夏石鈴子作品のページ


1963年東京生、上智短期大学英文科卒。97年「バイブを買いに」を発表して作家デビュー。他に「家内安全」「きっと、大丈夫」(平間至共著)  「新解さんの読み方」等の作品あり。

 
1.
いらっしゃいませ

2.夏の力道山

3.今日もやっぱり処女でした

4.きのうと同じに見えるけど

5.わたしのしくみ

 


    

1.

●「いらっしゃいませ」● 


いらっしゃいませ画像

2003年04月
朝日新聞社刊

(1300円+税)

2006年03月
角川文庫化

  

2006/10/29

短大を出て出版社に就職した鈴木みのりが配属されたのは、受付係。
同僚は僅かに、吉祥天立像に似た年配の優しそうな木島さんと、入社2年目の明るい加藤紅子(紅ちゃん)、自分本位な宮本さんの3人のみ。
しかし、その僅か4人の関係の中でもみのりは会社とはどんなものか、同僚間での確執あり、自分勝手な人間あり、一緒に仕事をしていく上での知恵ありと、様々なことを見聞きし知っていく、というストーリィ。
神奈川の山の中にあるミッション系短大で寮生活を送り、何をしたいという目標もなく会社に入社してきたみのりにとっては、何もかも全く新しい世界。
男性と女性という違いもあるのでしょうか、私が入社した時の姿勢はもっと挑戦的(みのりに比較すると)だった気がします。

会社って、どんなものだったのだろう。
結局29年余りの間、私は命じられる場所で無我夢中でやってきただけのように思います。
その点、何の思い込みも偏見もなく、素直に会社というものを見ていたみのりの方が実は良く見えていたのかもしれない、と思うところがあります。受付という職場はその点恰好の部署だったのかも。
冒頭、いい言葉だったなと思うのは、新人研修の時にみのりたちが言われたこと。
「君たちは、この会社に入ったからといって決して勘違いしないように」 会社の名刺さえ持っていれば親切にしてもられるけれど、それは先輩達の努力の賜物であって、「君たちはまだ会社の名前がなければ何も出来ない人間なんですよ。それを決して忘れてはいけない」ということ。
ちょっと昇進したからといって、人間的に俺の方が上なんだと勘違いしている人間、どれだけ多いことか。

  

2.

●「夏の力道山」● ★★


夏の力道山画像

2006年09月
筑摩書房刊
(1300円+税)

 

2006/10/11

 

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主婦を主人公にした小説。小気味良さが魅力です。

この主婦小説の主人公は、五十嵐豊子
亭主の明彦は、売れてなさそうな映画監督で時々俳優でもある。
そのため、短大時代の友人と編集プロダクションの仕事している豊子が一家を支える定収入の稼ぎ手であり、保育園に通う男の子と女の子の2人の母親でもある。
文字通り豊子は、この一家の“主”婦なのです。
こうなるともう亭主なんかいらないじゃないかと思うのですけれど、そこは猫を飼っておくのと同じようなものだと言うのですから真に恐れ入ります。
でも、あまり役に立たない亭主をあしらい、自転車を漕いで子供を保育園に送り届け、さらに編集者と主婦を両立させている。おまけに、個人としての豊子と主婦である豊子をきちんと使い分けているのですから立派、まさにプロの主婦という感じです。それに引き替え髪結い亭主のなんと子供っぽいことか。
本書中“雑学の玄人”という言葉が出てきますが、そうでなくては主婦の役目など果たすことはできないのだという。真にごもっとも、と頭を下げるしかない亭主族の、私も一人であります。

短大時代からの友人である、亭主・姑を喜ばすようなことは一切しないと言い放つ5歳年下の鍼灸師・瀬川先生、この2人の言いっぷりもはっきりしていて楽しい、爽快です。
主婦には是非お薦め。心ある亭主族にも密かにお薦めしたい、気持ち良い作品です。

  

3.

●「今日もやっぱり処女でした」● ★★


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2008年10月
角川学芸出版
(1400円+税)

 

2008/11/01

 

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ドキっとする題名ですが、今日も何も起こらなかった、という主人公の思いを端的に表した一言。

山口あおば、24歳。第一志望の会社に折角就職できたのに、何か満たされずあっさり退社、今は派遣社員をしながら毎週1回イラストレーション塾へ通う日々。
自分の周りにいる人も同じようなものなのかと思うと、父親は急に1年間一人暮らしをしたいと言い出すし、母親までが真面目にやっているのが嫌になった、という。
同じ職場に居る派遣社員の福貴子さんは、突然思いもよらない経歴を語りだすといった按配。

まぁ年頃ですからね、何か胸がときめくようなことが起きないかなと思う気持ちも判りますが、その一方で、平凡な日々の何が悪いのか、いろいろあるらしい他の人たちとの間にどれだけの違いがあるのか、という思いもします。
出版社の紹介文には「ほっとして、じんわり元気が出る「あおばの物語」第一弾!」とありましたので、本書はまだ物語の始まり部分に過ぎないのでしょう。今後に期待。

文中に「ちょっと世の中、恋愛やセックスのことばかり考えすぎではありませんか。人間にとって、もっと大事なことがあるはずです」という、あおばの一言があります。
小説ストーリィについても同感。それらが出てこない、何も起きない日常話についホッとしてしまうのです。

  

4.

●「きのうと同じに見えるけど」● ★★


きのうと同じに見えるけど画像

2009年06月
角川学芸出版
(1500円+税)

 
2009/07/05

 
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自分の今、今後を考え中の「あおばの物語」、第2弾。

ストーリィはほんの僅か、数日しか進みません。
イラストレーション塾で一緒になった、キャットシッターをしている緑川さんとの帰りのヒトコマ。
職場の昼休み、先輩派遣社員でかつて企画ものAVに出演した経歴をもつ、福貴子さんとの会話。
そして働くことを決めてきたという母親との会話。

少しずつ大事に、手さぐりで自分のあるべき姿、これからのことを探っている山口あおば・24歳の姿がとても好ましい。
「きのうと同じに見えるけど」という題名は、前作今日もやっぱり処女でしたと同じように見えて、でも僅かずつでも少しは前に進んでいるんだ、ということを伝えています。

簡単に「すみません」と言う勿れ、嫌なら嫌と思い切って言ってみよう、そんな僅かなことでも真剣に考えて実行できれば、前進だと思います。

少しずつ読み進み、少しずつあおばの物語の良さを辿っていきたい、それが本物語の魅力。

     

5.

●「わたしのしくみ」● ★★


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2012年03月
角川書店刊
(1500円+税)

  

2012/04/29

  

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一口で言うと、何とまぁ、という短篇集。
どの篇もエロチシズムの香り充満という風なのですが、淫乱というより、登場する女性たちにとっては日常茶飯事的、むしろユーモラスな趣きがあって、とても楽しい。笑ってしまいたくなる部分が幾つもあります。
そういう面では
「わたしのしくみ」という本書題名、真に意味深々、と感じる次第です。
 
冒頭の
「音読」、マッサージを受けながら若い男性の音読を聞くという趣向の秘密サロンに出かけてみた女性の話なのですが、シュリンク「朗読者等の作品を思い出して楽しい。
「あなたの指で汚してちょうだい」はかなり淫猥な連想を誘う題名ですが、中身はあにはからんや。主人公である女性の気持ち、判る、判るなぁ。
 
「おとむらい」「真珠」は、男性に対する女性のあっけらかん振りが楽しい篇。男性はもう降参するのみ。
「ばっきゃらまど」「人買い」は共に○○○に帰結するストーリィ。要は人工のものか生かということなのですが、どこか爽快感があるのが愉快。

本短篇集、人によっては目を顰められるかもしれませんが、こんなストーリィが楽しめるのも小説の魅力の内、と私は思います。
 
音読/あなたの指で汚してちょうだい/おとむらい/ぱっきゃらまど/資源回収日/真珠/人買い

   


   

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