松尾由美作品のページ


1960年石川県生、お茶の水女子大学文教育学部卒。91年「バルーン・タウンの殺人」にてハヤカワSFコンテスト入選。


1.
雨恋
(双葉文庫改題:雨の日のきみに恋をして)

2.ハートブレイク・レストラン

3.九月の恋と出会うまで

4.煙とサクランボ

 


   

1.

●「雨 恋(あまごい) A Rainy Love Affair」● ★☆
 (双葉文庫改題:雨の日のきみに恋をして)


雨恋画像

2005年01月
新潮社刊

(1400円+税)

2007年09月
新潮文庫化

2016年10月
双葉文庫化


2005/04/16


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雨の日毎の交わされる、幽霊となった女性とのミステリ風味を加えた切ないラブ・ストーリィ。

主人公・沼野渉は、米国赴任することになった叔母に頼まれ、留守番役としてそのマンションに移り住むことになります。
叔母から頼まれたのは2匹の子猫の面倒だけだった筈なのに、そのマンションには何と幽霊となった若い女性が住みついていた。
しかも、その女性の幽霊=小田切千波が語るには、3年前自殺しようとしたのは確かだが、真相は殺されたのだという。
成り行きから、渉は千波のために真相を突き止めようと事件を調べ始めることになります。

幽霊とのラブ・ストーリィ、あるいはミステリというのは意外とあるものです。
私が好きなところでもM・レヴィ「夢でなければ、ミステリ風の乙一「しあわせは子猫のかたち」(失踪HOLIDAYがありますし、類似型として北村薫「ターンもあります。
幽霊との恋愛は、必然的に成就することがありません。それ故に切ないものです。
本作品では、最初姿が見えず声だけの存在だった千波が、ストーリィの進捗に連れ、脚、下半身、身体、最後に全身と徐々に姿を現していき、それと歩調を合わせるかのように主人公の思いが募っていくというところに、味わいがあります。
ただ、ミステリの中身、千波の人物造形ともに、もうひとつ物足りさが残ったことを言わざる得ません。
なお、最後の幕切れは、細やかでなかなかに綺麗です。また、雨というモチーフも情趣あり。

    

2.

●「ハートブレイク・レストラン」● ★☆


ハートブレイク・レストラン画像

2005年11月
光文社刊

(1500円+税)

2008年07月
光文社文庫化



2006/01/04



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軽く楽しめる連作ミステリー。
舞台が大抵混んでいることがないというファミリー・レストランに設定されているところが妙味。
“安楽椅子探偵”というとまずオルツィ「隅の老人」ですが、本書はその向こうを張ったファミレスの“隅のお婆ちゃん”もの。品が良くて可愛らしい雰囲気のお婆ちゃんですが、話を聞いただけですぐ真相を解き明かしてしまうという類まれな推理力を持ち主。しかも何とこのお婆ちゃん、幽霊なのだという。

語り手となる主人公は、寺坂真以。28歳のフリーライターで、原稿書きにこのファミレスを利用しているという設定。
誕生祝いのケーキから出てきた指輪の謎に首をひねっていたところ、隅のお婆ちゃんが手をひらひらと手招きしている。それが隅のお婆ちゃん=幸田ハルさんと関わり合うことになった最初。
6篇の謎解きストーリィも楽しいのですが、何と言っても秀逸なのは隅のお婆ちゃんの人物設定。春風駘蕩するが如くに、上品で相手を細やかに気遣うあたりが心憎い。知り合えばハルお婆ちゃんのファンになりますよ、きっと。
幽霊なんて薄気味悪い、なんてことは全くありません。こんな幽霊なら何度でも会いたいと思うのが、ハルお婆ちゃん。
ただし、ハルお婆ちゃんは誰でも見ることができる訳ではないらしい。共通するのは心寂しい人ばかり。その所為でこのファミレス、なんとなく幸薄そうな従業員ばかりになってしまったとのこと。
思わず頷きかけた真以が、「ちょっと待って」と言うところがユーモラス。

冒頭の「ケーキと指輪の問題」は切れ味鋭く、思わずたじたじ。「走る目覚まし時計の問題」は仲の良い家族の姿が微笑ましい。
「不作法なストラップの問題」はかなり意味深遠だなァ。
後半3篇は、真以の恋心にお婆ちゃんが助力するところがミソ。
十分に楽しめるミステリー短篇集、どうせならファミレス等で読んでみたいものです。

ケーキと指輪の問題/走る目覚まし時計の問題/不作法なストラップの問題/靴紐と十五キロの問題/ベレー帽と花瓶の問題/ロボットと俳句の問題

     

3.

●「九月の恋と出会うまで See You Again, My September Love」● ★☆


九月の恋と出会うまで画像

2007年02月
新潮社刊

(1400円+税)

2009年09月
新潮文庫化

2016年02月
双葉文庫化



2007/03/14



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旅行会社に勤める北村志織が引っ越した先のマンション。
ある時志織は、その部屋の壁に開いた穴から男性の笑い声が聞こえてくるのを耳にします。誰なのかと問いただすと、何と相手は1年後の未来から話しかけているという。
そしてその声は、志織の定休日である毎週水曜日に、志織の隣人=平野の後をつけて写真に撮って欲しいという。半ば強引な依頼であるが、彼にとってそれはとても大事なことなのだと言う。
そしてもうひとつ起きた不思議なことは、バンホーテンと名づけたぬいぐるみの熊が、突然しゃべり出したこと。

1年後の人物との接触。何やら先日観たばかりの映画イルマーレのことが思い浮かびます。彼は志織にいったい何をさせようというのか。そしてそれは未来の何にどんな影響を与えることなのか。SFファンタジー的なストーリィの中にそんなミステリ要素を含んでいるところが、松尾由美作品らしいところ。
声の主は、隣人である平野の1年後の存在である自分と名乗りますが、本当なのか。彼は1年前の自分と区別するため“シラノ”と呼んで欲しいと志織に申し出て、以後彼の呼び名はシラノとなります。
このシラノとは、ロスタンの名作戯曲シラノ・ド・ベルジュラックの主人公のこと。
単なる名前のゴロ合わせでなく、その名前に大きな意味があると判ったのは 225頁に至ってからのこと。
なる程なぁ〜、そういう意味だったのかと、「シラノ」ファンならきっと喜ばずにはいられないことでしょう。
そしてストーリィはと言えば、最後にまた逆転。

最終的に気持ち良いラブ・ストーリィに終わるところが本書の魅力です。
“シラノ”を本ストーリィの重要な要素として用いたところも嬉しいのですが、志織という女性主人公の好ましさも欠かせない魅力のひとつです。

※映画化 → 「九月の恋と出会うまで

           

4.

●「煙とサクランボ」● 


煙とサクランボ画像

2011年11月
光文社刊

(1400円+税)

2014年04月
光文社文庫化



2011/12/22



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これまで読んだ松尾由美さんの作品は、偶々だったのか、だからこそだったのか、今となってはもう覚えていませんが、3冊とも幽霊絡みのストーリィ。
そして本書もまた、幽霊が主人公というストーリィです。
これだけ幽霊ものが多いとそれぞれ幽霊の設定も異なるもので、本書では、生きていない以上生きている人間とは異なるところがありますが、かなり普通の人間のように日常生活を送っている、という設定です。
ただし、幽霊である自分と接する相手の人間が、自分が死んでいることを知らないというのが前提(死んだと知っている人間には姿が見えないということ)。
 
主な舞台は、小さなバー。
柳井というバーテンダーは物心ついた頃から幽霊が見えるという能力の持ち主であるため、主人公である炭津と名乗る幽霊にとっては居心地の良い場所。
そのバーに毎週火曜日ごとに訪れるのは、会社勤務の傍ら漫画家を続けているという20代後半の女性、
立石晴奈
その晴奈、幼い頃に両親と暮らしていた新築したばかりの家が放火にあって・・・という謎を実は抱えていた。
柳井がそんな晴菜に、炭津さんに相談してみたら、「ああ見えて名探偵ですから」と勧めたことから炭津、その“
立石家の謎”解きに挑むことになります。
幽霊が事件の謎解きに挑むミステリ、という出だしでしたが、実は読者にとっては、晴奈と炭津の関係こそ一番の謎、肝心なミステリだったという趣向。
晴奈が炭津に対して抱く想いという要素が貴重で、それなりに楽しめる幽霊ファンタジー&ミステリ・ストーリィでした。


※「」とは幽霊=炭津、「サクランボ」とは晴奈のこと。

     


   

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