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11.モモコとうさぎ 12.渦−妹背山婦女庭訓 魂結び− 13.結−妹背山婦女庭訓 波模様− 14.たとえば、葡萄 |
【作家歴】、虹色天気雨、青いリボン、すりばちの底にあるというボタン、三人姉妹、戦友の恋、ビターシュガー、それでも彼女は歩きつづける、三月、ワンナイト、あなたの本当の人生は |
「モモコとうさぎ」 ★★☆ | |
2021年01月
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それなりにきちんと学生バイトもこなしてきたと自負していたモモコ、就職もこの延長で問題なくできると思っていたら、ことごとく就活に失敗。そのうえバイト先でもそれ程価値を認められていなかったと気づき、ショック。 そのため、家の中に留まって好きな縫い物をしていたのですが、母親の再婚相手から人生の落伍者のように言われ、家出を決行。 ところが行く当てもなく金も無く、大学の友人、同級生の部屋に居候、そこを追い出されると警備会社に就職した兄の寮、そこにも居られなくなり・・・・というモモコの、言わば放浪記。 23歳にもなってなんてしょうもない、と思う処ですが、でもモモコの気持ちも分からないではありません。 そもそも、大学を卒業したくらいで、自分が本当はどんな仕事をしたいのか、どんな仕事に向いているのか、どんな仕事に喜びを見出せるのか、など本来判る筈もない、と思うからです。 そんなモモコですが、あちこち転々と放浪していくうちに、人から褒めてもらえる自分の特技を認識するようになります。 忙しない現代社会、就活等からかけ離れ、別次元のような場所を淡々とした表情で転々としているモモコの姿は可笑しくもあり、それで良いよ、良いよ、と励ましたい気持ちになります。 本作中で解決はありません。 しかし、モモコがこの調子のまま、自分を見失わず、しっかりと自分の足で歩き続けるのなら、その先でいつかモモコらしい幸せをきっと掴める筈、と思います。 うさぎのぬいぐるみ等と一緒に、心からモモコにエールを振りたくなります。 絶妙の面白さがあるストーリィ。お薦めです。 |
「渦−妹背山婦女庭訓 魂結び−」 ★★☆ 直木賞 | |
2021年08月
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「妹背山女庭訓」等の傑作を遺した浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描き出した力作長篇。 近松半二の生涯は享保10年〜天明3年(1725-83年)。浄瑠璃狂いの儒学者であった穂積以貫の次男として生まれ、本名は成章。 人形浄瑠璃を興行する竹本座の座付き作者となり、近松門左衛門の名前をとって<近松半二>。 幼い半二を連れて芝居小屋に通った父親の影響を受けて、家を出奔し、浄瑠璃作者の道を歩む。 前半は、その半二が浄瑠璃作者の道を歩むうえで大きな関わりをもった人物を主軸にして描くという構成。 「硯」は父親の以貫、「廻り舞台」は幼い頃半二の弟分だったというのに歌舞伎作者として先に世に出た並木正三、「あをによし」は兄の安章と幼い頃からの許婚だった筈なのに穂積家を追い出されたお末、「人形遣い」は半二が浄瑠璃作者となる道を開いた人形遣いの名人吉田文三郎、そして「雪月花」は半二の女房となるお佐久。 人物主体となって描かれるため、時間推移はそれぞれの章で重複します。その分、様々な人との関わりがあって半二が浄瑠璃作者として大成していく道を、ぐるぐると渦のように回って立体的に描き出している、という印象です。 ただし、構成の妙はあってもそこまでは割と平凡な人物記と思っていたのですが、その印象が一変するのは「渦」以降。 さらに代表作にして名作「妹背山婦女庭訓」創作の場面になってからは、ただただ圧倒されるばかりで、真に圧巻。 人形浄瑠璃に疎い私のような人間においても、思わず興奮の渦に巻き込まれること、疑いなしです。 しかし、ふと振り返って本作品を鳥瞰すると、そこから浮かび上がってくるのは、力強く生きる女性たちの姿です。 お末、お佐久といい、なんて健気で、愛すべき女たちであることか。 男たちが夢中になって芝居に明け暮れていられるのも、そうした女たちの支えがあってこそではなかったか。 さらにそうした女たちを総括し、象徴する存在が“お三輪”なのではないでしょうか。 近松半二という浄瑠璃作者の生涯を描くだけでなく、女たちだって負けていない、女たちの大きさを浮かび上がらせた点で、率直に本作を称えたい。 ※人形浄瑠璃に興味を覚えた方へお薦め → 三浦しをん「仏果を得ず」「あやつられ文楽鑑賞」 硯/廻り舞台/あをによし/人形遣い/雪月花/渦/妹背山/婦女庭訓/三千世界 |
「結−妹背山婦女庭訓 波模様−」 ★★☆ | |
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「渦−妹背山婦女庭訓 魂結び−」の続編。 近松半二作「妹背山婦女庭訓」に惹かれ、浄瑠璃の世界にどっぷり浸かった人物たちを連作形式で描く、という構成。 これが予想外に面白い、前作に引けを取りません。 ・「水や空」:主人公は、浄瑠璃「妹背山婦女庭訓」を観て夢中になってしまった造り酒屋=松屋の跡継ぎである平三郎。 いつしか絵描き、素人義太夫として評判を得て「耳鳥斎」、「松へ」と名乗るようになるのですから、羨ましいくらい痛快。 ・「種」:平三郎の芝居仲間である、娼家=大桝屋の跡継ぎである徳蔵。半二の弟子となりますが、実際にその徳蔵を育ててくれたのは・・・。 ・「浄瑠璃地獄」:半二の浄瑠璃作者仲間である菅専助。半二亡きあと、近松加作を世に出そうと目論むのですが・・・。 ・「月かさね」:浄瑠璃作者を目指す余七、錺屋の主人である近松やなぎが登場。一方、徳蔵は浄瑠璃から歌舞伎へ。 ・「縁の糸」:近松やなぎは豊竹座の立作者となりますが、やなぎをそうならしめた人物は・・・。 ・「硯」:徳蔵、故半二の娘であるおきみから、硯を託されますが、それは・・・・。 各登場人物、浄瑠璃作者としての成功を目指したというより、浄瑠璃の世界に惹きこまれ、それを楽しみ、また大勢に楽しんでもらおうとして、という感じです。 だからこその展開が面白く、その代表格が松屋平三郎、というところでしょう。 一方、各篇の主人公にはなりませんが、平三郎や徳蔵が仲間と見なしていた半二の娘=おきみの存在がユニークで、秀逸。 誰よりも浄瑠璃に詳しいと言えるくらいなのに、何故表に出ようとしないのか、その理由は明らかにされないまま。 常人の理解できない処にいる、そこがおきみの魅力です。 お薦め。 水や空/種/浄瑠璃地獄/月かさね/縁の糸/硯 |
「たとえば、葡萄」 ★★ | |
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先の見通しもなく会社を退職してしまった美月・28歳が主人公。無職となり収入が無くなったため、母親の友人で幼い頃から美月もよく知る市子・56歳に強引に頼み込み、その家に居候することになります。 といって、何か行動を起こす訳でもなし。 ちょうどコロナ禍。マスク騒ぎや行動が制限される状況下、美月はぐーたらしている中、市子と同様に母親の古くからの友人である三宅ちゃん、まりちゃん、辻房恵といった面々と色濃く関わっていきます。 とくに何ということもない話が続きますが、対比が面白い。 美月や友人の香緒という20代がやたらバタバタしているのに対して、市子・三宅ちゃん・まりちゃんという50代はコロナ下でも悠然としている風。 これはやはり生きて来た年月、重ねて来た経験の差、なのでしょう。 とはいえ、同じ20代とはいえ、かねてから知り会いのセブンこと世武は自分の進む道をしっかり目に捉えている。そして香緒、今は美月と同様に無職とはいえ、自分のやりたいことは分かっていて、ただその機会を掴めていないだけ、という感じ。 それに比べ、美月には自分が何をしたいのかも分かっておらず、暗中模索続き、という風です。 最後、ようやく美月も自分が今やりたいことを見つけるに至り、ホッとさせられます。 本作、自分が全力でやりたいと思うことを見つけるまでは、迷っていて良いのだ、フラフラしていても良いのだと、年上世代からの温かい眼差しを感じます。 その温かさが気持ち良いストーリィです。 ※本作、「虹色天気雨」「ビターシュガー」から連なるストーリィでした。 |