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1.松田さんの181日 2.ぼくもだよ。 3.道をたずねる 4.素数とバレーボール 5.眠る邪馬台国 6.マイ・グレート・ファーザー |
1. | |
「松田さんの181日 We Have 181Days Left to Go,Mr.Matsuda」 ★★☆ |
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オール読物新人賞を受賞した表題作を含む短編集、6篇。 初めての作家だけにどんな作品だろうと、手探りするような気分で読んだのですが、これが予想外の素晴らしさ。それも、表題作だけでなくいずれの篇も素晴らしい。 ごくありふれた人たちの間でのエピソードと言ってよいような小話ばかりかもしれません。どの登場人物も成功、順調な人生とは程遠く、ごく狭い特殊な世界でだけその存在を認められているような人たち。 でも、その人たちの間で交わされる、細やかな心の通じ合いが真に素晴らしい。読んでいて肌触りがとても良いと感じるのはそのためでしょうか。 表題作である「松田さんの181日」が素晴らしいのは勿論ですが、次の「床屋とプロゴルファー」が好きだなァ。主人公と西田プロとの絡み合いだけでなく、その周辺においても終盤で実に良い雰囲気を醸し出しています。 「浜えんぴつ燃ゆ」は事業が低落傾向にある小さな会社でのリストラ話なのですが、まるでファンタジーのような結末です。 「寺子屋ブラザー篠田」は、少々風変わりな味わいを楽しませてくれる篇。この捌き方は痛快にして爽快、かつ心憎い! 「マリーさんの101日」は、「松田さんの181日」と対をなすような篇。松田さんと同じく癌で余命僅かのマリーさんを囲む、元夫や周囲の人々の温かさが読み手にも伝わってくるようです。 是非、お薦め! 松田さんの181日/床屋とプロゴルファー/僕だけのエンタテイナー/浜えんぴつ燃ゆ/寺子屋ブラザー篠田/マリーさんの101日 |
2. | |
「ぼくもだよ。−神楽坂の奇跡の木曜日−」 ★★ |
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2022年12月
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さりげない日常ストーリィ。 でもそこには人と人との大切な繋がりが描かれていて、読了後の気持ち好さがいつまでも心に残る、そんな一冊です。 題名の「ぼくもだよ」というセリフが3度登場します。 また、副題にある「木曜日」が登場人物たちにとって様々な鍵になっていると同時に、本や読書に繋がっており、味わい深く、印象的な処です。 舞台は、もちろん東京の神楽坂。 一方の主人公は、盲目の書評家である竹宮よう子、40歳。神楽坂近くの都営住宅で、盲導犬アンと一緒に一人暮らし。 もう一方の主人公は、神楽坂の路地で古本屋を営む本間、40歳。バツイチで、毎週木曜日に5歳の息子=ふうちゃんと会えるのが何よりの喜び。 そして、結果的にその2人を繋ぐことになるのが、神楽坂にある大手文芸出版社のS社の編集者である七瀬希子・27歳と近藤誠也・33歳。 七瀬と近藤が本を愛しているのは当然ですが、竹宮も本間も心から本を愛する人たち。 冒頭、「人は食べたものと、読んだもので出来ている」というのが書評家、竹宮よう子の信念である、という文章から始まりますが、本好きな人なら誰しも同感する思いではないでしょうか。 さて、彼ら4人の間にどんな奇跡が生まれるのか。それは読んでのお楽しみです。 竹宮と本間という同年配の2人の、これまでの来し方を知るといろいろな思いに駆られますが、最後はそれらを上回る気持ち好さに満たされることは間違いありません。 また、「ぼくもだよ」という言葉の中に、どんなに大切な思いが篭められているのか、それも是非味わってみてください。 |
3. | |
「道をたずねる」 ★☆ |
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2023年07月
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幼馴染の男子3人の長きにわたる友情、そして住宅地図会社の苦闘と発展の軌跡を描いた長編。 1958年、中学生の幼馴染3人は、互いの進路が別れるのを前にクスノキに誓いを立て、それぞれの名前一文字を木に刻みます。 一、友のピンチは助けること。二、友の頼みは断らないこと。三、友に隠し事はしないこと。 そこから始まる、合志俊介・天沢一平・庭井湯太郎の友情物語、主人公は俊介です。 なお、3人の親世代でもやはり、同様な3人の誓いがあった、という設定が中々に楽しませてくれます。 一方、本作に登場する住宅地図会社キョーリンのモデルが(株)ゼンリンであることは明らかです。 まだ別府の小さな会社であった地図会社キョーリンの社長が一平の父親=永伍。俊介の父親=葉造は永伍と親友の間柄であり、現在は同社で地図制作の調査員。俊介もまた高校卒業後、父親と同じ調査員となり後に父親の後継者となる一平を助けます。 本作の読み処は、住宅地図を作るための調査員の仕事。地道というか、伊能忠敬も真っ青、といって良いくらいかもしれません。これは是非本作を読んで、調査員たちの苦労を多少なりとも同体験をしてみてください。 固い友情を結ぶ親世代の3人、現世代の3人、それぞれの人物像も実に味わいがあるのですが、登場人物の中で突出した魅力を放っているのは、川上未希という女性。初めて登場する「第2章 出会い」は、仰天するくらい楽しい。 生涯変らぬ友人を持つこと、それはとても幸せなことだと思います。 プロローグ−2017年、夏/1.誓い−1958年、春/2.出会い−1964年、夏/3.前哨戦−1972年、春/4.決戦−1973年、秋/5.真実−1984年、秋/6.惜別−2002年、夏/エピローグ−2017年、夏 |
4. | |
「素数とバレーボール Prime Numbers and Valleyball」 ★★ |
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2024年09月
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41歳の誕生日に、かつての仲間「ガンプ君」こと里中灯からメールが届きます。 ガンプ君は、高校最後の年、3ヶ月だけ同じバレー部員となった仲間。その後、24歳の時に渡米し、システムエンジニア〜起業〜大富豪になった人物。 メール内容は、消息不明となっているみつる君を見つけ出してほしい等の条件を果たしてくれたら、約束どおり皆に 500万ドルのストックオプションを贈る、というもの。 何かの悪戯?と思われたそのメールでしたが、41歳になった元バレー部員5人の今が描かれていきます。 41歳という年齢、今後の人生が見えて来る時期ではないでしょうか。その一方、今の生活に満足しているかといえば、満たされない思いを抱え込む時期、とも言えます。 プロ雀士になり、借金を抱え込んで行方知れずとなった西山みつるを除き、天気予報会社勤務の北浜慎介、人気雑誌契約編集者の新田(唯一未婚)、生保会社でエリート街道に乗っている広瀬陽一郎(元キャプテン)、旅行添乗員の佐々木タクローと、それなりにそれぞれの道を歩んでいます。しかし・・・。 各自の性格がその歩んだ道に反映されていて、やはりと思わされます。 紆余曲折を経て、5人はガンプ君からのプレゼントを受け取るのですが、その後の展開も各人らしく、ニヤリとさせられます。 日本円で 2億8000万円、現在の収入にプラスすれば十分過ぎる資金ですが、それだけでこれからの一生を過ごそうと思えばとても十分とは言えない。そこが微妙です。 舞台設定はかなり奇想天外なものですが、41歳という人生の岐路を迎えた時、彼らがどう行動し、どう選択したかを描くストーリィとして、十分面白いものでした。 さて、自分だったらどうするかと言えば、小市民としてはちょっとした贅沢をしてみたい、と思う程度かな。 プロローグ/第1章〜第3章/エピローグ |
5. | |
「眠る邪馬台国−夢見る探偵 高宮アスカ−」 ★☆ |
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邪馬台国はどこに在ったのか。それは歴史ロマンの謎で、これまでいろいろ論議されてきたこと。 小説として読んだ中で記憶があるのは、松本清張「陸行水行」、そして鯨統一郎「邪馬台国はどこですか?」の2作だけ。とくに後者はユーモラスな歴史推理とあって、読んだ時には呆気にとられたものです。 本ストーリィの始まりは、主人公である高宮周二が、一年以上前に死去した妻の夢を最近よく見るようになったことから。 その高宮、新聞社文化部勤務でまもなく定年。知人の教授からうちの大学で講座を持ってみないかと誘われているが、ただし一冊本を書いてくることが条件。できれば、邪馬台国とか派手なものがいい、と。 その高宮の甥が、夢と睡眠を研究している高宮アスカ。米国在住だが親戚の結婚式出席のため来日するという。 そのアスカに夢カウンセリングをしてもらうと引き換えに、高宮がアスカに魏志倭人伝をレクチャーする、そして一緒に邪馬台国の謎を解き明かそうという合意が成立したという次第。 いろいろな手掛かりから、アスカが邪馬台国の謎に挑戦するという展開ですが、正直なところ余り惹き込まれず。 というのも私自身、どのみち邪馬台国の確かな所在地を突き止めるのは無理と思っているからで、そのためあれこれ議論されても興味として今一つ。 なお、邪馬台国の謎に関心が高い方なら、もっと楽しめたのかもしれません。申し訳ないです。 ※「魏志倭人伝」とは、晋の時代の陳寿が記した「三国志」、その「魏書」の中にある「烏丸鮮卑東夷伝」の「倭人条」、僅か10頁程度との由。 |
6. | |
「マイ・グレート・ファーザー My Great Father」 ★★ |
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フリーカメラマンである時岡直志(46歳)の人生は今、どん詰まりの状況。撮影の仕事は少なく、ゴミ収集バイトの方が本業と言えるくらい。 8年前に妻が病死し、高一の息子=玲司と二人きりの生活になったが、二ヵ月前から玲司は不登校、ヒキコモリに。その理由は判らないまま。借金返済もままならず。ついにカメラマン廃業を決心する。 最後の仕事で伊東にあるゴルフ場に行った帰り、謎の「声」に導かれるまま立ち寄った神社で、直志は地震に遭う。 その後、気付いてみると直志は30年前の1993年、しかも多額の借金を抱えて自動車事故死した父親が死ぬ3日前にタイムスリップしていた。 その日、父親がいた筈だった伊東競輪場に向かい、そこで直志は当時の父親=時岡久春(46歳)と出会う・・・。 父親は一体どういう人間だったのか、自分と父親の関係はどういうものだったのか、何故自分はタイムスップしたのか、そしてあの謎の「声」は何なのか。 また、自分は息子と二人の人生を立ち直すことができるのか。 直志と父・久春との問題は、直志と息子・玲司との関係にも通じる。 作者である平岡さんの父親も、上記久春のようなとんでもない父親だったとのこと。その意味で本作は、平岡さん自身が自分の父親と向かい合うものであり、追悼文と言えるものなのかもしれません。 そしてそれは、私自身についても波及してきます。私と父親の問題、そして私と息子の問題。 本作、あるいは平岡さんの場合のような荒波はありませんでしたが、逆に密だったかと言えばそんなこともありません。 実際、本ストーリーのようにタイムスリップでもして同じ年代の人間として語り合わない限り、そこまでの理解はできないだろうと思います。 我が身を振り返ることになる作品でもありました。 なお、謎の「声」の正体は? どうぞお楽しみに。 |