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1.赤いカンナではじまる 2.スパイクを買いに 3.帰宅部ボーイズ 4.波に乗る |
●「赤いカンナではじまる」● ★★☆ |
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高校時代に読んだ青春小説は、みな瑞々しく、清純な香りを放っていました。 本書はそんな記憶を呼び起こしてくれる、やはり瑞々しくて清純な短篇集。 ・「赤いカンナではじまる」は、文芸書棚の前で静かに涙を流す女性書店員を2人の男性が見守るところから語り出されるストーリィ。淡い恋を胸に抱き続けた彼女の心は切なく、だからこそ尊く、かくも美しい。 いつまでも消えない想い、苦さを伴う思い出、過去から未来へと繋ぐ夢・・・既に過去のこともあれば、現在に、そして未来へと繋がっていく想いもあります。 なお、本書5篇のうち4篇に作本龍太郎という零細出版社の営業マンが絡みます。 赤いカンナではじまる/風を切るボールの音/美しい丘/いちばん最初に好きになった花/最後の夏休み |
●「スパイクを買いに」● ★☆ |
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2014年04月
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清新さに魅了された「赤いカンナではじまる」は短篇小説、そして本書は長篇小説。 この長篇小説に、短篇小説程の瑞々しさは感じられなかった、と残念がるのは、私の高望みというものでしょうか。ストーリィも異なれば、主人公の年代そのものも異なるのですから。 主人公の岡村は、コンピュータ関連本を主としている小出版社の編集部勤めの40代サラリーマン。 本作品から得るメッセージは、サッカーにしろ仕事にしろ、好きという気持ちが大切。 なお、大声で指示するのと実際にやってみるのとは大違い。父親を巧みにサッカーに引き込んで、息子と同じポジションをやらせてみるというコーチの謀りごとは、結構愉快。 |
●「帰宅部ボーイズ」● ★☆ |
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2014年08月
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中学に入って各々部活動に入ったもののいずれもドロップアウトした3人、主人公の直樹、カナブン、テツガク。 彼らの、何かを探し求めてもがいていたような3年間を描いた、中学生もの青春ストーリィ。 学園ものスポーツ小説というと、部活動が当然のごとく舞台となり、爽やかな作品が多いのですが、実際の中学生皆が皆、それを受け入れられるかというと、決してそうではないと思うのです。 かくいう私も、中学入学当初体育系のクラブに入ったのですが、体育系クラブ特有の先輩・後輩関係になじめず、半年で退部した人間。 私の場合は性格によるものですが、本作品に登場する3人の場合は、部側に問題があったという設定。 それでも部活動から脱退してしまうと、時間を、かつ力を持て余すという風。 題名だけみると、部活動者に対して帰宅部ボーイズというグループがあり、積極的な活動を繰り広げるのかと思っていましたが、予想外れ。結局は、拠り所を持たない3人の悩める中学3年間を描いた、明るいとばかり言えない物語。 学校の中だけでなく、家庭にも問題を抱えていた、というのもその理由です。 それでも仲間がいたからこそ救われた、という青春ストーリィ。 主人公の回想には、苦みと懐かしさと感謝が入り混じりますが、今や中学生にしてこうしたストーリィの主人公になってしまうのですねェ。ちょっと無念な気もします。 |
4. | |
「波に乗る」 ★★ |
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新卒で入社した先はブラック企業。僅か1ヶ月で会社を退社した緒方文哉の元に見知らぬ男から突然、父親の芳雄が死んだからすぐ来いという連絡が入ります。 小学2年生の時に両親が離婚し、3歳上の姉=宏美と共に父親側に引き取られた文哉ですが、元々父親は不器用で無口、会話らしい会話もないままに大学入学時に家を出てから、この3年程は父親と会うこともなかったという疎遠な関係。 病院の慰安室で再会した父親は、サラリーマンだった頃と全く様子が変わっていた。 父親が住んでいた海に近い別荘地の家を訪れた文哉は、父親の残したものを整理しようとする傍ら、何故父親はこの南房総の地に移り住んだのか、この地で一体何をしていたのか、自分の知らない父親の姿を手繰り始めます。 自分の知らない晩年の父親の生き方を発見ストーリィと、自分の身の振り方の再考ストーリィとを併せ描いた作品。 最初こそ、何と言うこともないストーリィ展開という印象でしたが、終盤への進め方はお見事。 本ストーリィの感動は、主人公の父親の生き方にではなく、たとえこれまで疎遠だったにしろ、亡き芳雄と宏美・文哉の姉弟の間にやはり親子の繋がりがあったのだなァと発見するところにあります。 本ストーリィを読めばきっと、読み手もまた自身の来し方に満足できているかどうか、問わずにいられないことでしょう。 終盤の盛り上がりは読み応え十分にして、すこぶる気持ち良い。お薦めです。 |
5. | |
「ムーンリバーズを忘れない Never Forget MOONRIVERS」 ★★☆ |
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主人公の森山健吾は46歳、家具メーカーの営業所に勤務する一方、地元の少年サッカークラブのコーチをボランティアで10年来務めている。妻が結婚直後に妊娠した男の子を死産で失って以来子供に恵まれず、夫婦2人だけの暮らし。 ちょうどコーチ役に限界を感じて今年いっぱいで退団したいと“月見野SC”に申し入れたところ。その月見野SC自体、入団希望者が減少する一方でチーム戦績も振るわず、またボランティアのコーチ集めも難しいとあって行き詰まり状態。 そのうえ、健吾が勤務する家具メーカーも経営不振から近々中途退職者の募集が行われるという状況。 そんな折、健吾の前に現れたのが、失くした子と同じ年頃の井上翔太という青年。彼は健吾の誘いに応じてコーチの手伝いをするようになるのですが、サッカーに詳しい上に技術も一級、子供たちへの指導も的確とあって、すぐ子供たちの信頼を勝ち取ってしまう。 翔太の登場により、果たして月見野FCの再生は成るのか? 仕事、家庭、地域活動と、いずれも行き詰まり状態。それは現在の日本社会に共通する雰囲気ではないでしょうか。 そんな行き詰まり状態を脱し、モチベーションを取り戻すためにはどうしたら良いのか。 本書で描いているのは、地元サッカークラブに属する子供たちとコーチ等大人たちという狭い範囲ですけれど、これからの人生をどう歩めば良いのかという命題と解決策という点では共通するものを感じます。 ともあれ、サッカー試合の様子を描く場面には汗握る興奮があり、ストーリィとしての面白さも格別。何と言っても子供たちが自分たちの考えで動くようになるシーンが魅力です。 諦めることはない、その気になれば未だやれることはあるはずだ・・・・。閉塞感に満ちた現代社会に風穴を開ける、少年サッカークラブチームを舞台にした爽快なストーリィ。お薦めです。 春の夢/夏のうつつ/十五夜/ハーフタイム/春風 |
6. | |
「あの人が同窓会に来ない理由」 ★★☆ |
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中学の同窓会。幹事に選ばれた主人公らが、次回の同窓会は盛り上げようと奮闘するストーリィ。 主人公の藤本宏樹、同窓会に出席したものの、自分のクラスの出席者は少なく盛り上がりも欠いている。次回は、もういいかな、と思います。 それなのに、連続の幹事に立候補した斉藤直美に指名された親友=谷村吾郎が宏樹まで引っ張り込んだため何と幹事に。 次回の同窓会を成功に導くためにはまず出席者を増やすこと、それにはどうしたらいいか。 その答えは、多くの同級生が会いたいと思うだろう、かつて人気のあった同級生に出席を応諾させ、その出席をアピールすること。 ところが、それが簡単ではない。音信不通になっていたり、出たくないと思う事情があるらしかったり。 そしていつか、一人の同級生の存在が浮かび上がり、当時彼女が起こしたある事件のことが幹事たちの口に上ります。 読み手としては、それはどんな事件だったのかとミステリ風の興味が込み上げてきますが、本書でそれはミステリにはなりません。 その時から現在まで、クラスメイト一人一人の身にもいろいろなドラマ、変化があったことが、同級生へ連絡を取り始めた幹事3人に前に明らかになっていきます。 でも、ストーリィとしての魅力は彼らの人生ドラマにあるのではなく、同窓会代行業者のアドバイスを受けながら同級生たちの消息を訪ねる行程、それと共に、かつての同級生仲間として今もなお彼らが繋がり合うことができる、ということにこそあります。 本書を読む人はきっと、自分の同窓会のことを考えて、懐かしい想いに駆られることでしょう。それも本書を読む楽しみ。 ※なお、私の場合、中学の同窓会に余り思い入れはないなァ。あるのはむしろ高校。3年間一切クラス替えがない学校だったので、懐かしさは一入です。 |
7. | |
「やがて訪れる春のために」 ★★ |
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2023年06月
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友人たちに裏切られたという思いから衝動的に会社を退職してしまった村上真芽・25歳。 一人暮らしだった祖母ハルが足を骨折して入院したことから、かつて自分たち家族も一緒に住んでいた祖母の家の様子を見に行きます。 すると庭は荒れ放題、家の中も乱雑になっていて驚くばかり。 ハルばあが家に戻ってくるまでにきれいにしておきたいと、真芽は毎日通って、庭の手入れをしていきます。 庭の手入れを進めていけばそこにどんな花木があり、どんな楽しみがあるのかにも気付いていきます。 一方、庭の手入れが縁になって小学校時の同級生たちとも再会、さらに思いもよらぬ人たちとの交流にも繋がっていきます。 夢も友人も失って仕事まで手放してしまった真芽、それは荒れ果ててしまった庭と共通するところがあります。 庭の再生は、真芽自身の生活の再生にも繋がります。 そしてそれは真芽だけでなく、実家の生花店が潰れて今はホームセンターの園芸コーナーで働く遠藤、隣人である一人暮らしの老人ジローさんが再び喜びを見出すことにも繋がっていきます。 ストーリィは春になる前の冬に始まり、やがて訪れる春を前にした冬までという約1年間。 四季の移ろいがそのまま庭の移ろいに重なり、真芽の地道な行動が皆に喜びと楽しさをもたらしていく、という展開が何より愛おしく、爽やかな風が吹き抜けるような気持ち良さです。 生きていく上での喜びは、遠くに求めなくても、すぐ近くに見つけられるもの、そう感じさせられます。 ※なお、認知症が進む祖母のハル、望まなくても受け容れなくてはいけないこともあるのだということ突き付けられた思い。 立春−記憶の花/穀雨−花の名前/立夏−土のにおい/小満−種を買う/芒種−こぼれ種/夏至−遅い夕暮れ/大暑−闖入者/立秋−ひぐらし鳴く/処夏−花盗人/秋分−道端に咲く/冬至−春支度 |