【初歩のTA】

TAとはなにか その1

2018年12月25日
参考書籍 『セルフコントロールの医学』 池見酉次郎 日本放送出版社
参考書籍 『続セルフコントロールの医学』 池見酉次郎・杉田峰康・新里里春 創元新書

【初歩のTA】

演出技術と交流分析
はじめに 交流分析とはトランザクショナル・アナリシス『Transactional Analysis』の訳語です。
直訳すれば、トランス・・アクション・・アナリシス。《やり取りする行為の分析》です。
TAと呼ばれます。
やり取りする行為とは、「物、言葉、思い、情」等々、みな人と人のやり取りする行為ですね。
ピーターブルックは、役者一人が右から左へ歩き、それを観る観客一人居れば、
それは演劇なのだと言いました。
観客は役者から何を受け取り、何をやり取りしたのでしょう。
それを探しに、TAの世界を巡ってみましょう。

トランザクショナル・アナリシス『Transactional Analysis』
これは1950年代後半に、精神科医エリック・バーンによって提唱され、
人格と個人の成長と変化における体系的な心理療法の理論です。
スタニスラフスキーの死 (1938年) 後、1945年頃には彼のシステムが実績をあげつつあり、
その中でもポドテキストが、登場人物の行動の裏面の動機を明らかにし、
感情の軌跡を描いていくことが認められています。
それが心理学の分野に影響を与えたのは事実です。
今、演出の技術としてTAを活用して行くのも、スタニスラフスキーの遺産の継承に他ならないでしょう。

しかし、注意が必要です。俳優は患者では有りません。私達は治療者ではない。
観客により分かり易く本当らしく(リアリティ)、芝居を提供する為の道具としてのTAの理解と活用で有り、
TAが必要ない時も無駄な時も、もちろん有ります。
稽古中に、今ここで、何が起きているのか、演出が理解していなければならない事を最低限示してくれるのが、
交流分析の考え方と捉えてください。
またTAを使って、戯曲分析から場面イメージの大きな手がかりを得る事が出来ますが、
あくまで書かれた「ことば」の分析から生まれた解釈であり、
俳優がライブで生み出す行為としての[やり取りする表現]ではないことに留意しなければなりません。
今ここで生まれる[やり取りする表現]は俳優の音声や身体言語・舞台そのものの空間言語(色彩言語含む)
・照明言語・音楽言語も全てが加わったもので、それが演劇創造であることを忘れないで欲しいのです。
逆に、稽古場のコミュニケーションについては、私達「演出」がどんな学者さんよりも優れて、
感じ取っていると自信をもちましょう。
俳優個々の特性を理解するために、TAをつかうことも考えなければなりません。TAに頼るのではなく、
より深い人間理解の為の道具にしましょう。

【TAとは】
私たちは言語や身体によって様々な知覚・感情・思考を、舞台上・稽古場・普段の生活でやり取りしています。
その行為自体を、[志向・感情・行動]を包括したものとして、TAでは自我状態(ego-states)と言います。
自我状態とはむずかゆい訳ですね。ego=自我・自己意識とstates=州ではなくて、( 〜の)状態・段階、形勢、
が組合わされています。私達がメソッドで使う「心のコンデション」に近いのかもしれません。

交流分析は、通常は言語による会話を主として分析している様ですが、私たち演出は、
会話が会話の内容(台詞)では無く、会話という行為の成され方、
非言語会話(ノンバーバルコミュニケーション)に重きがある事を知っています。
頭から足もとまでの扮装から、声や姿勢、様々な小さな仕草、手振りや目線、空間(装置やその場に見えるもの)、
照明、音楽、全てが相手役・観客へのコミュニケーションです。

また、演技という行為が、ポドテキストから生成されることを知っています。
ポドテキストは、意思・感情・企み・願望など、登場人物が発信する内的なエネルギーそのものです。
 ポドテキストは、様々な形で、昔から不十分ながらも説明されてきました。古い仏教の教典では、私たちの、
一日の中でも刻々と変化する心の居場所を、六道(天人・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄※1)に託して説明されていました。

死後の世界の話ではありません。これは、俗にいう虫の居所と置き換えても良いかもしれません。
この虫の居所を、TAでは自我状態(ego-states)[P・A・C]にわけます。自我状態とは虫の居所と同じようなもの。
思考、感情、行動パターンを包括して説明したものです。ポドテキストの中の、心のコンデション、
感情理解と同じようなものと私は捉えています。

では、TAではどのように心のコンデションを表現し、分析しているのでしょう。
心の働き(虫の居所)を、親(ペアレント、Parent)、大人(アダルト、Adult)、子供(チャイルド、Child)の自我状態と呼び、
これらをさらに簡潔にP・A・Cと記号化します。
更に、自分の心の成り立ちを、P・A・Cを用いて理解するのが「構造分析」です。
構造分析は、交流分析の基礎となるもので、各自我状態を次のように説明しています。
交流分析に構造分析、なんやらこんがりがりそうですが、ゆっくり考えて行きましょう。

構造分析の手始め
P(Parent){親のような立位置}とは・・・
人々が、無意識のうちに両親(または親の代わりとなるもの)の行動パターンを模倣して、行動し、
感じ、思考する状態。例えば、影響力のある人が怒鳴りつけているのを見て、
それが有効であると幼い頃に学んでいたら、その人も欲求不満から人を怒鳴りつける
かもしれないことが挙げられている。
シンボル的な親は通常、養育的な親(NP:Nurturing Parent)(寛容的、保護的)か、
規範的な親(CP:Critical Parent)のどちらかである。
ここでまたP(Parent)に、優しい親と厳格な親が出てきた。(NP)と(CP)です。
人は学習する生き物です。幼い頃から大人の行動を模倣し、親になる時にも、
自分の親のあり方を学んで、親として生きようとするのでしょう。
更には、人に信頼されたい、尊敬されたいと願う人は、自分が恐れる人、権威を感じる人を、
真似するのかもしれません。
芝居の中では、役柄の年齢差に関係なく、説教臭い・自慢話ばかり・上から目線・など、
Pの役割を果たす登場人物を、多く見かけます。親というよりお節介な人物が多いようにも感じられますね。

A(Adult){大人のような立位置}とは・・・
現実的な対応をして、個性に即した自己実現を行なう。これは、「今・ここ」でどのようなことが起きているのか、
冷静に考え、行動し、感じとる状態。この場面では、大人としての人間の経験、知識を活かして行動する。
このA(Adult)の自我状態では、自分自身を現実に客観的に見ることができると考えられる。
まあ『おとな』ですね、といえるような心のコンデションでしょう。
典型的なのは、ベニスの商人の結婚後のポーシャでしょうか。
芝居の登場人物では、意外と少ないキャラクターといえます。

C(Child){幼子のような立位置}とは・・・
本能的な率直な欲求や感情から成り立ち、私達の生命活動の源になるもの。
Cには「生来のC」と「順応したC」の二つがあるといいます。
子供の行動は、自由な子供(FC:Free Child/Natural Child)(自由奔放)か、
他者に従順な子供(AC:Adapted Child)(大人が、子供はこうあるべきと考える子供)の
どちらかであると定義されています。

子供から云えば、自分の欲求に率直に行動するか、大人の顔色をみて、大人しく自己防衛するかのどちらかという事。
「生来のC」が強く出てくると、衝動的・感情的で先を考えない、その場限りの行動が多く観られるといいます。
まあ先を考えて手を打つような真似は、子供はしませんね。

「他者に従うC」が強く働きすぎると、いわゆるイイ子になり、主体性を押し殺して、
小さな大人のように振舞うようになる。心身症などにかかる人の中に、この種のCをもつ人が少なくない。
自分の本来の欲求を、我慢するから、心の負担が大きくなるのでしょうね。
それぞれの状態は、個人の行動、感情、思考において影響を与え、発展的(積極的・楽観的)または、
破滅的/反生産的(悲観的)になるといえるらしい。

但し、自由奔放だから発展的(積極的・楽観的)というわけでもなく、
大人にとっての子供らしいからといって、破滅的/反生産的(悲観的)になるわけでもない。
大人になってから、Adapted Childになったり、Free Childになったりする例からも、「今・ここ」の
心のコンデションの有り様だと考えられる。
何かに執着して、事件が起きたり、破滅したり、芝居の中では当たり前のキャラクターですね。
シェイクスピアの主人公は、ほとんど此のパターンだといっても良いでしょう。

※1
執着する心や日頃の心の位置づけを、喩えとして捉えたもの。
天人……天人は人間よりも優れた存在と考える。寿命は長く、また苦しみも人間に比べてほとんどない。
しかし、仏と会えず、煩悩からは逃れられない。どんなに偉そうにしても、所詮それ迄の器なのです。
人とそんなに変わりはしない。
人間……人間は四苦八苦に悩まされ、苦しみ大きいが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもある。
また、唯一自力で仏に出会える者であり、解脱し仏になりうるという救いもある。
修羅……修羅は終始戦い争うとする。苦しみや怒りが絶えないが、苦しみは自らに帰結するところが大きい。
競う心が強く、勝つ事に飢えている。
畜生……畜生はほとんど本能ばかりで生きており、使役されるがままという点からは自力で解脱できない、
救いの少ない状態。他から畜養(蓄養)されるもの、すなわち畜生である。自ら考えず、安易に人の指図に従う心地。
餓鬼……餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となり、餓えと渇きに悩まされる。
満たされぬ欲望のみ高まる状態。
地獄……地獄は罪を償わせるための世界。地獄の亡者は罰を受け続けていると感じる者。
繰り返される同じ苦しみが特徴。

※2……ホメオスタシス(Homeostasis・生体恒常性)


TAとは、その2
隠居部屋あれこれ
演劇ラボ