ローベルト・ゼーターラー作品のページ


Robert Seethaler  1966年オーストリア・ウィーン生。作家・脚本家・俳優。数々の舞台や映像作品に出演後、2006年「蜂とクルト」にて作家デビュー。「キオスク」等で人気を博す。14年刊行の「ある一生」がロングベストセラー。15年グリンメルズハウゼン賞を受賞。16年ブッカー国際賞、17年国際ダブリン文学賞の最終候補に。18年「野原」にてラインガゥ文学賞を受賞。


1.ある一生

2.野原 

 


                                   

1.
「ある一生」 ★★☆               グリンメルズハウゼン賞
 
原題:"EIN GANZES LEBEN"     訳:浅井晶子


ある一生

2014年発表

2019年06月
新潮社

(1700円+税)



2019/07/16



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20世紀初頭、アルプスを望む山岳地帯で、ひたすら地道に生きた一人の男が語った人生譚。

主人公は
アンドレアス・エッガー
私生児として生まれ、実母の義兄である大農場主
フーベルト・クランツシュトッカーに引き取られて育ちますが、幼い頃からその扱いは住み込み労働者とまるで異ならず。
そのクランツシュトッカーに殴られ、片脚に障害が残る。
それでも18歳になって独立し、懸命に働いてなんとか我が家を構えます。
宿屋の使用人として雇われた
マリーと出会い、工夫を凝らしてロマンティックに求婚、家族という幸せを手に入れます。
仕事も山岳ロープウェイの建設会社に移り、それなりに満ち足りた生活。でも、その幸せは突如として絶たれてしまう。

生涯残った障害、悲劇、そして戦争、捕虜、その後は山岳ガイドとして生きていく。
それなりのドラマありと思えますが、エッガー本人としてはただ地道に、目の前にある道を生きただけなのかもしれません。

名も知れぬ男性の、地味な人生かもしれませんが、そこにはストイックな生き方を感じます。
ふとアリステア・マクラウドのハイランダーたちの姿を思い出しますが、彼らに較べると本書のエッガーは、実に穏やか。

概ね満足のいく人生だったというエッガーの一言には、彼の生きた道の見事さを感じさせられます。
幸不幸、成功したかどうかという結果ではなく、自分がすべきことを十分にやって来た、という充足感がそこにあるからなのでしょう。
頁数も 150頁程度。シンプルなストーリィですので、とても読み易い。 お薦めです。

                      

2.
「野 原」 ★★                 ラインガゥ文学賞
 
原題:"DAS FELD"     訳:浅井晶子


野原

2018年発表

2022年10月
新潮社

(2000円+税)



2022/11/20



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冒頭、墓地に連なる野原にある朽ちかけたベンチ、そこに老いた男は毎日のように訪れて座り、墓地から聞こえてくる死者たちの声に耳を傾ける、という始まり。
そこから、
パウルシュタットというオーストリアの架空の町に生きた29人の人々、その一人一人の人生が語られていきます。

死者たちが語るのは、自らの人生全てではなく、忘れ難い出来事なのでしょう。その語りの中にはどこか悔いがあるように感じられ、哀感が漂います。
自分の人生が如何なるものであったのかは、自らが死んで初めてくっきりと浮かび上がってくるものかもしれません。
いずれも名もなき人たちです。彼らが死んでしまえば、彼らが送った人生の記憶もまた土に帰してしまうのでしょう。彼らのことを憶えている人が生きていればその間は消え失せることはないといっても、いずれは・・・。
だからこそ、聴いてくれる人がいるのなら語ろうと・・・。

29名の人たちが語る人生ドラマには、長いものもあればごく短いものもあり、壮年時代のこともあれば、老人のあるいは幼い少年のものもあり、様々です。
一人の死者の話の中に、他の死者の名前が登場することも、かつてはひとつ家族であった相手のことを互いに語る、というストーリィもあります。

その一つ一つにそれなりに興味深いドラマがありますが、それらを通して読んでいくと、名もなき多くの人々の人生の連鎖、そして悠遠な時の流れを感じる気持ちになります。
とにかくも静かで、味わいある長編。

※なお、町の住民たちを一人一人描くことによって町全体を浮かび上がらせるという構成の小説に、
アンダスン「ワインズバーグ・オハイオ」等の作品がありますが、本作で描かれるのは既に死者となった人物たち。
生者か死者かという違いはありますが、ひょっとして本作もまた、上記作品らに連なる作品なのでしょうか。

       



新潮クレスト・ブックス

      

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