日常茶飯

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みつけた

 つい何日か前はさほど寒くなかったので、これじゃ冬ではないな、とぼやいていたのもつかの間。 きのうあたりから寒くなった。 きょうも冷たい北風が吹いていた。 その寒いさなか午飯(ひるめし)のあとで、天神様に参拝した。 親戚の子が、いま受験生で、その小学6年生にわたす<御守>を求めての天満宮詣である。 電車は思っていたよりは混んでいなかった。 あすの<成人の日>より良かったかと勝手に思ったりしたが、 試験の日程をはっきりと聞いていなかったので、はやいに限るのだ。 この連休が明けた週の後半だろう。 帰ってから郵便局に行き速達で送った(本局しか開いていないから、また寒い思いをした)。 <受験 あたりますように>、とメモをそえて。

 天神様の帰りに電車で寄り道して街へ出て、大型書店を覗いてみたら思わぬ収穫があった。 片岡義男、『日本語の外へ』(角川文庫)が一冊だけ棚にある。 この本を探していた。 滅多に行かない街だが、年末この本屋には無かったと思う。 この3か月ほど本屋に行くときは探していたのである。 文庫に入ったのは5年前で、 本屋で何となく立ち読みしていたが、何しろ600頁を超える大著である。 そのときはゆっくり読む暇がなかったので買わなかった。 でも気になる本だったので何度か迷った。

 ところが、気がつけば本屋から消えていた。 偶然、見つけたこの文庫は初版である。 絶版になっているのか。 単行本が出たのは1997年の筑摩書房である。 古い本ではない。 それがいつの間にか絶版になるのだから困ったものだ。 ぼやくしかない。
'08年01月13日

カレンダー やーい

 平成20年になって一週間ほど、なぜか日付と曜日が噛み合わず勘違いばかりしていた。 元旦は火曜日で、はじめそのせいかと思ったが、そんな筈はないでしょう。

 机の上の卓上カレンダーは12月の儘(まま)になっている。 正しいカレンダーを目にしないで、昨年12月のをみていたからである。 壁掛けのは掛け替えているのだが、つい目にするのは卓上のほうである。 なに、ことしのが無いというのに過ぎない。

 年が明けると年末に売れ残ったカレンダーを潔く半額で売り出す百貨店がある。 いつも卓上カレンダーを買っているのだけれど、ことしは出遅れているだけのこと。 でも、カレンダーを買うようになったのは最近のことで、そもそも貰(もら)うものだった。

 日本企業の(たしか)99%は中小企業。 その末端の有限会社でもカレンダーを配っていた。 他生の縁がなくても気前よく貰えたものである。 いつもカレンダーには不自由しなかったし、子どもだってお気に入りのカレンダーを貰うことは出来た。 年末にCDを買えば、そのアルバムの特典として、なかなか洒落たカレンダーと云うのもあった。 お店でちょっと買ったら貰えた、月ごとに差し替える小さなカレンダーは別に珍しいものではなかった。 色々なところで貰ったカレンダーの中から、気に入ったものを選んで使ったものである。

 そんな風習と云えばすこし大仰だけど、途切れたのは平成不況による経費削減と倒産である。 子どもでも何か買えばカレンダーぐらい貰えた<風習>が消えた。

 いわゆる平成不況は、<失われた十年>(経済の失策、無策の10年)と云われた。 日経新聞が盛んに書いてたから、この新聞が思いついた言葉だと思っていたが、 どうやら1930年代の米国による世界恐慌が元らしい(きちんと調べたのではないので請け負えない)。 それが、日経は先日の一面連載で<失われた十五年>と改めた。 それならやがて<二十年>と書くだろう。 政治は何してるのだろう、と思っても意味はないし、新聞は頼りにならない。 テレビをみれば怪しいエコノミストが、ことしは益々、家計は苦しくなりますよ、と嬉しそうに云うのは気は確かかい。
'08年01月09日

三箇日

 暦の上ではきょうは小寒だが、寒さは緩んで過ごしやすい一日だった。

 大晦日から元日にかけて寒かったから、寒い正月かと思っていたがそうではなかった。 いつものことだけど、正月の三が日は予定を立てないで迎える。 どこか晴れがましい気分はするが、退屈で窮屈な三日間でもある。 テレビはつまらないに決まっているから、すでに見捨てている。 あ、でも「相棒」の元日スペシャルだけはみた。 しかし2時間半は長すぎる。 みたのは寝台特急カシオペアの犯人までで、 爆弾犯の結末は離れていたのでみていない。

 元日の朝に往来を歩いていると、いつもと違ってひともクルマも少ない。 混雑、渋滞、人混み、雑踏と云うのは苦手だから、新年らしい清々しい気分がした。

 初詣はいつものことだけど何処とは決めない。 きょねんは近くの小さな神社で済ませた。 ことしは大きな神社にお詣りしよう。 一月三日なら人も少ないだろうと午ごろに出掛けたがそうではなかった。 社殿に向かって太くて長い行列である。 並ぶのは御免であるから、やめて翌日の朝ひとりお詣りした。 四日といっても神社は三が日と変わらない。 初詣か二度詣かは知らないが結構ひともいて、これぐらいが丁度いい。

 三が日は雑煮は食べるが、御節(おせち)は食べない。 <冷めた煮染め料理>の御馳走は、縁起をかつぐものだろうが、旨くはない。 だから普段通りの御飯である。 むかしは、御節は家庭でつくるものだった。 いまは買うものである。 高級料理店が注文を受けるようになったし、 百貨店でもあつかう。 百貨店なら全国を相手にする。 各地の高級料理店の御節をお届けしますと云っている。 でも、よその土地のものなんて口には合わないだろう。

 大晦日に宅配便で配達される御節料理は安くない。 それだけ払うなら、いっそ料理屋に出掛けて<暖かい御馳走>のほうが、と思うのである。 第一、いまでは元日からスーパーはあいているのである。 これでは、<冷めた御馳走>の有難味は薄れて仕舞うだろう。 そう云えば毎年この頃、ハウス食品のククレカレーのコマーシャル。 あの<おせちもいいけどカレーもねっ!>、は最近やらなくなった。
'08年01月06日

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