北原亞以子作品のページ No.4



31.父の戦地

32.白雨(はくう)−慶次郎縁側日記−

33.誘惑

34.似たものどうし−慶次郎縁側日記傑作選−

35.あんちゃん

36.澪つくし−深川澪通り木戸番小屋−

37.あした−慶次郎縁側日記−

38.祭りの日−慶次郎縁側日記−

39.たからもの−深川澪通り木戸番小屋−

40.雨の底−慶次郎縁側日記−


【作家歴】、深川澪通り木戸番小屋、花冷え、まんがら茂平次、恋忘れ草、その夜の雪、風よ聞け−雲の巻−、深川澪通り燈ともし頃、東京駅物語、江戸風狂伝、銀座の職人さん

→ 北原亞以子作品のページ No.1


雪の夜のあと、傷(慶次郎縁側日記No.1)、再会(慶次郎縁側日記No.2)、昨日の恋、埋もれ火、消えた人達、おひで(慶次郎縁側日記No.3)、峠(慶次郎縁側日記No.4)、お茶をのみながら、蜩(慶次郎縁側日記No.5)

→ 北原亞以子作品のページ No.2


妖恋、隅田川(慶次郎縁側日記No.6)、妻恋坂、脇役(慶次郎覚書)、やさしい男(慶次郎縁側日記No.7)、夜の明けるまで、赤まんま(慶次郎縁側日記No.8)、夢のなか(慶次郎縁側日記9)、ほたる(慶次郎縁側日記10)、月明かり(慶次郎縁側日記11)

 → 北原亞以子作品のページ No.3


ぎやまん物語、乗合船、恋情の果て、春遠からじ、化土記、いのち燃ゆ、初しぐれ、こはだの鮓

 → 北原亞以子作品のページ No.5

  


           

31.

●「父の戦地」● ★★


父の戦地画像

2008年07月
新潮社刊

(1400円+税)

2011年08月
新潮文庫化

 

2008/09/25

 

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戦地にいる父からの葉書を主体に、戦時中に少女時代を送った北原亞以子さんの回想記。

北原さんの父上が出征したのは、北原さんがまだ4歳の時だったという。そのため父親に関する記憶は定かではなく、人から聞いての思い出、自分で勝手に作り上げた思い出等が入り混じっているらしい。その中で確かなものは、戦地のビルマから届いた数多くの葉書だったと言えるでしょう。
家族が語るには、家具職人の長男に生まれたにもかかわらず不器用で、そのうえ「意気地がないんだもの、あの人」という人だったらしい。
そんな父親が、ビルマの様子を絵に描いて娘の“ヨシエチャン”宛てにしきりと送ってきた“漫画絵葉書”。描かれている絵は、ユーモラスで明るく、これが本当に戦地なのかと疑ってしまう程のんびりとした雰囲気に充ちています。
そしてその葉書には、皆は元気ですかという呼びかけと、「オトウチャンハトテモゲンキデス」という言葉がいつも記されています。

ユーモラスな絵と「ゲンキデスカ」という問い掛けからは、遠く離れた家族への愛情と、家族と一緒にいたいという気持ちを抑えて出征に応じた思い、そして「オトウチャンハトテモゲンキデス」という言葉からは家族に心配をかけまいとする気持ちが、切々と伝わってきます。
子供たちの視点から眺めた戦争という点では小林信彦さんが幾冊もの著書で語っていますが、本書は、遠く離れた戦地にいる父親と残された家族という対照的な構図が鮮やかで、貴重な回想記になっています。
哀しいことにその父上は、終戦の年に戦死されたとのこと。

戦争は勿論あってはならないことですし、忌むべきことと思いますが、国内で家族を守るために敵と戦うことと、縁も所縁もない土地に連れて行かれて訳も判らないまま「お国のためだ」といわれて戦うのとは、全く違うことだと思います。
戦地の父と、娘という姿から、改めてそのことを感じた次第。
戦時中に少年少女だった人も年々高齢化していく訳で、こうした回想記が書かれることはもうなくなっていくことでしょう。
そうした状況の中で刊行された本書は、とても貴重な一冊だと思います。

  

32.

●「白 雨(はくう)−慶次郎縁側日記−」● ★★


白雨画像

2008年10月
新潮社刊

(1400円+税)

2013年05月
新潮文庫化

 

2008/11/04

 

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第12弾。

読書も含め疲れた時にホッとして、心から寛ぐことができる、この「慶次郎縁側日記」は私にとってそんなシリーズです。
第12弾目となる本書もその期待に外れないどころか、改めて良いなぁと感じることのできる出来栄え。
市井に生きるごく平凡な男女の、喜びや哀感、それをごく自然体で描ける作家という点で、今や北原さんの右に出る人はいない機がします。

本書では、運命や気持ちのすれ違いがもたらす人々の喜怒哀楽が様々に描かれ出されます。
質屋に婿養子に入った男の愚痴話(「流れるままに」)や、とろい性格の女と馬鹿な見栄を張った男との珍騒動(「福笑い」)も楽しいですが、大金を騙し取られた商家の後家を心配する慶次郎の一言(「濁りなく」)や、やっと友達ができたと喜ぶ佐七の気持ちを大事にしてやろうとする慶次郎の心遣い(「白雨」)が何とも温かみがあって、好いですねぇ。
また、一人あがいてもどうにもならない運命も、それを受け容れて生きていけばそれなりの道も開けるといった観ある「凧」「いっしょけんめい」「夢と思えど」も良い味を出しています。

なお、本シリーズのファンとして嬉しいことは、岡っ引の辰吉に引き取られて今はその女房に納まっているおぶんの、居場所をようやく見つけて明るくなってきた様子が幾度も見られること。
これはその夜の雪からずっと読み続けてきたファンにして初めて得られる嬉しさです。          

流れるままに/福笑い/凧/濁りなく/春火鉢/いっしょけんめい/白雨/夢と思えど

  

33.

●「誘 惑」● ★★


誘惑画像

2009年05月
新潮社刊

(1900円+税)

2013年10月
新潮文庫化

 

2009/06/22

 

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 1683(天和3)年京都、大経師の妻おさんが手代の茂兵衛と密通。仲立ちをした下女=玉と3人で丹波に潜伏していたところを召し捕えられ、処刑されたという実在の事件。
井原西鶴「好色五人女」の一篇として書き、近松門左衛門が浄瑠璃「大経師昔暦」に脚色、さらに川口松太郎が小説化(おさん茂兵衛)され、新派の当たり狂言にもなったというその密通事件を、北原さんが長篇小説化。

京人形を商う杉田屋の跡取り娘=おみつが手代の茂兵衛に恋慕する。ところが先代に可愛がられた茂兵衛を杉田屋喜兵衛は疎み、茂兵衛は大経師の浜岡権之助に手代として仕えることになる。
その後もおみつはしきりと茂兵衛に付きまとい、その執拗な行動は、やはり茂兵衛に関心を抱いていた権之助の新妻=おさんをしてその恋心を煽ることになってしまう。そして徐々に悲劇への道筋が開かれていくというストーリィ。

どろどろした情愛というのが私は苦手で、何度か放り出したくなった、というのが正直なところ。
やっと向き合って本ストーリィを読めるようになったのは、おさんと茂兵衛が手に手をとって出奔することを決意した4分の3を過ぎた辺り。おさんと茂兵衛の2人に、純粋に愛する同士という姿が見えてきてからです。
本作品は決して、人倫に外れた恋の道行きを描いた訳ではありません。
夫が女中に手を出して許されるのに、何故女房が手代を愛したら密通罪に問われ磔にされるのか、誰がそんなことを決めたのか。
形にこだわることの無意味さ、不法さを訴えようとするところに本作品の主眼があるようです。
おさんと茂兵衛の運命を描く本ストーリィに、牢人=右京とその妻=あやめの運命を組み合わせているところが本作品の妙。武士であるが故に仕官こそが願いという形を捨て、苦難の末に一人の人間としての姿を選び取ったところから、右京とあやめにはその先の幸せが予想されます。

「序幕」「終幕」西鶴門左衛門を登場人物として配し、おさんと茂兵衛のことを語らせているところが、北原さんの巧みなところ。
おさんと茂兵衛の2人について世間は好意的であると語り、「磔など見るものではございませんよ」と門左衛門に言わせるところに、形に捉われた武家とは違う、町人の自由横溢な精神が謳い上げられていると感じます。
その所為か、ストーリィ内容からは予想外に、読後感は極めて爽やかです。

 

34.

●「似たものどうし−慶次郎縁側日記傑作選−」● ★☆


似たものどうし画像

2010年01月
新潮社刊

(1500円+税)

2017年10月
新潮文庫化

 

2010/02/28

 

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人気シリーズ“慶次郎縁側日記”の傑作選。

ただ選んだだけでは芸がないということか、シリーズ化のきっかけとなった第一作「その夜の雪」執筆当時の事情、北上次郎さん他、TVドラマ「慶次郎縁側日記」に脇役として出演していた方々の寄稿等々、ファンとしての楽しさあり。
なお、選ばれた各篇、それぞれに味わい、思いはあれど、既に読んだ作品ですので、懐かしさはあっても感激というものはありません。それより、何故これらの篇が選ばれたのか、選んだ理由の方に興味があります。

作者の北原さん、慶次郎の同僚であった同心=島中賢吾に魅力を感じてるとのこと。これは私も同じ思いだったので、嬉しい。
「似たものどうし」「可愛い女」、いずれも“蝮の吉次”が主役となっている篇であるところが楽しい。その存在感といい、陰影のあるキャラクターといい、吉次に目を付けているところは流石です。
「峠」は、かつて“仏の慶次郎”と呼ばれた、その“仏”性の是非を不運な女から慶次郎が突きつけられる、慶次郎にとってはちと辛い篇。それもまた傑作選ならでは、と感じます。

※「その夜の雪」は短編集「その夜の雪」、「似たものどうし」は「」、「可愛い女」は「夢のなか」、「卯の花の雨」は「再会」、「峠」は「」に収録済。

 「その夜の雪」を書いた頃(北原亞以子)
・その夜の雪
・似たものどうし(北上次郎)
・可愛い女(竹内誠・江戸東京博物館館長)
・卯の花の雨(寺田農・俳優)
 「脇役」が語る魅力(石橋蓮司・奥田瑛ニ・遠藤憲一)
・峠(富士真奈美・女優、菅野高至・プロデューサー)

  

35.

●「あんちゃん」● ★★


あんちゃん画像

2010年05月
文芸春秋刊

(1429円+税)

2013年04月
文春文庫化

 

2010/06/14

 

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このところずっと“慶次郎縁側日記”シリーズばかりでしたから、北原さんとしては随分久しぶりとなる時代小説短篇集。
どれも北原さんらしい、味わい深い作品ばかりです。

あえて共通点を挙げるとすれば、人と人の気持ちのすれ違い。
そのすれ違いを取り戻して幸となることもあれば、すれ違ったまま不幸となることもある。しかし、それはもう、人次第というより、運不運という気がします。

「帰り花」:亭主に死なれ幼い娘を抱えて内職仕事で暮らすおりょうの、寺子屋の師匠だった荘七郎の颯爽たる姿を今も慕う気持ちを描いた篇。
「冬隣」:14年間も仲の良い夫婦として過ごしてきたのに、忠右衛門が矢場の女に夢中になったことから、それ以来、お孝との間は食い違ったまま、どちらも次の一歩が踏み出せないでいる様子を描いた篇。
「草青む」:婿養子となり店を立て直した吉兵衛、残る日々を妾のおつやとゆっくり過ごしたいと願うが、できそこないの婿を迎えた娘はそれを許してくれない。おつやの側から描いた心温まる篇で、本書中では「帰り花」と共に私の好きな篇です。
「あんちゃん」:貧乏百姓の末っ子の捨松、江戸へ出てついに店を構えるまでに成功しましたが、故郷から出てきた次兄の怒りを買ってしまう。2人の気持ちがすれ違った理由とは?

なお、「風鈴の鳴りやむ時」「いつのまにか」の2篇は、昭和46・45年に「小説新潮」に掲載した初期の短篇。今回改稿しているとのことですが、その後の北原作品と比較すると、ぎくしゃくし、ストレートに気持ちが伝わってこない硬さを感じます。

帰り花/冬隣/風鈴の鳴りやむ時/草青む/いつのまにか/楓日記−窪田城異聞/あんちゃん

        

36.

●「澪つくし−深川澪通り木戸番小屋−」● ★★☆


澪つくし画像

2011年06月
講談社刊

(1600円+税)

2013年09月
講談社文庫化

  

2011/07/02

  

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7年ぶり刊行の“深川澪通り木戸番小屋”シリーズ・第5巻目。
第3巻から第4巻
夜の明けるまでの間も9年という長い隔たりがあったので、よもやもう一度本シリーズを読めるとは思っていませんでした。
でもこうして新作を読むと、改めて本シリーズの味わいを知る思いです。

北原さんのシリーズものというと慶次郎縁側日記(現在12巻まで刊行)が圧倒的存在なのですが、“澪通り”第1巻は北原さんが泉鏡花賞を受賞した出世作なので、本シリーズにはやはり忘れ難い思いがあります。
久しぶりに読むと、“慶次郎”とは対照的な魅力が改めてはっきり感じられます。それもまた楽しいこと。
即ち、“慶次郎”はやはり男ものの時代小説であって、剛。様々な困難にぶつかった相手に対して、肩を叩いて励ます、といった風があります。
その点、“澪通り”の主役は
お捨を初めとして女たちであり、どこまでも柔らかい。様々な悩みを抱える女たちを、優しく受け止める、包み込むように温かく受け留める、といった風で、お捨の存在そのものが母性的という印象です。

その典型例といえる篇が「ぐず豆腐」
実家の農家を出て江戸へ行ったきり便りのない息子。その息子を見かけたという話を聞いて探しに江戸に出てきた母親
おるいが主人公。
そのおるいを心配して、身内でもない“澪通り”の登場人物たちが一生懸命になる姿。中心に木戸番の
笑兵衛・お捨夫婦という核があってこそなのですが、すこぶる気持ち良いものがあります。

※本書では、“澪通り”ファンには忘れられない勝次・おけいの夫婦が度々顔を覗かせます。それも嬉しいこと。
 本シリーズ、この先も読み続けていきたいです。

いま、ひとたびの/花柊/澪つくし/下り闇/ぐず豆腐/食べくらべ/初霜/ほころび

                          

37.

●「あした−慶次郎縁側日記−」● ★★


あした画像

2012年04月
新潮社刊

(1400円+税)

2014年10月
新潮文庫化

  

2012/05/11

  

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第13弾。
前作
白雨から3年半ぶりと、久々の新刊です。
何故そんなに間が空いてしまったかというと、私は全く知らずにいたのですが、心臓の大手術、4日間にわたり意識不明、計3回の心肺停止に転倒による大腿骨骨折と、大病を患っていたためだそうです。
ようやく執筆を開始して以前の「慶次郎」を読み直したところ、
「ずいぶん底の浅いことを書いてるな」と思ったのだという。

そうした経緯があったからこそだと思いますが、本書では、人間を描くところにしろ、ストーリィにしろ、グン!と深みが増したという印象です。それも些末な細かい処ほど、そうした思いを強くします。
別れた女房がやっと掴んだ幸せを断腸の思いで祈ろうとする男の決意(
「春惜しむ」)、凶悪な事件を起した男が抱えている切ない思い(「千住の男」)。
生きること自体が苦労だと呟く空き巣稼ぎの老婆のセリフ(
「あした」)、東日本大震災の傷跡がまだ言えない今だからこそ、リアルに感じられます。
慶次郎と孫娘=八千代の触れ合い(「歳月」)、定町廻り同心であることの有り難さを自覚する晃之助の姿(「あした」)も、主ストーリィの脇となる僅かな部分ですが捨て難い部分です。
一方、女に好かれたというのに落ち込んでいる万吉、何と馬鹿馬鹿しいことかと思いますが、その生真面目さが何とも可笑しい(
「恋文」)。
最後を締める
「吾妻橋」が思いがけず絶品。こんな関係、実際にはあり得ないと思う程ですが、小説の中だからこそ実現できる辺り、小説というものの素晴らしさを再認識する思いです。
より深みを増したシリーズ新刊、お薦めです。

春惜しむ/千住の男/むこうみず/あした/恋文/歳月/どんぐり/輪つなぎ/古着屋/吾妻橋

         

38.

「祭りの日−慶次郎縁側日記− ★★☆


祭りの日画像

2013年07月
新潮社刊

(1400円+税)

2015年10月
新潮文庫化

   

2013/08/15

   

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第14弾。
作者の北原亞以子さんが今年3月に死去されたからではありませんが、本シリーズは本当にかけがえのない、味わい深い一冊だなぁという思いを新たに強くします。

本シリーズの良さは、主人公が固定されておらず、その時々の登場人物であったり、慶次郎であったり、また養子の晃之助、岡っ引きの辰吉、吉次であったりと自在なところにあります。だからこれだけ長く続いたシリーズであっても、マンネリということが些かもないのでしょう。
各篇で語られるのは大きなドラマなどではなく、実に些細な、でも一人一人にとっては実に大事な出来事なのです。そうした小さな出来事を粗末にしない、大切にするという姿勢が、読み手にとっても嬉しいのです。

本巻で印象的なのは、空き巣、掏摸、強請と小さな罪を犯している者の登場が多いこと。彼ら自身元々悪かったとは言い切れない、境遇、不運もあったのだと「罪を憎んで人を憎まず」といった風。とくに表題作「祭りの日」では、折角江戸に出てきた若い経師職人が訪ねて行った先の親方同士の兄弟喧嘩に巻き込まれ、行き場所を失って悪い道に嵌りかけるというストーリィ。新たな罪人を作ってはならないと懸命になる慶次郎たちの視線がとても温かい。
その一方で、事情はどうあれ一度足を踏み外してしまったらもう同じにはなれないという現実もきちっと描かれています。
「盗っ人でなければねぇ」という「かぐや姫」中のひと言には多くの思いが篭められているのを感じます。
些細なドラマと言えば
「そばにいて」以上のものはないでしょう。また、吉次半蔵という古傘買いの男から聞く話に、自分と別れた女房との過去を照らし合わせるという趣向の「冬ざれ」も忘れ難い味わいのある篇です。

他にも男女の情愛、親子の情愛、人と人との情愛がまるで世間話のように多彩に描かれていて、真に見事な市井もの短篇集なのです、本シリーズは。お薦め!

祭りの日/目安箱/黒髪/かぐや姫/御茶漬蓬莱屋/冬ざれ/そばにいて/風光る/福きたる

       

39.

「たからもの−深川澪通り木戸番小屋− ★★


たからもの画像

2013年10月
講談社刊

(1600円+税)

2015年10月
講談社文庫化

   

2013/11/11

  

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“深川澪通り木戸番小屋”シリーズ第6巻にして、作者の北原さんが逝去された故に最終巻。

江戸の下町に住む男や女たち、そんな市井の人々を主人公にした連作短篇集となれば当然にしてそのストーリィは悲喜こもごも。ちょっと足を踏み外してしまえばどこまで転がり落ちてしまうか分からない、というのがそんな人々の暮らしでしょう。
そうした中で、ちょっと愚痴を聞いてもらったり慰めを言って貰えたりすれば、どれだけ救われることか。そんな存在が木戸番小屋の
お捨笑兵衛の番人夫婦。まるで闇夜の海に航海する船が頼りにする灯台の灯り、というところでしょうか。
北原亞以子といえば本シリーズ以上に存在感があるのが
“慶次郎縁側日記”シリーズですが、同シリーズが慶次郎を中心にして男性的であるのに対し、本シリーズが大柄で太り気味、極めて母性的なお捨が中心になっているだけに女性的にして優しい物語になっています。
このシリーズの続きがもう読めないなんて、なんと哀しいことかと思うのですが、それでもシリーズ6巻の中に確固として存在するお捨と笑兵衛2人は、永遠の存在です、とついかつての流行り言葉を真似したくなってしまいます。

本書収録の8篇、どれもストーリィ趣向は少しずつ違っていて、そのどれもが味わい深い。いいですねぇ。
中でも
「かげろう」「七分三分」の2篇は北原さんならではの逸品でしょう。また「如月の夢」「まぶしい風」の2篇はお捨の面目躍如というべき佳作。

如月の夢/かげろう/たからもの/照り霞む/七分三分/福の神/まぶしい風/暗鬼

       

40.

「雨の底−慶次郎縁側日記− ★★☆


雨の底画像

2013年12月
新潮社刊

(1400円+税)

2016年10月
新潮文庫化

  

2014/01/14

  

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“慶次郎縁側日記”シリーズ第15弾。
作者の北原さんが昨年亡くなり、本シリーズもあと1冊を残すのみ。
今までも味わい深い、秀作ばかりの本シリーズでしたが、もう新たな話が書き継がれることはないと思うと、愛おしさ一入、つくづく素晴らしい時代ものシリーズだったなぁと思うばかりです。
本書では、今まで以上にその味わい深さが身に沁みてくる、そんな思いです。

本書で特筆したいのは、冒頭の「はこべ」
本シリーズの始まりとなった短篇
その夜の雪の悲痛な事件。それからの長い年月、慶次郎おぶんがずっと引きずってきた悲しみがようやく本篇で晴れたという思いがします。
「その夜の雪」を知る本シリーズのファンにとっては貴重な篇。どうぞ読み逃しされませんように。

「一人息子」「旅路」も味わい深い一篇。この味わい深さ、人の情の深さが本シリーズの魅力。まさに絶品です。
表題作
「雨の底」は、下っ引を務める古傘買いの弥五が関わる、性質は良いのに不運でその上不器用という、幸薄い娘の話。

最後の「横たわるもの」は、珍しくちょっとミステリ風な一篇。誤って慶次郎が寮番を務める山口屋の寮に届けられた、ある脅し文。その差出人は誰なのか。慶次郎が関係者を尋ね歩いて隠された事情を聞きだし、差出人に迫るという、中々読み応えのある一篇です。

シリーズ作品ですが基本的には各篇独立したストーリィのため、これまでを読んでいないからといって左程支障はありません。
時代物短篇小説の逸品、是非お薦めです。

はこべ/一人息子/雨の底/唐茄子かぼちゃ/旅路/柿紅葉/横たわるもの

     

読書りすと(北原亞以子作品)

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