アン・タイラー作品のページ


Anne Tyler
 1941年米国ミネソタ州ミネアポリス生。19歳でデューク大学卒業後、コロンビア大学大学院でロシア文学研究に専念。その後図書館勤務を経て作家活動入り。1964年最初の長編を発表。72年以降はボルティモアに定住、同地を舞台にした作品を執筆。82年発表の「ここがホームシック・レストラン」以後、発表する全作品がベストセラー入り。「ブリージング・レッスン」にてピューリッツァ賞を受賞。

 
1.
ブリージング・レッスン

2.ノアの羅針盤

3.ヴィネガー・ガール

 


   

1.

「ブリージング・レッスン ★★       ピューリッツァ賞
 
原題:"Breathing Lessons"      訳:中野恵津子

  
ブリージング・レッスン画像
 
1988年発表

1989年12月
文芸春秋刊

1998年09月
文春文庫
(733円+税)



2008/03/21



amazon.co.jp

米国のごく平凡で、平均的な中年夫婦のマギー・モランと、その夫アイラ
本書は、その2人のある一日の始まりから終りまでを描いた長篇小説です。

始まりはマギーの親友セリーナの夫の葬儀に、2人して車で出かけるところから。始まってすぐ、48歳になるマギーがとんでもなくドジな女性と判ります。なにしろ修理工場から引き取ったばかりの車でさっそく衝突事故を起こすわ、そのまま遁走するわ、行き先までの地図は忘れてくるわ。おかげで道中、アイラと言い争いばかり。
マギーはドジなうえに、人と人との間をヘンに取り持とうとする余り、事実と違う説明をでっち上げてしまい、かえって当人たちを混乱させてしまうというタイプのお節介焼き。
葬儀後のゴタゴタ、帰路の途中マギーが余計なちょっかいを出したおかげで見知らぬ黒人男性の老人に付き添う羽目となる。さらに、息子ジェシーと離婚したフィオナと孫娘ルロイの元に立ち寄って2人を我が家に連れ帰ろうと画策したことから、騒動は最後まで続きます。
アイラがマギーを馬鹿にし、嘆きたくなるのも無理ないというもの。でもそれなら、何故マギーを伴侶に選んだりしたのか。

現在進行形の物語の中に過去の詳しい回想が3章とも挿入されているのが、本作品の特徴。マギーにもアイラにも、若く心ときめかせた時代があったのです。それが何でこうもなるのか?
今やお互いへの苛立ちを隠せなくなったのも、何もマギーの場当たり的お節介や、アイラの現実主義との対立ばかりではない筈です。長年にわたる子育ての苦労、将来への希望より重ねる我慢の方が多くなったからとか、そこにはいろいろな原因があった筈です。

ごく平凡な中年夫婦の、いつもの生活の中の一日が描かれているに過ぎません。でも、そこにどんなに多くの人生ドラマが含まれていることか。
マギーのドジぶりに呆れ、苦笑しながらも、いつしか自分の人生も彼らの人生と並べて哀歓がこみ上げて来ます。
現実感と語りの上手さ、そしてロマンス中とロマンス後をひとつに繋げて人生を語り出している処が秀逸。
たった一日、でも長い人生を構成するうちのひとつである一日。そんな一日は、その日だけを語って終わるものではない。それを見事に語り上げたところが本作品の魅力です。

           

2.

「ノアの羅針盤」 ★★
 
原題:"Noah's Compass"      訳:中野恵津子

  
ノアの羅針盤画像
 
2009年発表

2011年08月
河出書房新社
(2300円+税)



2011/09/10



amazon.co.jp

リーアム・ペニーウェル、2人の妻とは死別、離婚していて、娘3人と孫1人がいるものの、長年に亘り寂しい一人暮らし。
そのリーアム、60歳になったところで長年教師として勤めていた学校からいきなりリストラされ、失職。それを契機に狭いアパートに引っ越したその初日に何と強盗に襲われ、気が付いたら病院のベッド。しかも、襲われた前後のことが全く記憶にない、という状況。
本人は怪我より記憶が戻らないことの方が気がかりなのですが、彼を見舞う人たちは怪我こそ心配すれど、記憶のことは少しも心配してくれない。
そんなリーアムが知り合ったのは、ある老人の記憶係(記憶を呼び戻す手伝い)をしている女性
ユーニス・ダンステッド、38歳。
思いがけずユーニスと恋人関係に発展しそうになり喜びを見出したリーアムですが、三女の
キティが押し掛けたりしてきてバタバタ、さらにユーニスに秘密があったことが判り・・・・。

そうあらすじを語るとドラマチックなストーリィと思えるかもしれませんが、起伏のないストーリィが延々と続くという風で、私にとっては苦手なタイプの作品です。
ところが、それが一変するのが 279頁。そこに至って初めて本ストーリィの意味が判る、という作品なのです。
ですから、それまでは面白くなかろうと意味が解らなかろうと、じっと我慢してとにかく 279頁まで辿り着くことが第一。
残り40頁で、主人公リーアムの善良さ、家族再生の意味も判り、本ストーリィの良さと面白さも判って納得がいくという構成。

読み終えて感じること、それはこのリーアムの物語が決して他人事ではない、ということです。

                  

3.
「ヴィネガー・ガール」 ★★
  原題:"Vinegar Girl"
 
               訳:鈴木潤
  −語りなおしシェイクスピア3:じゃじゃ馬ならし−


ヴィネガー・ガール

2016年発表

2021年09月
集英社

(2700円+税)



2021/10/15



amazon.co.jp

原作の「じゃじゃ馬ならし」、女性差別という批判が耐えない作品ですが、主役である男女の性格がはっきりしているドタバタ喜劇であり私としては割と好きなシェイクスピア戯曲です。

その“語りなおし”である本作、コレって本当に「じゃじゃ馬ならし」の語りなおし?と思わず疑ってしまうくらい、原作とは印象が異なります。
それもその筈、刊行時のインタビューにアン・タイラー、
「シェイクスピアの戯曲が嫌いだ。一つ残らず。しかしとりわけ嫌いなのが『じゃじゃ馬ならし』だ。だから書きなおすことにした」と答えたそうなのですから。
つまり、換骨奪胎して作り変えてしまった、ということなのでしょう。本シリーズとしては前代未聞、というところ。

主人公であるケイト・バティスタは29歳、かつて植物学の研究を志したが教授と揉めて退学を勧告され、以来プリスクールで教員アシスタントをしながら家事を切り盛りしている、という状況。空気を読まないところがある所為か、率直な物言いが波紋を呼ぶこと多々あり。
母親は14年前に死去、自分の研究にばかり没頭している
父親ルイスと、現代的ギャルである15歳の妹バニーとの3人暮らし。

その父親がある日、ケイトにとんでもないことを言い出します。優秀な研究助手である
ピョートル・スシェルバコフのビザが間もなく切れてしまう。ついてはアメリカ人女性と結婚させて永住権を獲得させてやりたいと。
まさかその偽装結婚を自分の娘にやらせようとするとは!
結局、ケイトは父親の頼みを受け入れるのですが、そこからがまた、いろいろとドタバタが続き・・・。

原作において“じゃじゃ馬”とはキャタリーナのことでしたが、本作の“じゃじゃ馬”は研究以外のことはまるで無関心、無知な父親とピョートルのことではなかったか。
主人公のケイト、そんな父親とピョートルを上手く乗りこなし、自分のステップアップを果たすことに成功、というケイトの逆転成功物語のように感じるのです。


ヴィネガー・ガール/「じゃじゃ馬ならし」オリジナル・ストーリー/
訳者あとがき/解説:北村紗衣

      


   

to Top Page     to 海外作家 Index