藤野千夜
(ちや)作品のページ


1962年福岡県生、千葉大学教育学部卒。95年「午後の時間割」にて第14回海燕新人文学賞を受賞し作家デビュー。98年「おしゃべり怪談」にて第20回野間文芸新人賞、2000年「夏の約束」にて 第122回芥川賞を受賞。


1.少女怪談

2.ネバーランド

3.すしそばてんぷら

4.編集ども集まれ!

5.じい散歩

6.団地のふたり

 


   

1.

●「少女怪談」● 


少女怪談画像

2008年06月
文芸春秋刊

(1200円+税)


2008/07/08


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「少女怪談」という題名から、少女が恐ろしい世界にちょっと足を踏み込んでしまう、あるいは少女の持つ怖い部分を描いた短篇かと思ったのですが、それ程怖い、と思うような部分はありませんでした。
しかし、ちょっとした気まぐれから見知らぬ少年の大事な愛犬を黙って連れ回してしまったり、自分をからかった男子高校生に生き霊としてとりついたり、さらには父親と従姉の怪しげな親しさに気付きながらわざと知らんぷりする、誘われるまま謎の屋敷に入り込んでみた挙句大騒ぎしてみたりと、やっぱりそこにはこの年代の少女がもつ特有の危なさ、怖さが覗き見えます。

さらっと短い4篇のみからなるごく薄い短篇集のため、読後感はあまり強く残りません。
どちらかというと、少女あるいは元少女向けの作品なのかもしれないと感じた次第。

一方からみれば小悪魔的な少女の魅力というものなのかもしれませんが、私は体験したことがないので、ピンと来ず。

ペティの行方/青いスクーター/アキちゃんの傘/ミミカの不満

      

2.

●「ネバーランド」● ★☆


ネバーランド画像

2010年11月
新潮社刊

(1700円+税)



2011/01/09



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題名の“ネバーランド”。説明されれば誰しも思い出すでしょうけれど、J・M・バリ「ピーターパンとウェンディ」に登場する、子供たちが年を取らないという架空の島。

本書の主人公はミサ、一応作家、実家を出て一人暮らしの30歳。
そのミサの住む部屋は、炬燵や色々な物が置いてあって昔のお茶の間という雰囲気。
そのためか、友人たちが好き勝手に出入りし、長居し、勝手に和んでいく。いや、だらけていく、と言うべきか。そこで友人たちが名付けて曰く“
S町のネバーランド”とか。
そんな状況、ミサも決して嫌いではないが、唯一頭を痛めているのが、3歳年下の恋人=
隆文のこと。元々同棲中の恋人がいたのは知っていた。でも、いつまで経っても、のらりくらりと二股かけたままでいるというのはどうなのか。おまけにミサの部屋に来れば、菓子を食べながらTVを寛いで見ているばかりで、食費も一切出さず、何も手伝わず。
そんなミサを主人公とした、一風変わったラブ・ストーリィ。

もうこんな関係止めようと幾度も思いつつ、やっぱり好きだ、可愛いと、隆文を突き放せないミサ。本ストーリィは、そんなパターンの繰り返し。
でも、ミサの部屋の居心地良さが、ことさら隆文をダメ男にしているのかもしれません。
いい加減にしろ、と幾度も思いつつ、なんとなくそんなダメさ加減を許してしまうところがこの部屋にはあるんだよなぁ。そんな緩さが現代には少しあってもいいかな、と思う故に、本作品が微笑ましく感じられます。
だからこそ、ネバーランド。ネバーランドなんて嫌い、という人、いないですよね。

         

3.
「すしそばてんぷら ★☆


すしそばてんぷら

2016年02月
角川春樹
事務所刊

(1400円+税)

2017年01月
ハルキ文庫化



2016/03/08



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“江戸の味”を求めて、浅草、駒込、日本橋等々へ。
朝のTV情報番組でお天気お姉さんを務めている寿々25歳が、所属事務所の社長に勧められ、ブログに
「江戸町めぐり日記」を載せることに。
それを機会に寿々、現在同居中の
おばあちゃんや幼馴染の寛太と連れ立って、東京の下町をあちこちへ、江戸や初期の東京という昔の味を今に繋いでいる名店を食べ歩くことになります。
グルメ散歩というと今やTV番組でよく見かけるようになりましたが、本書はさしずめ“小説版グルメ散歩”と言うべき一冊。

それにしても、私は東京生まれ東京育ちなのですが、知らない店が多いなぁ。(苦笑)
“神田やぶそば”はともかく、行ったことのあるのは豆腐料理店の“笹乃雪”くらいでしょうか。
なお、
“駒形どぜう”河治和香「どぜう屋助七で懐かしい。
どの店も余り良く知らないのは、子供の頃から和風より洋風指向が強かった所為かも。

読めば必ずやその店の味を味わってみたくなること請け合いの、お店ガイド的ストーリィ。
その案内役として、寿々、iPadで情報を仕入れ孫のためにいろいろなおやつを作ってくれるお祖母ちゃん、人の良い酒屋次男の寛太という組み合わせが微笑ましくて楽しい。
特に、敏腕プロデューサーの言葉ではないですけれど、美味しいものを素直に美味しいと楽しそうに食べている寿々のキャラクターが実にいい、のです。


1.お江戸の味/2.どじょっこたち/3.酢めしの味/4.変わらぬ味/5.藪から蕎麦/6.ひなまつり/7.お花見日和/8.川の景色/9.昔からつづくもの

                    

4.

「編集ども集まれ! ★★


編集ども集まれ!

2017年09月
双葉社

(1700円+税)

2020年09月
双葉文庫



2018/01/27



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トランスジェンダーである藤野千夜さんの、「D菩薩峠漫研夏合宿」に続く自伝的小説。

主人公である作家の
小笹一夫は22年ぶりにJ保町を訪れます。そこは彼がかつて勤務した出版社<青雲社>のある場所。
その青雲社時代に知り合い親友となった
アダっち(足立ゆかり)と共に、J保町〜漫画家の聖地であるトキワ荘跡〜高田馬場〜中野と歩き回る2015年の現在と、1985年に入社した青雲社で青年漫画雑誌の編集者として 8年 8ヶ月間に亘って勤務した時代の回想が並行して描かれていきます。

青雲社時代は、個性豊かな漫画雑誌編集者たちに揉まれながらのお仕事ストーリィが語られる一方、パンツ姿からキュロットスカート風パンツ、そしてスカート着用へと、小笹一夫から
“笹子”へと徐々に変身していった時代。
まだトランスジャンダーという問題が認識されていなかった頃。同僚女性たちは受け入れてくれ、男性同僚たちは見過ごしてくれていましたが、ついに服装を咎められ退職を求められるという顛末まで。

ただ、そうした自伝的ストーリィは割とあっさり語られます。
それよりも興奮させられるのは、手塚治虫や石森章太郎、永井豪をはじめ昔懐かしい漫画家たちの名前、その代表作がバンバン登場すること。
単に名前だけでなく、実際に主人公が漫画編集者として接した漫画家たちも数多くいる訳ですから、読んでいてそれら漫画家たちの鼓動がまさに感じられるようです。
主人公が編集者の一人として担当したのは、
「週刊大人漫画クラブ」(最初は「別冊」、その後に「週刊」へ)という雑誌。
青年漫画雑誌は読んだことがないのでそのジャンルの漫画作品は余り知りませんが、少年漫画雑誌に掲載されていた漫画作品の名前も数多く登場するので、あぁそんな作品もあった、あったと、懐かしさと感慨がたっぷりです。

自伝小説という以上に、漫画家と漫画雑誌の編集者たちという、漫画をこよなく愛する人々の熱気を感じさせられる群像小説と言って良いでしょう。
かつて漫画が大好きだった方には、是非お薦めの一冊です。


※本書で実名は出ませんが、出版社は日本文芸社、雑誌は「週刊漫画ゴラク」のようです。


1.少佐、青雲の志を抱く/2.青雲社の人々(1)/3.青雲社の人々(2)/4.漫画の旅(1)/5.いくつかの別れ/6.変化のとき/7.漫画の旅(2)/8.お引っ越し、または漫画の旅(3)/9.さらば青雲社(1)/10.さらば青雲社(2)/最終章.それからあとのこと(編集ども集まれ!)/エピローグ

                    

5.
「じい散歩 ★★


じい散歩

2020年12月
双葉社

(1600円+税)



2021/01/14



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ちょっと風変わり? いやいやごく普通?な、明石家5人家族を描いた家族小説。

主人公の
明石新平はまもなく89歳。駆け落ち同然に故郷から東京に出てきて一緒になった妻の英子はもうすぐ88歳。
ただ、今も健康で毎日あちこち歩き回っている新平に対し、英子は認知症が少し出てきた様子。その所為か、外出する新平を浮気ではないか、とその度問い詰めてきます。

新平、戦後景気に乗って明石建設を起業し順調だったものの、景気低迷に伴い廃業。所有する賃貸アパートの一室、元は会社事務所だった後を自分の秘密部屋にして息抜きをしています。
子供はというと、
長男=孝史はずっと実家で引きこもり、次男=健二はフラワーアーティストやらで自称“長女”。三男=雄三・48歳はアイドル撮影会を主催する会社を立ち上げたものの、万年赤字で親に金をねだるばかり。

さて、如何でしょう、この明石家。
満足すべき家族でしょうか、嘆くべき家族でしょうか。
その辺りはご自身で読んでみて判断してください。
私としては、それなりによくまとまっている家族ではないか、と思うのですけれど。

感心するのは新平の健康ぶり、健啖家ぶり。
本人曰く、これも毎日出歩いているからこそと言うのですが、それはそうかもしれませんねぇと思います。
未だに若い女性に声を掛けるのが大好きというエロ爺ぶりも関係しているように思いますが。

読みながらメモをしておくことをお勧めしたいのは、新平が出歩く先、立ち寄る先の、観応えある建築物、老舗飲食店等々。
新型コロナ感染が収まったら、私も足を運んでみようと思っています。


1.秘密の部屋/2.秘密の女/3.秘密の訪問/4.秘密の調査/5.秘密の話/6.秘密の思い出(一)/7.秘密の思い出(二)/8.秘密の思い出(三)/9.秘密の交際/10.秘密の旅路/エピローグ.秘密の通信

             

6.
「団地のふたり ★★☆


団地のふたり

2022年03月
U-NEXT刊

(1600円+税)



2022/05/06



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あーいいなぁ、この小説。
時間がゆったり流れていて、心から寛げる、という感じ。

主役の二人は
桜井奈津子(なっちゃん)太田野枝(ノエチ)
共に50歳、独身、保育園時代からの友人で、今は実家である築60年の団地に戻って暮らしている。
自宅でイラストレーターをしている奈津子は、自炊派。電車に乗ると具合が悪くなるので、出掛ける時はノエチの車に乗せてもらう。
一方の野枝は、大学で非常勤講師を掛け持ち。週に3〜4回、多い時は5〜6回も奈津子の家で夕飯をご馳走になっている。

家族ではない、友人という関係が良いのでしょう。
気心が知れているから自然体で付き合っていられる。
同じ団地に住むおばちゃんたちも、二人が子どもの頃からの付き合いですから、これまた近過ぎず遠過ぎずという関係。
また、小学生の時に死んでしまった幼馴染=空ちゃんの記憶を未だ二人が大切にしているのも好い。

ただ、団地という慣れ親しんだ世界に暮らしているからこその居心地よさ、という気がしないでもない。
外に出れば、そして仕事絡みとなればいろいろな雑音、ストレスがあっても不思議ないと思うのですが、不思議とこの団地暮らしに入り込んでくることはない。
それはもしかして、二人の約束事なのかもしれません。

でも、ここの空気はやっぱり良いなぁ。
外の世界に出ていくこと、慣れ親しんだ世界に留まること、それぞれ是非はあるでしょうけれど、この居心地の良さ、胸に沁みてくる気がします。


1.山分けにする/2.お兄ちゃんって最後に呼んだのはいつ?/3.捨てられないふたり/4.空ちゃんはいつだっていいよって言ってくれた。/5.出られない、いや、出たくない

    


   

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