伊与原 新
(いよはら・しん)作品のページ


1972年大阪府生、神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し博士課程修了。2010年「お台場アイランドベイビー」にて横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビュー。18年「月まで三キロ」にて第38回新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。


1.月まで三キロ

2.青ノ果テ

3.八月の銀の雪

4.オオルリ流星群

  


       

1.

「月まで三キロ ★★         新田次郎文学賞


月まで三キロ

2018年12月
新潮社

(1600円+税)

2021年07月
新潮文庫



2019/01/20



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題名から察することができるかもしれませんが、各篇いずれとも理系の題材から組み立てた味わいある短篇集。

「月まで三キロ」:主人公、残りの人生に絶望。自殺を考えてタクシーに乗る。ぎょっとしたタクシー運転手、自殺に相応しい場所に案内しようと、向かった先は「月まで三キロ」という標識が立っている場所。
「星六花」:39歳になる富田千里、知り合いの紹介で奥平潤という気象庁の技術専門官と出会うのですが・・・。
「アンモナイトの探し方」:訳ありで東京から北海道の祖父母宅にやって来た小6の朋樹。川原で化石採集を続ける老人と出会いますが・・・。
「天王寺ハイエイタス」:かまぼこ店を営む笹野家は、いつも次男が家業を継ぐパターン。伯父の哲おっちゃん、かつてはブルースのギタリストで鳴らしたらしいが、今は問題人物。
「エイリアンの食堂」:父親の営む食堂に毎晩定食を食べにくる女性。小3の鈴花は彼女を宇宙人だと信じ込み、「ブレアさん」と呼ぶ。そのブレアさんが鈴花に語ったことは・・・。
「山を刻む」:義母の誕生日を放りだし、ある決心を抱えて久々に山に登った主人公。火山を研究している大学の先生と研究生の2人と出会い、これまでの人生と家族のことを振り返る。

会話が理系、科学的なことであろうと、ストーリィの核心はごく普通の出来事。
そんな日常的な出来事も、理系の事実と照らし合わせると、どこか新鮮、自然と答えが導き出されるように感じるところが快い。

斬新さからというと表題作である
「月まで三キロ」が抜群。
また同じく宇宙に関する話題となる
「エイリアンの食堂」が爽やか。小3の鈴花と研究者であるブレアさんのやりとりに、遥かな宇宙的広がりが感じられて、何とも素敵です。
それに対し、
「山を刻む」は山が舞台ですから地に足をつけたストーリィのように感じられますが、その結末が愉快。

清新さが本短篇集の魅力。理系故か、すっきりと感じられます。


月まで三キロ/星六花/アンモナイトの探し方/天王寺ハイエイタス/エイリアンの食堂/山を刻む

       

2.

「青ノ果テ−花巻農芸高校地学部の夏− ★☆


青ノ果テ

2020年02月
新潮文庫

nex
(630円+税)



2020/03/01



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宮沢賢治の故郷である岩手県の花巻が舞台、その賢治が教鞭を取った花巻農業高校を前身とする<花巻農芸高校>、その地学部に属する高校生たちのひと夏を描いた青春劇。

東京からの転校生=
深澤北斗がやって来て以来、幼馴染の佐倉七夏(なのか)の様子がおかしい。
3年生の鉱物オタク=
三井寺修平に誘われた深澤と七夏が地学部創設に加わったことから、怪我で鹿踊り部の活動を休んでいる主人公=江口壮多も地学部に。

夏休み直前、七夏が姿を突然姿を消してしまう。
七夏のことを心配しながらも壮多は、地学部の夏の研究活動としてイーハトーボの地理的範囲をめぐる自転車+α旅行に、三井寺・深澤と共に出発します。

深澤北斗が何かを隠していること、七夏が深澤絡みで何か悩んでいるらしいことはすぐ解りますが、その後の視点が地学部の夏旅行に移ってしまうようで何となく中途半端な印象。
また、最後には深澤と七夏、さらに深澤と壮多の間の思わぬ事情があったことが判明するのですが、真相に至るまでの展開が間延びしている印象です。

以上の高校生青春ストーリィ部分を別として、本作の楽しさは宮沢賢治関連にこそあると思います。
賢治が見た風景、賢治が伝えようとした思い、カムパネルラが死なない
「銀河鉄道の夜」異稿等々、宮沢賢治の世界が新しく蘇って来るようです。
宮沢賢治ファンにお薦めの青春ストーリィ。

   

3.

「八月の銀の雪 ★★


八月の銀の雪

2020年10月
新潮社

(1600円+税)



2020/11/10



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伊与原さんらしい、理系のストーリィ。
そこに本短篇集の魅力がある!と言って過言ではありません。

すっきりとした鋭利さがあり、ストーリィの背後に広い世界=夢が広がっているという雰囲気がたっぷり。
そこに何とも言えない感動を覚える、という印象です。
是非お薦めしたい、気品と風格に充ちた短篇集。この味わい、私は大好きです。

「八月の銀の雪」:理系学部の大学4年生である主人公は、就活に苦戦中。いつももたもたしているコンビニ店員のベトナム人女性を使えない奴と馬鹿にしていたが、そのグエンに元気づけられようとは・・・。
「海へ還る日」:シングルマザーの主人公は2歳の娘を懸命に育てているが、娘に何も与えられないと胸の内は苦しい。それを救ってくれたのは、クジラとの出会い・・・。
「アルノーと檸檬」:不動産会社契約社員の主人公、追い出せと命じられている先の老女宅で出会ったのは、伝書バト。伝書バトの帰巣本能とそれを守ろうとした人の思いを知り・・・。
「玻璃を拾う」:珪藻を並べて作られた<玻璃>に寄せる想いを知った主人公は・・・。
「十万年の西風」:偶然目にした凧から、気象観測の世界を教えられた主人公は・・・。

思いがけず知った科学的な事柄によって、思い悩んでいたことから抜け出し、あるいは止まっていた足を一歩先に踏み出すことができる、というストーリィ。
新しい世界を目にする爽快感があります。 お薦め。


八月の銀の雪/海へ還る日/アルノーと檸檬/玻璃を拾う/十万年の西風

           

4.

「オオルリ流星群 ★★   


オオルリ流星群

2022年02月
角川書店

(1600円+税)



2022/03/13



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夢を叶えて国立天文台の研究員になった筈の「スイ子」こと山際彗子が秦野市に戻ってきているらしいという知らせが、かつての仲間たちの間を駆け巡ります。
その仲間とは、高校3年の文化祭に、空き缶を連ねての大きな<オオルリのタペストリー>を作った同級生たち6人。

彗子、自力で小さな天文台を作ろうと考えているらしい。
かつてオオルリのタペストリーを完成できたのも、彗子が緻密な計算をやってくれたおかげと感謝している面々、今度は彗子に恩返ししようと協力し始めます。
28年ぶりに彗子と再会した今は40代半ばになった同級生たちが、再び自分たちの手で何かを作り上げようとするストーリィ。

しかし、
種村久志は親から継いだ薬局の経営が芳しくなく、勢田修は会社を辞めて司法試験の勉強中、伊東千佳は中学校のベテラン教師ですが教職への熱意を余り持てず、梅野和也は会社を退職して3年間実家にヒキコモリ。そして槙恵介は19歳の時に酔って電車ホームから転落して事故死と、それぞれにこんな筈じゃなかった、という状況。

45歳という年齢は、ちょうどこれまでを振り返り、今が満足できる状況かどうか、自ら問い掛けたくなる時期なのではないかと思います。
そして、彼らが共同作業をしていく中で、これまで隠されていた仲間たちの事情が明らかになっていきます。

高校生の時に比べれば各自、知識も知恵も、そして様々なノウハウも身につけている。だから大丈夫という言葉は心強い。
そして、協力する同級生たちが増えていく展開は、青春時代の再来のような楽しさがあります。
その結果、久志や千佳にはこれまでなかった積極性が生まれたようですから、仲間たちの再結集は悪くないと感じるところ大。


序.晩秋−彗子/1.四月−久志/2.五月−千佳/3.六月−久志/4.七月−千佳/5.八月−久志/6.八月−千佳/7.十月−久志

     


  

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