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1.こじれたふたり(単行本題名:コイカツ 恋活) 2.羊くんと踊れば 3.泣いたらアカンで通天閣 4.迷子の大人(文庫改題:恋するあずさ号) 5.崖っぷちの鞠子 6.ヒーローインタビュー 7.ただいまが、聞こえない 8.虹猫喫茶店 9.ウィメンズマラソン 10.ハーレーじじいの背中 |
ほかほか蕗ご飯、17歳のうた、ふんわり穴子天、リリスの娘、ころころ手鞠ずし、さくさくかるめいら、若旦那のひざまくら、つるつる鮎そうめん、あったかけんちん汁、愛と追憶の泥濘 |
妻の終活、ふうふうつみれ鍋、とろとろ卵がゆ、さらさら鰹茶漬け、雨の日は一回休み、たそがれ大食堂、すみれ飴、萩の餅、ねじり梅 |
蓮の露 |
1. | |
「こじれたふたり」 ★★☆ (単行本時題名:「コイカツ 恋活」) |
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2013年05月
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オール読物新人賞を受賞した「虫のいどころ」を含む4篇を収録した短篇集。 冒頭「かげろう稲妻水の月」は、やりまくり女子大生と女性が虫を踏み潰す姿に興奮するフェチの大学教授という2人の疑似恋愛的な関係を描いた篇。異常と言えば異常なのですが、それでも2人の間に相通じるものが育っていく辺り、洒落っ気を感じてしまうのですが・・・・。 「チャット・ガール」は中篇。チャット・レディなるバイトをしている苦学生とその恋人、さらにチャットの常連客との三角関係を軸に描いたストーリィなのですが、意外や意外の展開。 それでも主人公は結局、金は騙し取られず、感謝と恋愛感情は別とクールに見極めているしと、結構強かなのです。 世間一般にあるような泥沼パターンに落ち込みそうでそうはならない主人公像が痛快です。 後半2篇「素っ裸の王様」と「虫のいどころ」は、もう傑作!と躍り上がりたくなるくらいの、絶妙の面白さ! 2篇とも、恋人関係しかし結婚に至っていないという、男女2人のやり取りを描くストーリィなのですが、2人の絡み合いとすれ違いぶり、それなりにお互い必死の攻防を繰り広げるという展開が爆笑ものです。 ※とくに「虫」の“虫”についてはええッ!と○○。 文庫化を機に本短篇集を読み逃さずに済んだことは実に幸運でした。4篇それぞれ趣向は違うものの、「こじれたふたり」という題名はものの見事に4篇をひとつテーマにまとめ上げています。 坂井希久子さん、その辺りも中々巧妙で、今後の活躍への期待は極めて大です。 かげろう稲妻水の月/チャット・ガール/素っ裸の王様/虫のいどころ |
2. | |
●「羊くんと踊れば」● ★★☆ | |
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老衰で死んだ祖父の飯田満治90歳。その腹にはいつのまに彫ったのか、百合子という女名前と梵字の刺青が。 そしてまた、死ぬ直前に満治が引き出していた預金6百万円はその女性に関係があるのか。 その経緯を明らかにしようと祖父の交友関係を調べ始めた孫、高校教師の浅野薫30歳は、次々と面喰う事態に直面します。 ピンサロ通り、女子高生ナンパ、ポチャキャバ、怪しげな素振りをする囲碁クラブの老人仲間たち。 そんな薫を助け、共に探索を続ける相棒となるのは、4年ぶりに偶然再会したかつての教え子、楠本翠23歳。 その翠は、かつて「卒業したら、付き合ってくれますか」と告られた相手だった。 とにかく面白い。この面白さ、そう出会えるものではない、という類の面白さなのです。 意表を突かれることの繰り返し。生真面目で不器用な高校教師である主人公ならずとも、普通の男子なら目を白黒せずにはいられないでしょう。 ことに惹きつけられるのは、プロ・ダンサーとなった楠本翠と、その同級生で何と東大理Vに現役合格しながら刺青師に弟子入りした青柳若葉。 高校を卒業して僅か4年だというのに、主人公に比べ、若い女性2人の何としたたかなことか。 高校生の頃に読んだゲーテ「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」の現代風俗版、と言って良いのではないか、と感じます。 羊くんだって、こんな魅力的な若い女性に好かれればいいじゃないか、たとえどんなに振り回されようと、とつい笑いながら思ってしまいます。 主人公が“羊くん”だからこその面白さかもしれません。 それにしても最後、満治や仲間の老人たちが秘密にしていた事柄とは? 最後まで意表を突かれるばかり。それもまた楽しき哉。 |
3. | |
「泣いたらアカンで通天閣」 ★★ | |
2015年07月
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こてこての大阪下町物語。 ただし、人情物語というより、アホな連中が集まってのドタバタ話という印象の方が濃い。 舞台となるのは通天閣のお膝元、新世界の北の端っこにある北詰通り商店街。 主人公となるのは、その商店街の中で不味いと評判のラーメン屋「味よし」の店主である“ゲンコ”こと三好賢悟と、その娘の“センコ”こと千子(ちね)の2人。 母親が早くに死んで突拍子もない父親と遺された子、周囲の人々が何かれとなく2人を応援して・・・というと重松清「とんび」に似た設定と思うのですが、そこは舞台が大阪下町であるだけに全く異なるストーリィ。 自分の作るラーメンの不味さから店に閑古鳥が鳴いていようとまるで気にせず平気で遊び呆けているゲンコのダメさ加減に、ついついゲンコを囲む他の人物までそんなアホばかりと感じて呆れ、要は下町ドタバタ劇に過ぎないと感じてしまうのが前半。 しかし後半、実母から満足に世話されていない小学生=スルメとゲンコの、センコと幼馴染=カメヤとのやり取り等々を見ていると、どうしてどうして商店街の住民皆、人として一番大切にすべきものが何であるかをしっかり弁えているではないかと、賛美したくなってしまいます。 遠慮がなくて愛情いっぱい、さらに人懐っこさも満点というこの商店街の人々。センコがこの商店街から離れたくないという気持ちもよく判ります。 最後は皆でハッピーエンド、それこそ大事なこと。 坂井さんの語りの上手さ、流暢さもあって一気読み。 |
4. | |
●「迷子の大人」● ★★ (文庫改題:恋するあずさ号) |
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2015年04月
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仕事に行き詰まりを覚えたホームヘルパーの畠山梓、27歳。おまけに恋人=覚治は梓への専業主婦願望強いうえに、常に保護者気取り。 そんな梓がふと気分転換したいと乗り込んだのは、午後8時新宿駅発スーパーあずさ33号。ところが夜遅く上諏訪に着いたためにすぐ立ち往生。偶々出会った陶工の青年に案内されて梓は、高遠町にある民宿「すやすや」に泊まることになります。 40年来鰻屋を営んでいる実家と違い、民宿「すやすや」にて梓はごく自然に家族団欒の仲間入り。すっかりこの宿、この土地が気に入ってしまった梓は、その後も時に触れ高遠町に戻ってくることになります。 そこから始まる、介護女子・梓の人生再生ストーリィ。 本書、原田マハ「生きるぼくら」に共通するところがあります。ただし、梓がきちんとした定職を持っている分、切実感は「生きるぼくら」に及びませんが、逆に親近感を持てます。 高遠町で梓が出会う人たち皆が好人物というのは出来過ぎの観がありますが、つい神経過敏になってしまう都会生活から離れ、中央アルプスを臨む絶景をも我がものとできるここ高遠に来ると、あまり細かいことにこだわりを持たなくなる所為か、手足をゆっくり伸ばして寛容な気分になれるようです。 季節毎、様々なシチュエーションの下に梓が高遠町を訪れて云々という展開は、メリハリがあって楽しい。 読了後にはきっと梓同様、伸び伸びした気分になれていることでしょう。 1.初夏/2.晩秋/3.厳冬/4.陽春/5.ひと巡りして、初夏 |
「崖っぷちの鞠子」 ★☆ |
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文庫裏表紙の紹介文によると、「仕事も家庭も恋も手に入れ、それでも心と体がなにかを渇望する現代女性のぎりぎりの思いを、優しく官能的に描き出す恋愛短編集」とのこと。 最新刊「リリスの娘」が面白かったので、同じように官能的な短編集という紹介文に引かれて読んでみたのですが、残念ながら「リリスの娘」程のキレ、官能感はありませんでした。 とはいっても、それは私の勝手な期待感の所為と言うべきでしょう。 一言で表すと本短編集は、現代女性たちの本音を、あからさまに丸出しにした作品集。 ・「指戯」:「は、セックスしたい」と呟くのは、美容ライターの逸見真理。その衝動の果てについ乗っかった男は・・・。 ・「肌恋い」:家出中の人妻である美佐は、人妻専門カフェのバイト仲間である愛子の部屋に居候中。夫は何も知らないが、愛子とはレズ関係。しかし、その愛子は・・・。 ・「崖っぷちの鞠子」:子供を持てる当てがないと不倫相手との関係を清算した鞠子。偶然その相手に再会して思ったことは、結婚した今なら育てていける、この男の子供が欲しい・・・。 ・「アップルロールの彼方へ」:30代女性管理職の伊藤喜咲。ひょんなことで男性新入社員と一度だけ寝てしまったら、その九条春馬に恋い慕われて・・・・。最近はよくあるパターンのストーリィですが、最後、その言葉が吐けたら痛快ですよね。 ・「クロエ・クロニクル」:喜咲の入社同期である清瀬澄江が主人公。知性のない男が好きと長く続いた上司との不倫関係。証拠写真を撮られ脅されて・・・。その挙句の展開が愉快。 ・「もう一つのカノン」:真鍋佳乃子、32歳。駒込瞬と同棲9年になるが、結婚、子作りとも考えないまま。ところが・・・。 明るく笑える話が殆ど無いという点で、私としては今一つ。 男性には余り向かず、大人の女性向け短編集と感じます。 指戯/肌恋い/崖っぷちの鞠子/アップルロールの彼方へ/クロエ・クロニクル/もう一つのカノン |
6. | |
「ヒーローインタビュー」 ★★ | |
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仁藤全(アキラ)、高校野球での打撃センスを評価され、阪神タイガースからドラフト8位指名されて入団。しかし在籍10年間で一軍在籍はほんの僅か。一軍に定着できず、ヒーローらしい活躍をすることもなく終わったものの、一部の人たちにとって彼は紛れもなくヒーローだった・・・というのが本書の紹介文。 所属球団は阪神タイガース、殆ど二軍暮しで終わったプロ野球選手の物語ということで余り期待は起きなかったものの、でも坂井希久子作品であるからには、と手に取ったのですが、これが予想に反する面白さでかつ楽しかった。 本書はその仁藤全を、彼と関わった女性理容師、スカウト、後輩のドラフト1位選手、中日ドラゴンズのベテラン投手、高校時代の野球部仲間の目から語るという趣向から成る長編小説。 本書を読むと“ヒーロー”にはいろいろな形があるのだなぁと考えさせられます。記録に残る活躍をしたり、普通人には及ばない力を見せつけるだけがヒーローなのではなく、人に喜びや幸福感を与えてくれる存在、それもまさしくヒーローなのだと。 本書の仁藤全は、能力がありながらそれを発揮できないでいる勿体ない選手。でもそんな不器用ぶりが彼の朴訥さ、誠実さを物語っていて、とてつもなく愛おしい。 繰り返しになりますが、ヒーローとは人に喜びや幸せを感じさせてくれる存在なのです。 そんなヒーローのおこぼれを頂戴するように、本書は楽しく幸せな気分になれる一冊です。 語りの上手さといい、話のもっていき方といい、坂井さん、流石に上手い! 私好みの楽しさである故にお薦めです。 庄司仁恵/宮澤秋人/佐竹一輝/庄司仁恵/山村昌司/宮澤秋人/佐竹一輝/庄司仁恵/鶴田平/その瞬間/宮澤秋人/私 |
7. | |
「ただいまが、聞こえない」 ★★☆ | |
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バラバラだった和久井家、その一人一人が抱える事情を連作風に描き、和久井家の4人が再び家族としての結びつきを取り戻すまでを描いた家族ストーリィ。 そう言ってしまうと、そう珍しくはない家族小説のように思えてしまうのですが、最後に至るまでは家族のバラバラさが殊更に誇張され、かつまた無理もないなぁと納得させられる内容。 その所為か、家族がバラバラであるからこその読み応え、面白さなのかとつい思ってしまうくらい。 折角の誕生日に彼氏にフラれてキレかける高校生の次女=杏奈、部屋に引き籠ってBLにはまり込んでいる長女の沙良、熟女キャバクラでバイトしている母親の万千子、そして家族の中で孤立を深めている父親の徳雄、というのが和久井家の構成員。 それに加えて登場するのが、元芸者だった万千子の母親と、沙良が付き合い始めた彼氏。 どの篇も、これは一体どうなるのか?というスリリングを秘めており、かつまたそこを鋭く突っ込んでくる酒井さんの切れ味鋭さが本書の魅力です。 最後は、一家の大黒柱である筈なのに影の薄い徳雄が、笑顔を取り戻す場面へと急転回する様子が鮮やか、お見事というに尽きます。 こうしたスリリングで切れ味鋭い家族小説、というのも好いなぁ。 一年で今日だけ主役の日/女の子の成長を喜ぶ日/寂しさの数を重ねる日/星に願いを託してみる日/人生の再出発と信じた日/永遠の愛を誓った日 |
8. | |
「虹猫喫茶店」 ★☆ | |
2018年05月
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旧帝大系医学部進学を志したものの全敗、浪人も許されず、唯一合格した武蔵野獣医大学獣医学部に入学した玉置翔が主人公。 「猫の世話をするだけの簡単なお仕事」という文面に引かれてバイト募集先に赴きますが、そこは猫が沢山いる喫茶店で、店主はというと宝塚的イケメンといった美人の鈴影サヨリ、30歳くらいか。 そのサヨリから早速命じられた仕事はというと、猫屋敷と評判の猫だらけ、埃だらけの東丸一枝という老女が一人住まいする家での掃除と猫の世話。 さてさて翔が応募したバイトは吉か、はたまた凶か。 本書は、猫と人間の関わりを主題にした連作風長編小説。 猫は一万年前から全く変わっていないのに、飼う側の人間がいろいろと変わっているんだ、猫はちっとも悪くない、というのがサヨリの論。 様々な猫ドラマはそれなりに楽しめますし、不本意に獣医学部に入学したため目的も友達も持てないままの主人公が、ここ虹猫喫茶店で多くの猫や様々な人と関わることによって成長を見せるところも好感あり。 まぁ、私はペットを飼ったこともないし、猫派ということでもないので「それなりに」という感じ方でしたが、猫好きの方ならもっと楽しめるストーリィなのかもしれません。 こんなはずじゃなかった/猫の世話をするだけの簡単なお仕事/猫と人とのいい関係/いのちの選択/僕らはみな生きている/二十歳までに通過しておくべきイマジン/別れと出会いの循環方式/白猫を抱いた王子さま/痛いのは誰?/きっと、だいじょうぶ |
「ウィメンズマラソン Womens's Marathon」 ★★ |
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ロンドンオリンピックのマラソン選手として選出されたにもかかわらず、思いも寄らなかった妊娠、そして出場辞退。当然ながら避難轟々、四面楚歌。 しかし、このまま走るのを辞めたら次に進むことはできないと、30歳になった岸峰子は、離婚してシングルマザーという厳しい状況にもかかわらず縋りつくように監督へ懇願、所属していた実業団陸上部に復帰し、再びリオ・オリンピックを走り始めます。 2年半というブランク、頼れる身内のいない状況での子育て、最初から別メニュー扱いで練習環境にも恵まれない中、かつてのような走りができるのか。いっそ諦めて幼い娘を育てることに専心した方が余っ程楽かもしれない。それでも、苦しい思いをしながら峰子はランナーとして走る道を選びます。 女性ランナー=峰子のしぶとさ、諦めの悪さを見せつけるようなストーリィですが、それなりに読み応えがあります。 峰子を突き放した観のある恩師である小南達雄監督、理詰めで峰子を攻めてくる笹塚コーチ、そして幼い娘の栞、娘に負けず意地っ張りの母親と、周辺人物の人間臭さも魅力。 しかし、本作品で関心を引き付けられるのは、シングルマザーという立場での再挑戦という問題です。 シングルマザーだから夢を諦める、という時代ではもはや在ってはいけない、でもそのためにはサポート体制も欠かせない、と思います。 人間臭さ+スポーツ小説の爽快さ・痛快さを併せ持ったストーリィ。私好みです。 1.栄光への架け橋/2.乗り越えることのできるただ一つの方法/3.創意工夫+勇気+勤勉=奇跡/4.見失っていた光/5.日はまた昇る |
「ハーレーじじいの背中 Back of Harley Grandpa」 ★★ | |
2019年01月
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高校3年、受験生の真理奈。 かつて医学部志望を親に伝えた処、学資がかかるとの理由で(真理奈が反対したにもかかわらず)代々続いていた銭湯を廃業し土地を不動産会社に売却、跡地に立ったタワーマンションの最上階に、父方・母方両方の祖父母と両親と共に暮らしている。 しかし、やるべきことを失ったことで清ばあは痴呆化、父親は無職のままぶらぶら。 たった一人の孫である自分は祖父母・父母の今後を担わなければならないのか、目標の医学部も“希望”から“義務”に切り替わってしまった圧迫感に真理奈は押しひしがれる気分。 そんな真理奈の前に、瘋癲者の晴じいがハーレーの後部座席を差し出します。つい後ろに乗ってしまった真理奈は、友人に手を振り学校を後にすることに。 晴じいのハーレーに跨り、山形の農家へ。そこで真理奈は、それまで知らなかった晴じいの意外な顔、また自分の日常生活とはまるで違った世界を知ることになります。 さらに相模原の山中にある集落へ。そこでは晴じいのみならず、真理奈がまるで知らなかった両親の意外な面を知ることになります。 「可愛い子には旅をさせろ」ではありませんが、閉塞感を感じていた学校生活から飛び出したことによって真理奈は広い世界を知り、いろいろな生き方があることを学びます。 ちょっとしたロードノベル+青春&家族ストーリィ。 小さな胸に悩みを抱えていた真理奈に、よかったね、と声を掛けてあげたくなるストーリィ。 前半における真理奈と晴じいのやりとりも愉快なのですが、後半になって真理奈の母親が乱入してくると、さらにぶっ飛んだ、という面白さあり。お薦めです。 |
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