青山文平作品のページ No.2



11.底惚れ

12.やっと訪れた春に

13.本売る日々 

14.父がしたこと 

【作家歴】、流水浮木、約定、鬼はもとより、つまをめとらば、半席、励み場、遠縁の女、跳ぶ男、江戸染まぬ、泳ぐ者

青山文平作品のページ No.1

  


       

11.

「底惚れ ★★★       中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞


底惚れ

2021年11月
徳間書店

(1600円+税)



2021/12/05



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短篇集「江戸染まぬの中の一篇「江戸染まぬ」の長編化。
いやあ、こういう見事な仕業をやってのけてくれるから堪らないのですよねぇ、青山文平作品は。

主人公の「
」、宿で俺を刺して姿を消した元下女兼ご老公想い人だったを探し出すため、江戸は岡場処の路地裏を歩き回ります。
その渦中で出会ったのが、評判の高い路地裏番である
銀次
探し回るより
「待っちゃあどうだい」(芳の出現を待つ)という言葉と共に、そのための見世買取りを銀次が仲介してくれたおかげで、主人公は芳が選んでくれるような見世作りを始めます。
<客のためではなく、女郎のためになるような見世>−その発想が面白い。
この辺りビジネス小説のような面白さも備えています。
 
見世が軌道に乗り始めると、屋敷で芳の朋輩、そして故郷も同じだった
が主人公を訪ねてきます。結果的に主人公は信へ、女たちの仕込みと差配を任せることになるのですが、この信の登場がストーリィにさらなる厚みを加えています。
その後も俺の商売は広がっていきますが、依然として芳は姿を現さない。さて・・・・。

いいなぁ、特に主人公「俺」の、自分の損得を全く考えず、無私といって良い姿が何とも透明感ありというか、濁りがない、というか。
また、「俺」意外に、銀次、信という登場人物の人間像が圧巻。
俺、銀次、信のそれぞれが、他人には言い難い過去を抱えているのですが、それでも今いる場所で自分を精一杯務めている。彼らの覚悟ぶりが実に鮮明で確かなものであることを感じさせられます。

異色の時代小説ですが、その面白さも異色。是非、お薦め!

       

12.

「やっと訪れた春に ★★☆   


やっと訪れた春に

2022年07月
祥伝社

(1600円+税)



2022/08/06



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橋倉藩には変わった祖法がある。
それは、
岩杉本家と分家の田島岩杉家から交替で藩主を出すというやり方。その結果、藩主と同時に次代藩主が常に並び立っているということに繋がっている。
それが始まったのは 100年余前。当時の藩主が急逝して田島岩杉家から4代目藩主となった
岩杉重明が思い切った行動に出、藩内の中央集権を確立し、数々の経済政策を打ち出して藩を隆盛に導いたところから。
その結果、家臣は2重体制となり、藩主を支える近習目付も二人体制。
本作主人公は、その内の一方である
長沢圭史、67歳

次期藩主となるべき田島岩杉家の当主が急死し、漸く藩主交代制が終焉する、橋倉藩に春が来る、と喜んだものの、田島岩杉家当主の祖父=
重政・78歳が何者かに暗殺される、という事件が起きます。
果たしてそれは、藩内での抗争が原因か、それとも私的な事由によるものか。
近習目付を致仕したばかりの長沢は、同い年で今も近習目付の職にある
団藤匠と共に事件の真相を探り始めるのですが・・・。

最後に2人が辿り着いた真相は、今も神として崇められる岩杉重明の頃に端を発するもの。
長沢と団藤の2人と、暗殺者が辿った道の違いは、余りにも対照的です。

本ストーリィは、変わることのできなかった者の悲劇、と言って良いでしょう。
時代小説で多い“お家騒動”には至らず、僅かな登場人物たち内での私的な事件に留まるという内容ですが、その凄まじさ、悲惨さには言葉もありません。
青山文平さんの凄みを改めて見せつけられた、という読後感に尽きます。

なお、変われない悲劇は、本作の登場人物に留まらない筈。
自民党や日本の経済界にもそれは通じることですし、それは青山さんからの現代に向けて発せられた警告、と感じます。

       

13.

「本売る日々 ★★☆   


本売る日々

2023年03月
文芸春秋

(1700円+税)



2023/03/28



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類稀な趣向、味わいの時代小説を読んだ気分です。

3篇を通じて語り手役となるのは、本屋(行商を含む)の
松月堂平助
時代小説で<本>というと娯楽本の草紙を連想しますが、本作で平助が扱うのはさにあらず。
“物之本”、つまりは学術書のような類の書物なのです。

そして平助の商売相手はというと、在郷の名主たち。
単に農家のまとめ役だっただけでなく、書物を広く集め、学問にも通じていた存在であったこと、それが故に本屋と深い繋がりがあったという事実に、目を開かされる思いです。
こうした史実を描き出した点で、類稀な時代小説として高く評価したい。

なお、3篇の内容、構成も面白い。
「本売る日々」は日常トラブルもの。
71歳になる小曾根村の名主=
惣兵衛が、まだ17歳の小娘を妻女に迎える。そこに生じたトラブルに平助が巻き込まれます。結果、惑う惣兵衛に平助がきちんとした助言を与えることができたのは、やはり物之本を扱う者だからでしょうか。
「鬼に喰われた女」はホラーもの。
杉瀬村の名主=
藤助が、人魚伝説に絡んで、ある名主の娘について語りだす。その娘、まるで年を取ることがなかったとか。

「初めての開板」は謎解きもの。
生まれつき喘病である
姪の矢恵が診てもらっている町医者=西村晴順について、弟の佐助は名医だと明言する。
一方、名主の惣兵衛は村に住む村医者=
佐野淇一は天下一の名医であり、この村が誇れる幸運と語る。
その西村晴順と佐野淇一、何か関係があるのかないのか。平助、その謎を解き明かそうと・・・。
この篇の最後、心からの感動を味わえます。本に纏わる良い作品を読めたという満足感がひとしお。この篇が素晴らしい。


本売る日々/鬼に喰われた女(ひと)/初めての開板

      

14.

「父がしたこと ★★   


父がしたこと

2023年12月
角川書店

(1800円+税)



2024/01/19



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小藩とはいえ譜代大名の家柄。
その
御藩主は永く痔瘻に苦しんでいた。その持病の完全な治癒を図るために御藩主と、御藩主に近侍する小納戸頭取の永井元重が選んだ治療法は、華岡青洲流の全身麻酔を使っての外科手術。
そしてその手術を執刀するのは、在村医ながら近隣で評判の高い漢蘭折衷派の名医である
向坂清庵

しかし、現在の情勢は、追い詰められた漢方医側の巻き返しにより蘭方医の立場は万全とは言えない状況にある。
また、万が一手術がうまくいかなかった場合、向坂に危難が及ばないとは限らない。
本作の主人公は、元重の子であり、現在目付の職にある
重彰
藩主を支えるべき譜代筆頭の永井家として、御藩主と向坂医師を守るため、元重と重彰は隠密裏に手術を決行すべく段取りを進めるのですが・・・。

先進医療、外科手術を題材にした時代小説という点で本作は珍しく、興味深々で読み進められます。
また、外科手術の顛末だけに留まらず、人としての有り様、自分自身への向き合い方、与えられた役割に対する姿勢も描かれ、思わず「お見事!」と言いたくなります。
それは、元重や重彰、向坂医師だけでなく、重彰の妻である
佐江や、重彰の母である登志の姿勢からも感じられることです。

人の真価というのは、実績や昇進の如何だけで問われるものではないのだと、つくづく感じさせられます。

終盤、外科手術を選んだ御藩主に深謀遠慮があったことに驚かされましたが、その結末には正直言って、納得し難いものがあります。
あくまで藩主を支えるべき家臣としてやむを得ない処があったのかもしれませんが、そこに留まってしまうことの是非を思わざるを得ません。

それはそれとして、青山文平さんらしい、斬新な時代小説という魅力をもった作品であることに変りはありません。お薦め。

        

青山文平作品のページ No.1

          


  

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