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1.君の顔では泣けない 2.夜がうたた寝してる間に 3.一番の恋人 4.春のほとりで |
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「君の顔では泣けない CAN'T CRY WITH YOUR FACE」 ★★☆ 小説野性時代新人賞 |
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男女の身体入れ替わりを題材にしたストーリィ。 入れ替わりといってすぐ思い出すのは、山中恒「おれがあいつであいつがおれで」。 ただ、同作は一時的な入れ替わりだったことから、その間の混乱と戸惑い等を描いてユーモラスな面白さがありましたが、本作はずっと入れ替わったまま、という点で異なります。 主人公は坂平陸、高校一年のある朝、突然同級生の水村なおみと身体が入れ替わり、以来15年ずっと水村なおみとして生きて来ました。今は結婚して娘も産まれ、家族3人での暮らし。 高校一年から今日までの15年に亘る日々が、回想として描かれていきます。 本作の良さは、二人それぞれの立場から描くのではなく、一貫して坂平陸側からのみ描いている点にあります。 人に言えない秘密を分け合い、情報交換を絶やさないことから2人は同志というべき関係にありますが、坂平が悩み、苦しさを水村にいろいろと吐き出し、水村はそんな坂平を常に励ます、というのが二人の関係。 坂平曰く、いずれ元通りになる時まで、水村の身体を預かっているから大事にしないとけない、と坂平は使命感を抱いています。 面白いのは、お互いに性関係についてもあけすけに情報交換、あるいは報告している点。お互いに元男、元女というキャラクターから、冷静に観察しているところが面白いのですが、とくに、坂下の初体験場面は読み処です。 全てを打ち明けられる関係って奇跡的でしょう。本作の坂下と水村は、望んだことではないとはいえ、そうした間柄と言えます。 単なる入れ替わり物語を越えて、2人自身、親子の問題、そして一部においてはジェンダーの問題も描いた多様な作品。 見事なデビュー作、お薦めです! |
2. | |
「夜がうたた寝してる間に」 ★★ |
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特殊能力を持っていたら自分はヒーローになれるかもしれない、と思ったのは子どもの頃のこと。 しかし、人と違う能力を持っていたら厄介だろうしし、孤独になりかねないと、今なら分かります。 本ストーリィの舞台は、一万人に一人の割合で特殊能力所持者がいる、という世界。 そして特殊能力者は金色のバッジを常時着用することが義務付けられており、一般人との違いが明らかにされている。 つまり、特殊能力所持者とは、一般人から忌避されるマイノリティであり、何か事件がある度に疑いの目を向けられる存在でもあるという次第。 主人公の冴木旭は、昨年から能力者を受け入れを許可するようになった高校に通う2年生で、時間を止めるという特殊能力の持ち主。何とか一般人生徒の中に溶け込もうと、懸命に周囲とのコミュニケーションに力を注いでいる。 そしてこの高校には、旭以外にあと2人、能力者がいる。いずれも同学年生、人の心を読む能力を持つ篠宮灯里と、瞬間移動能力を持つ我妻蒼馬。 ある朝、2年生の教室の窓から、大量の机が投げ捨てられているという事件が起きます。教師の中にも、生徒の中にも、端から能力者が犯人と決めつける人間がいることに、旭はこれまでの努力が無に帰するような恐れを感じて焦り、犯人を突き止めようとするのですが・・・。 学園ミステリに見えますが、本質的には青春ストーリィ。 能力者だからこその孤独感と葛藤がそこにはあります。 一方、友情、信頼はあり得ないのか。そこに能力者と一般人の違いによる隔てはあるのでしょうか。 そして、能力者だからといって決して一枚岩ではない。 特殊能力という面白さがあり、その分ストーリィに奥行きがもたらされていますけど、それを取り払ってしまえば、友情、嫉妬、葛藤という成長ストーリィ。お薦めです。 |
3. | |
「一番の恋人」 ★★ |
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一度見送っていたのですが、直木賞候補作ということで読書。 最近は、恋愛、夫婦、カップルの関係について、多様性をテーマにした作品が増えていますが、本作もそれに連なる作品。 本作で描かれるのは、“アロマンティック(他者に恋愛感情を抱かない)・アセクシュアル(他者に性的欲求をもたない)”。 主人公は、道沢一番と神崎千凪(ちなぎ)の2人。 本ストーリーは、交互に2人それぞれの視点から描かれます。 一番と千凪の恋愛は極めて順調。千凪を実家に伴い両親に紹介した後、一番はプロポーズし、千凪から応諾の返事を得ます。 しかし、その後に、千凪から「好きだけど愛したことは一度もない」、キスもセックスも実は苦痛でしかなかったとカミングアウトされます。 全く想像もつかなかった千凪の告白に呆然とする一番。 <普通>でありたいからと、ずっと我慢を重ねてきた千凪。 普通であろうとした結果、自分だけでなく一番をもまた苦しめてしまった、その是非は如何。 2人が、どう苦しみ、どう考え、その結果どういう選択をするのか。そこが本作の読み処です。 読者としては、2人がどういう選択をするにしろ、エールを送ることしかできませんが、それが大切なことと思います。 なお、一番の父親、子どもたちのためと言いつつ、専制的なその態度は自己満足のためでしかありません。 2人と対極にある、多様性を認めようとしない人物として、これもまた興味深い処があります。 |
4. | |
「春のほとりで On The Banks of Spring」 ★★☆ |
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高校生たちの青春模様を描く連作ストーリー。 ただし、君嶋さんが描くからには、多く見られるような青春光景とは一味違う、そこが読み処で、魅了されます。 「青春」、文学作品でもよく使われる言葉ですし、否定する気ももちろんありませんが、実際に「青春」と言えるような高校生活を送った生徒たちがどの程度いるのかと問い直してみると、私自身もそんな輝かしい3年間は送っていなかったな、と思い出します。 むしろ思い出となっているのは茜色、そんな主人公たちの思いにエールを贈りたくなる連作。 ・「走れ茜色」:同じ相手を好きになった女子同級生との、放課後の不思議な時間。何とも楽し気なのです。 ・「樫と黄金桃」:小五の時に起こした事件。暴露されたくないから、小五の同級生の誘いに応じているのだが・・・。 ・「灰が灰に」:同じパシリをされていても、ワル同級生3人と不良同級生では、違うものだったのか? ・「レッドシンドローム」:ただクラスの中心人物でいたかっただけなのに・・・。 ・「真白のまぼろし」:一緒に漫画を書こうと約束した同級生、でも道は分かれた・・・。 ・「青とは限らない」:気が合って会話が楽しい友達は、男子同級生。何故、周りは恋愛と騒ぎ立てるのか。おかげで二人の間はギクシャク。その行く末は? 皆、冬木先生が担任するクラスの生徒たち。 先の篇で主人公として登場した生徒が、後の篇で再び登場してくるのが楽しい。ひとつのクラスに何人もの主人公がいて。 「姫ちゃん先生」「芥川先生」という仇名の若い教師も度々登場してストーリーを盛り上げています。 最後、ヤラレタ!の一言。思わず頭を叩いてしまいました。 そうか、そういうことだったのか! 胸の内から楽しさが一層込み上げてくる、見事な仕掛け。 ヘルマン・ヘッセの言葉ではありませんが、青春の輝きとは、後に振り返ってみて初めて感じられるものだと思います。 爽快で、忘れ難い印象を残してくれる一作、お薦めです。 なお、6篇の内で特に好きなのは、「走れ茜色」「樫と黄金桃」と、最後を締める「青とは限らない」の3篇。 走れ茜色/樫と黄金桃/灰が灰に/レッドシンドローム/真白のまぼろし/青とは限らない |