じゃみっ子ジャミラの故郷は地球
Jamikko-Jamira talking about "Sweet Home Earth" #1

第1回「『東方見聞録』の秘密 の巻」

たこいきおし


 昔、キース・ロバーツの『パヴァーヌ』がほんの数ヶ月間だけ市場に出まわっていた頃、東北大SF研の中で、あの世界では日本はどうなっているか、というギャグがあった。イギリスが台頭してこないから、世界の中心は依然として地中海である。そうすると、ローマに使節とかを送っていた伊達政宗は南蛮人の戦力を背景にして日本を制圧。仙台の地に幕府を築き、数百年にわたる太平の世が始まる。やがて20世紀にもなると、当然首都は仙台だから、東北大と東大の地位は今のこの世界とは逆で、我々は東北大になんか入れず、東大に通いながら遥か仙台の方を憧れの目で眺めていた、なんてことになっていたかもしれない(笑)。もしそんなことになっていたら、ダイバージェンスはどうなっていたかねえ(笑)。とかいって笑っていたのだ(笑)。

 同じ頃、仙台SFクラブでも『パヴァーヌ』ネタのギャグがあった。こちらの方は、我々もオルターネイト・ワールドものの傑作SFを書こう、というもの。いくつかアイデアが出たのであったが、その中でも屈指の傑作が、『東方見聞録』。オープニングシーンは12世紀日本。平泉の地において源義経が命を落とすところから始まる。そうすると当然(笑)、モンゴルには成吉思汗が出現しないので(笑)、中国大陸は覇権国のないまま多くの国々が小競り合いを繰り返す政情不安な土地となる(笑)。この世界において、貿易商人の父親たちに付き従い東方への旅を続けるマルコ・ポーロが本編の主人公である(笑)。

 何しろ政情不安な土地なので(笑)、マルコ・ポーロの旅の苦難は想像を絶するほどのものとなる。そして結局、旅程半ばにして倒れ、ついに故郷へ帰ることはなかった。その旅の過程を異国情緒豊かに、淡々とした筆致で描きだした珠玉の傑作SF、それが『東方見聞録』だッ(笑)!!

 あ、だからその世界では『東方見聞録』なんて本は存在しない訳ね(笑)。アレは旅から帰った後、牢屋の中で書かれた本だからね(笑)。

 いや、いいと思うんですが(笑)。ほんとにそんな本があったら読んでみたい(笑)。酒見賢一あたりに書かせるとなかなかいい話になりそうな気がするなあ(笑)。

 風が吹けば桶屋が儲かる。

 エリザベス1世が死ねば世界はカトリックに支配される。

 源義経が死ねば『東方見聞録』は書かれない。

 よろしいですか(笑)?

 と、いう前ふりをしておいて、何の話かというと、北村薫『六の宮の姫君』の話だったりするのだ(笑)。

義経が実は平泉から逃げのびていて、北から大陸にわたり、モンゴル人を統率してついには大陸の覇者となった。と、いう俗説を知らない人はよもやいませんよね(笑)。アレ自体は、まあ、文字通り“判官びいき”の日本人の夢想がそのまま形になったような話なんですが。

 それだけだったら、壮大な歴史与太話なんだけど、その与太話を真面目に(?)立証してみようとした探偵小説がある訳で、高木彬光『成吉思汗の秘密』。中学の頃に読んだ小説の中でも特に好きだった本だったりする。

 『成吉思汗の秘密』は、いわゆるアームチェアー探偵ものの一変形、といわれていて、高木彬光の探偵シリーズの主人公神津恭介が、病気で入院中に暇つぶしに“義経−成吉思汗”説の謎解きをする、という話。アームチェアーというよりは寝たきり探偵ですね(笑)。そうそう、ベッド・デテクティブという便利な言葉があった(笑)。

 登場人物は架空の存在だけど、使われている文献、資料は全て実在のもの。アクロバティックな論理を駆使するというよりは、膨大な資料の蓄積から一つの結論を導き出すという展開で、やっぱりこういうのはミステリとしては良くも悪くも傍流なんだろうなあ(笑)。

 実はこれの続編で、数年後にまた病気で入院してしまった(笑)神津恭介が今度は『邪馬台国の秘密』で暇をつぶす(笑)、という話もあるんだけど、こちらは今一つ面白くなかった(笑)。さらにその続編で『古代天皇の秘密』なんてのもあるんだけど、そこまでは流石に読んでないぞ(笑)。

 芥川龍之介と菊地寛の膨大な著作や書簡から二人の交友関係を解き明かす、という北村薫『六の宮の姫君』は、この辺の傍流な路線に属していると思う。最も寝たきり探偵は出てこないけど(笑)。

 もともとが北村薫の小説というのは、この文学少女“私”&落語家春桜亭円紫のシリーズも、角川で出ている『覆面作家』のシリーズも、どれもこれも探偵格のキャラクターが話を聞いただけであらゆる謎をきれいに解き明かしてしまうという点で、まさしくアームチェアー探偵そのものなんだけど、この『六の宮の姫君』はその北村薫の作品の中でもかなり異質である。

 まず、題材が主人公の日常に起こった些細な謎、ではない。いつもの探偵役、春桜亭円紫師匠は陰に隠れて、主人公の“私”が自力で謎解きをする。登場人物たちの日常の描写はいかにもおざなりで、全体として“小説”としての体をなしていない。などなど。

 実際読んでいて、これじゃあミステリじゃなくて文芸評論だよなあ、という感は否めなかったのだけど、でも、まさにその点で、これは北村薫にとっての『成吉思汗の秘密』なんじゃあないかと思った。

 『成吉思汗の秘密』には、他の高木彬光の小説とは違った感触があった。妙に熱っぽい感じ。たぶん高木彬光は本当に義経は成吉思汗だったんだと信じているんじゃないかと思う。歴史上の真偽はどうあれ、高木彬光にとっては、アレは掛け値なしの真実。続編の『邪馬台国の秘密』にはそれほどの思いいれは感じられなかった。『成吉思汗の秘密』を読むと、読んでいるほうもそれを信じたくなってしまう。

 『六の宮の姫君』に書かれた芥川龍之介と菊地寛の関係というのは、北村薫の“成吉思汗”だ、という気がする。小説家になれたらこのネタだけは必ず書いてやろう、そう思って永年暖めていたネタ。この2作からはそういう作者のこだわり、思い入れがビンビン伝わってくる。ような気がする。気がするだけかもしれないけど(笑)。

 と、まあ、個人的にはわりと気にいってるのだけど、やっぱりこれって“小説”じゃないと思う。主人公の“私”は超御都合主義的タナボタ的展開でバイト先の出版社に就職することになってしまって、もしかしてこのシリーズはこれから本格文芸おたく小説になってしまうのだろうか。次作では些細な謎に人生の機微(笑)を見出すほのぼの日常ミステリがまた読みたいなあ、という気もしている今日この頃だったりする(笑)。

 ところで、高木彬光には『ノストラダムス大予言の秘密』というのもあるんだけど、これはしつこく病気で入院した神津恭介がノストラダムス大予言の謎に挑む(笑)、というような話ではありません(笑)。あしからず(笑)。


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