二郎もまた2人の後を追うストーリィ。
次の「山抜けおんな道」でもそうなのですが、従来の価値観に縛られている武士などは時代遅れ、商人はもう武家など必要としていない、というドライなセリフが印象に残ります。

「山抜けおんな道」は、本書中、白眉の篇。
さる藩の留守居役が急死、その奥方を郷里まで送り届けるという仕事を
仙造が引き受けますが、何やらその最初からきな臭い。
旅立ったのは、仙造とその奥方=
たか、奉公人を装った侍の喜多八という3人。
追手を食い止めようとする喜多八から別れ、仙造とおたかが山道深く入り込んでいくところからの展開がとても面白い。
思いがけない人物、一家と出会うことになり、さながらロードムービーを観ているような面白さです。
さらに喜多八と再会してからの展開がまた極めつけのハードボイルト+α。
おたかという奥方の真実の姿が、旅を重ねるにつれ次第に明らかになっていくという構成もまた絶妙で、お見事!という他ありません。
最後の別れも、洒落ているんですよねぇ。武骨な仙造という男が愛おしく感じられる名場面です。その余韻がまた実に良い。

なまくら道中/峠ななたび/山抜けおんな道

     

7.
「疾れ、新蔵 ★★


疾れ、新蔵

2016年06月
徳間書店刊
(1700円+税)

2019年02月
徳間文庫化



2016/07/05



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越後岩船藩の江戸上屋敷で異変。須河幾一郎の供をして出府していた新蔵は、予め須河に命じられた通り中屋敷から志保姫を連れ出し、姫の実家である国許春日荘に向けて逃走を開始します。
当然の如く、新蔵を斬り捨てて姫を取り戻そうとする江戸屋敷の家臣らがその後を追いかけます。

事情が分からぬまま始まる、逃走&追跡劇。
ただそれと同時に、時代版ロードムービーといった面白さを本ストーリィは備えています。
国許でずっと暮し初めて江戸に出て来たという新蔵、街道をよく知る訳でもないことから街道地図を片手に逃走ルートを考え、さらに逃走中、ついには仲間ともなる男女と道連れになるといった具合。
しかし、逃走側が善、追跡側が悪とは単純に仕分けられないのが本作品の味の有る処。騒動の元は家中の財政難にあるのですが、追跡側も資金不足に泣かされるというのが、微妙にリアルです。
また、上記ストーリィだけでは物足りぬと考えたのか、国許ではもうひとつの事件が進行します。それは読んでのお楽しみ。

志保姫をはじめとして、新蔵を囲む登場人物たちが皆個性的で楽しい。そのうえ最後には、様々な秘め事が明らかになるというおまけ付き。
楽しみ処満載の、現代感覚とスピード感が魅力の時代小説。お薦めです。

   


  

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