安住
(あずみ)洋子作品のページ


1958年兵庫県尼崎市生。
99年「しずり雪」にて第3回長塚節文学賞短編小説部門大賞を受賞、2004年中短編集「しずり雪」にて作家デビュー。


1.
日無坂

2.いさご波

3.春告げ坂

 


   

1.

●「日無坂(ひなしざか)」● ★★


日無坂画像

2008年06月
新潮社刊

(1400円+税)

2010年12月
新潮文庫化

 

2008/09/01

 

amazon.co.jp

きりっとした緊張感がいささかも途切れることなく、それでいて底辺には家族としての愛情が脈々と流れているのを感じることができる、いい小説だなぁと、心から感じられる作品です。

老舗の薬種問屋・鳳仙堂の跡取り息子だったが父親と諍いし、勘当されて今は浅草裏の賭場を預かる伊佐次、かつての利一郎が主人公。
あれから十年余、久しぶりに見かけた父親の姿は疲れきっているように見えた。そしてその翌日、父親が水死したという報せが伊佐次に届きます。一体何があったのか・・・・。
奉公先の主人に見込まれて婿養子となった利兵衛、家付き娘の女房が早くに死んでしまったことから、目を光らす義母の眼を気にしてとかく長男の利一郎に厳しく当たってしまった。
そんな利兵衛=息子の貞吉のことを、笊職人だった祖父母は、生真面目過ぎるところが心配と案じていた。

勘当した惣領息子のことを今にして悔い気に掛ける父親、勘当されながらも今にして漸く父親の苦しさを思いやることができるようになった伊佐次。
一方、ひ弱なところのある弟=栄次郎は再び兄の利一郎を頼りにし、兄はそんな弟を励まし店の当主として一本立ちさせようと心を砕く。
そこには勘当で切れようとも、長い年月が経とうとも、決して断たれることのなかった家族の絆が強く感じられます。
家庭崩壊が叫ばれる現代にあって、舞台は江戸であろうと、家族の絆の強さを訴えた本書には、はっと嬉しく感じ取れるものがあります。
ストーリィは、利兵衛が殺され、また伊佐次が狙われることになった謎解きという経過を辿りますが、あくまで根幹は家族の絆を描いた物語。それに加え、ちょっと登場するだけの人物であってもそこに温かさを感じ取れるが心地良い。
こうしたキリッとした時代小説の書き手はそう多くないだけに、安住さんのこれからを期待したいところです。

    

2.

●「いさご波」● ★★


いさご波画像

2009年10月
新潮社刊

(1500円+税)

2012年04月
新潮文庫化

 

2009/12/03

 

amazon.co.jp

藩が改易になって録を失えばその日から家族共々食べていくのに苦労する。やっと仕官できて平穏な幸せを得られたというのに難題が押し付けられる。そうかと思えば、家中の争いの犠牲にされたり、一方的に恨みを買ったりと、武家とはとかく生きていくのが面倒なものらしい。
冒頭、「沙の波」の主人公がつぶやく一言「父上、生きていくこととは難儀なことですな」にそれは象徴されます。

同じく難儀さを描いていても、岩井三四ニ「難儀でござるのようなユーモアは感じません。
むしろ、藩、家中の事情、都合に家族共々翻弄される哀感がそこにはあります。
その難儀さは、現代日本のサラリーマン社会にも共通するものだと思う。
しかし、本書は決してそこに留まる作品ではありません。そんな中にあっても自分の本分を尽くして生きていこうとする主人公たちの凛々しさが印象的。それはかつて美徳とされ、今や失われた観のある日本人らしい姿なのかもしれないと思う次第。

「沙の波」は、赤穂藩が取り潰しとなり一生を浪人として苦労した父親を経てようやく仕官を得た主人公が、その14年後に迎える試練を描くストーリィ。
「暁の波」は、九鬼守隆の三男=孝季五男=久隆が対立し、九鬼家分断となった悲劇の犠牲となった男女を描くストーリィ。
最後の「澪の波」は、医者となって広く人々の役に立つ生き方を志す武家の次男坊を主人公としたストーリィ。本書5篇の中では異色ですが、前4作があるからこそ主人公の志に共感を抱く篇。

凛々しく清新な雰囲気が魅力の時代短篇集。お薦めです。

沙(いさご)の波/暁の波/ささら波/夕彩の波/澪の波

           

3.

●「春告げ坂−小石川診療記−」● ★★


春告げ坂画像

2011年11月
新潮社刊

(1700円+税)

2015年03月
新潮文庫化

  

2011/12/13

  

amazon.co.jp

小石川養生所に勤める青年医師を主人公にした、時代物青春譚。

時代小説、主人公は見習い医師の青年、となれば当然思い出すのは
山本周五郎「赤ひげ診療譚」(主人公は保本登)と、藤沢周平「獄医立花登手控え」シリーズ(主人公は立花登)。
同じ登という名をもつ青年医師を主人公とする2作ですが、主人公像もストーリィ内容も全く対照的。
それに対して本書の主人公=
高橋淳之祐はどうかというと、前述2人のちょうど中間に位置するような主人公像です。
生真面目という点では保本登に似ていますし、町医者の養子となって育ったという点では、町医者である叔父の元に居候となった立花登と境遇が近いと言えます。しかし、やんちゃ坊主といったところがある立花登のようなカラッとした明るさは持たず、幼い時に父親が詰め腹を切らされ切腹し、母親もまもなく病死したという生い立ちの陰を今も引きずっているところがあります。そのためか何かと一本気、すぐ熱くなり、弱い者、虐げられている人間のことを放っておけないという人物設定。
 
舞台となる小石川養生所の様子も、従来のイメージとは異なるもの。養生所に住み込みで働く看護中間たちは、飲む、打つ、そして養生所の米や薪を横流しするといった、ろくでもない人間ばかり。
しかし、そうした中でも淳之祐を助け、一生懸命患者たちのために尽くす者たちもいます。
自分の生き方を模索し続ける淳之祐ですが、どんな世間であろうと温かく見守ってくれる、あるいは手を携えて共に行動できる仲間たちがいるものだという本書ストーリィは、淳之祐だけでなく私たちの心にも希望を与えてくれるようです。
そんな高橋淳之祐と新入りの看護中間で訳ありの
伊佐次らが、患者にまつわる様々な難題に真摯に向かい合っていくという時代物ストーリィ。
比較的地味な作品ではありますが、読み終えた後には含蓄の多いものを感じます。

 
春の雨/桜の風/夕虹/照葉/春告鳥

         


   

to Top Page     to 国内作家 Index