アリ・スミス作品のページ


Ali Smith  1962年スコットランド・インヴァネス生。ケンブリッジ大学大学院で学んだ後、エディンバラの大学で教鞭を執るが、ケンブリッジに戻って執筆に専念。デビュー短篇集“Free Love and Other Stories”(1995)にてサルティア文学新人賞、長篇“The Accidental”(2005)にてホイットブレッド賞、「両方になる」(2014)にてゴールドスミス賞・コスタ賞・ベイリーズ賞を受賞。「秋」から始まる“四季四部作”は「冬」を経て「春」(2019)「Summer」(2020)にて完結。

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両方になる

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1.

「両方になる」 ★★  ゴールドスミス賞・コスタ賞・ベイリーズ賞
 原題:"How to Be Both" 
    訳:木原善彦


両方になる

2014年発表

2018年09月
新潮社刊

(2400円+税)



2018/10/24



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15世紀のイタリア人画家の物語と、21世紀の英国人少女の物語、2つの物語を繋ぐ長編小説。

前半の「第一部」は15世紀、イタリア人画家=フランチェスコ・デル・コッサの物語。
しかし、このフランチェスコ、実は女性。当時、画家になれるのは男性のみ。そのため、画家を目指した時からフランチェスコは男性として生きてきたという経緯。
一方、
後半の「第一部」は21世紀、英国に暮らす17歳の少女=ジョージ(ジョージア)の物語。母親を突然病気で失った後のジョージの、母親との思い出、クラスメイトのヘレナ・フィスカー(H)との関わりが描かれます。

気になるのは、前半と後半、「第一部」と「第二部」ではなく、同じ「第一部」と題されていること。
この意味は、連なる関係にあるストーリィではなく、パラレルワールドのように互いに並列した関係にある、ということではないでしょうか。
そして次に気になることは、2つの物語をそれぞれ見る<目>の存在。前半「第一部」の扉頁には人間の目の絵が描かれ、後半「第一部」の扉頁には監視カメラのような絵が描かれています。

時代も違えば国も違う、それを同様に眺める目など、現実にあるはずがありません。
しかし、小説という世界はそれを軽々と実現してしまう。
だからこそ2つの物語が並列することもありえるし、2つの物語が繋がることもできる、そこに本作の魅力があると感じます。

そのうえで、題名の「両方になる」とはどういう意味か。
そこは、自分でいろいろ考えてみることができる点が、楽しさなのではないかと思う次第。

ただ、このストーリィ構図、中々分り難いです。後半「第一部」は抽象的なところも多いですし。
ひととおり読み終えた後に、もう一度最初から読み直してみる、それが一番良い読み方なのかもしれません。
残念ながら私にはその余裕はなく、一度だけで終わりましたが。

               

2.
「 秋  ★★
 原題:"Autumn"     訳:木原善彦


秋

2016年発表

2020年03月
新潮社

(2000円+税)



2020/07/01



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2016年、EU離脱の国民投票が行われた直後の英国が舞台。
 
とある施設で眠っていることの多い 101歳の老人=
ダニエル・グルック。そのダニエルを時々見舞う女性は、大学で美術史の非常勤講師をしているエリサベス・デマンド、32歳
その2人の関係はというと、エリサベスが8歳の時の隣人。その時から、老人ダニエルと少女エリサベスの間には、年齢を超えた友情が結ばれた、という次第。

ストーリィは、エリサベスの行動を主軸にして展開されますが、だからといってエリサベス、あるいはダニエルの物語か、と言えばそうではありません。
現在と過去、2人に関わる部分は断片的に描かれるだけですし、2人と掛け離れた、不穏な気配漂う現代の英国社会光景といったものが散文的に綴られているという印象。

作者のアリ・スミスについては「時代の記録者」という評価がされているようですが、本作はまさにそうした見地に立った作品と感じます。

これといったストーリィがある訳ではない作品ですが、何となく時代の空気の流れといったものが感じられ、印象深い。
また、他にこれといったストーリィ要素がないからこそ、ダニエルとエリサベスの関わり、物語の重要性を説くダニエルとそれに共感するエリサベスとの間の心の繋がりが胸に残ります。
 
※作者のアリ・スミス、“季節四部作”を考えていたらしく、本作品以降
「冬」(2017年)、「春」(2019年)、「夏」(2020年)と続けて刊行されているそうです。

             

3.
「 冬  ★★
 原題:"Winter"     訳:木原善彦


冬

2017年発表

2020年10月
新潮社

(2300円+税)



2021/11/17



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“四季四部作”の第2巻。
舞台は2016年末の英国、南西端コーンウォールの小さな村。
(※EU離脱の国民投票が実施されたのは2016年 6月。)

クリスマス、
アート(アーサー)恋人シャーロットを連れて母親の家に赴く筈だったのですが、シャーロットと喧嘩してそれどころではない。
バス停で見かけた若い女の子=
ラックスに声を掛け、報酬を払う約束でシャーロットの身代わりを務めてもらうことになります。

アーサーの母親が
ソフィア・クリーヴズ。2人が到着した時に具合が悪くなり、シャーロットことラックスに指示されるまま、30年間の仲違いし続けているソフィアの姉=アイリスを母親の家に呼び寄せてしまう。
結果、ソフィアとアイリスは反目し続け、アートともギクシャクといった光景がクリスマスの夜に繰り広げられます。

散文的な語り口によって綴られ、はっきり回想という形をとられないまま現在から過去へと自在に行き来されるため、ちょっと捉え難いところがありますが、だからこそ軽やかに読み進められる印象もあり。
 
家族だからこそお互いに意地を張り合う、反目し合うというのは珍しいことではないでしょう。でもそこに全くの他人が居合わせたら・・・。
ラックス、何を言われても軽く受け流してソフィア、アイリスにきちんと向き合い、本心を語らせるところから4人の状況が変化していきます。

本心を語る、相手に語り掛けるというのが関係改善の第一歩。
ある意味、
ディケンズ「クリスマス・カロルの現代版と言って良い展開なのでしょう。
また、アイリスとソフィアの姉妹、EU離脱賛成派と反対派の対立・分断の象徴のように感じられます。

何かと過去にこだわり、過去に囚われている観ある3人に対し、融通無碍なラックスの存在が面白く、魅力的。

            

4.
「 春  ★★☆
 原題:"Spring"     訳:木原善彦


春

2019年発表

2022年03月
新潮社

(2300円+税)



2022/04/17



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“四季四部作”の第3巻。
とくにこれといった明確なストーリィがある訳でないまま、現在の英国世情が背景に描かれます。
混乱と分断、ということなのでしょう。

第1章に登場するのは、老いた
テレビ映画監督のリチャード・リース。長年に亘り仕事上のパートナーだった脚本家=パディーを喪って失意のどん底にあります。
第2章の主人公は、英国の
入国者退去センターの職員であるブリタニー(ブリット)・ホール
日本でも名古屋出入国在留管理局の収容施設における被収容者への非道な扱いが問題になりましたが、本作で描かれる英国の収容所施設での扱いも本当に酷い。同じ人間であるという扱いをしていない。
そんな収容施設に乗り込んで所長に直談判し、きちんとしたトイレ清掃を実施させたと噂になったのが、
フローレンスという謎の少女。

駅でフローレンスに出会い、列車に乗り込む彼女を追ってブリットも同乗。そしてある駅で2人はリチャードと遭遇し、3人はコーヒートラックの
中年女性運転手であるアルダの車に乗せてもらい、さらに先へ進むというストーリィ。
イングランドからスコットランドに入る時は、国境という問題を意識させられます。

現在の英国社会における様々な問題がそれとなく描かれていきますが、フローレンスという少女の存在が、希望が失われている訳ではないことを示してくれています。
そのフローレンスは、
「またゼロから始めればいい。私たちは回転する」と言う。
現在に固定化される必要はない。自分たちが少しずつ変わることによって社会も変わっていくことができる、ということを示すストーリィ。暗雲が晴れるような気持ちがします。

※なお、冒頭では暴力的な言葉が延々と続けられます。
その中で「私たちは事実なんて欲しくない」「権力の座にいる人々が真実は真実でないと言うこと」という文章は、身勝手なウクライナへの軍事侵攻、その残虐な殺戮行動を正義だと主張し続けるプーチンの姿を見るようで、怖気を震います。

                 

5.
「 夏  ★★☆
 原題:"Summer"     訳:木原善彦


夏

2020年発表

2022年06月
新潮社

(2500円+税)



2022/07/23



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“四季四部作”の第4巻。
ようやくここまで来たか、という思いです。

本作でまず登場するのは、
16歳のサシャと、その弟で厄介な言動を繰り返す13歳のロバート
その2人がたまたま出会うのが、
に登場したアートシャーロットというカップル。
そのアートは、
母ソフィアの遺言に従いある石をサフォークへ届ける旅の途中。上記姉弟とその母親であるグレースとすっかり意気投合したアートは旅にグリーンロー一家3人を誘い、5人は一緒にサフォークへと向かいます。
そのアートが訪ねる相手というのが、
に登場したダニエル老人という次第。

ただし、描かれるのはそれだけではありません。
ダニエルが昔、ナチ迫害を逃れて父子で英国に逃れて来た時に<
敵性外国人収容所>に収容された困難、2人と離れ離れになった妹ハンナの消息が明らかにされ、アートとシャーロットの関係の変化も描かれます。
そして、アートがダニエル老の元に石を届ける中に秘められた隠された事情も。

話がいろいろに飛びますので、頭を整理しながらついていくのは大変ですが、その中で私の頭の中に浮かび上がってきたものは、過去から常に分断、排斥、差別等があったことです。
英国のEU離脱という時期から始まったこの四部作ですが、本巻では新型コロナ感染下という事情が加わり、一層<分断>が印象付けられます。
分断は継続的に広まり、世界はやがて崩壊に向かうのか、と思わせられるのですが、いや決してそんなことはない、という作者のメッセージもまた感じます。
それを具体的に現しているのが、最後の<
英雄(ヒーロー)>からサシャに宛てられた手紙でしょうし、シャーロットやサシャたちに生まれた家族的な繋がりです。

本巻は、これまでの3巻と比べ、3巻の世界を含んだ壮大な世界観を感じさせられる作品になっています。四部作を完結する巻としてまさに相応しく、圧巻というに尽きます。

※なお、前3巻を前提にした完結巻だけに、本巻を読むにあたっては是非3巻を読んでおいていただきたいと思います。

     



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