Last Up Date 2000.11.01          

日記を物語る 2000年10月INDEXホームに戻る             


10月30日(月曜日)  

清泉女子大学。発表は「宇津保物語の王権」。テーマが抽象的なものであるだけに、意味付けの説明が何より大切。なんと言っても、履修者は研究の世界への入門者なのですから。午後は東京国際フォーラムで行われた、この大学の五十周年記念の緑と地球を守るためのシンポジュームを聞きに行きました。長野黒姫に住むC.W.ニコルさんのひとこと。「僕があの横柄な長野県の役人達とどれほど喧嘩してきたか、最近わかってもらえるようになってうれしい」立松和平は司会進行も上手でした。

●新研究会創設を宣伝しておきます

「リンクフリーの会」 世話人・阿部好臣・上原作和・岡部隆志津田博幸、11月26日は僕が古代言説研究会の発表です

第一回 阿部好臣「古事記の構造を考える」

時 12月10日、14:00より  

場所 共立女子短期大学4階岡部研究室

10月31日(火曜日)  47000カウント  

國學院で『うつほ物語』の会。僕が三年ぶりのレポーター。本文の異同など大きな問題はないのだけれども細かい解釈には訂正が必要なところもありました。注釈作業は常に新しい発見があります。


10月01日(日曜日)  

余明先生のところで琴のレッスン。一仕事して日本文学協会の『枕草子』の会に出席。かなり疲れています。

10月02日(月曜日)  

清泉女子大学今季初登場。のっけから電車の遅れで遅刻者が続出しましたが、みなさん元気で何よりでした。曇り空で一気に冷え込んできました。帰宅すると、NEW 教育とコンピュータ別冊「パソティア」が届いていました。学習研究社の月刊誌で、2000年10月号「総合的な学習の時間で役立つホームページ検索入門 60頁」に僕のページの表紙を紹介していただきました。特殊な流通ルートを使っているため、書店ではなかなか見かけられないようですが、西武リブロにはありました。

10月03日(火曜日)  

昼間は論文とにらめっこしつつ原稿書き。夕方は渋谷へ。『うつほ物語』の会。「国譲」上巻。久しぶりに僕も輪読レポートが当たっています。「国譲は憎し」といったのは(『枕草子』「物語は」)でしたね。

10月04日(水曜日)  

締め切りには四日遅れですが、原稿は書き上げて投函しました。ここ数年、僕の講義や演習に参加した人に一度は聴いてもらっているはずの、「浮舟論」です。発売は12月10日の、2001年01月号になります。特集テーマは「21世紀の日本語研究」、お楽しみに。今月はあと二つ締め切りがあるんだよね。

10月05日(木曜日)  

東京外環自動車道−常磐自動車道経由で東京成徳大学。高速道路は和光市〜柏インターまで所用時間三十分くらいです。国道16号を南下して行くと、始めて勤めた柏の高校があって、15年前の自分のことを思い出したりします。国語科教育法は模擬授業が始まりました。二順目だから、前回の反省が生きています。日本古典文学講読{中古}はテキストの追加の入荷にあと二週間かかるとのこと。それまでは板書でしのぎましょう。

10月06日(金曜日)  

明治の論文演習は、産能短大編の『大学生のための日本語』を見る。パフォーマンスも重要な言語能力なのだということ。南下して、青山の日本文学史は三角洋一氏の近著『王朝物語の展開』所収の「渡航譚の系譜」を読みました。僕のマイブームの作品がもれなく取り上げられ、過不足なく参考文献を散りばめてある濃密な論文です。論文を書くにはその数十倍の知識が必要だということですね。

10月07日(土曜日)  

所沢の松井公民館で『源氏物語』朝顔巻。この巻はほんとうに面白い。そのうち何か書きましょう。

10月08日(日曜日)  

さいたま芸術劇場へ「21世紀の源氏物語」を聴きに行きました。二時間ということもあり、コメンテーターのみなさんが、御自身の研究のエッセンスを時間に収めるのに御苦労なさっているようでした。

帰宅すると、久保田孝夫さんより、『松浦宮物語』文献目録の神尾暢子論文ニ本の遺漏を御教示頂いていました。ありがとうございます。

10月09日(月曜日)  

20日締め切りの原稿はだいたい完成しました。すこし削らないと。午後はすこしだけ日文協の『うつほ物語』の会に顔を出す。それにしても変な気候が続きます。

10月10日(火曜日)  45000カウント  

また、わが愛車の調子が悪く、ラジエーターが点滅するという重症。所沢にあるなじみの工場にたどりつくと、バッテリーを蓄積する、ダイナモという部品が痛み始めているとのこと。このまま気づかなければ、ある時突然車が止まり、エンジンが完全崩壊する恐れもあったという危険な状態だったようです。確かに今年は、暑過ぎたから、クールダウンが進まず、エンジンをかけるときにちょっと引っかかる感じがありました。エアコンのファンがこの九月にふたつとも擦り切れたし。ただ、代車の軽自動車で出かけた國學院の研究会の帰り、いつも御一緒の室伏信助先生は、地面の凹凸が足に直に伝わってくるのを楽しんでおられ、「こっちの方がいいね〜〜」と仰っておられました。

北海道の平安文学研究者のみなさんによる『大和物語研究』(大和物語輪読会.2000.09.30)を伊藤一男さんから頂戴した。じっくり勉強させていただきます。本日、これにて。

10月11日(水曜日)  

終日原稿を書く。今日、投函したのは、11月10日発売の、「國文学」学燈社、12月号「特集テーマ・王朝文学争点ノート」です。なんでも、至文堂は来月「源氏物語の世界と美」を組んでいるようです。(ちなみに僕の「浮舟論」は翌月号です)。もう、本屋さんには来月号の予告として執筆者のラインナップも出ているでしょう。締め切りはあとひとつだ〜〜。来月は、いよいよ事典の締め切りなのだが、まだ零枚。来年使うつもりの大学の教科書もあって、これには注釈もつけないと。なんだか、頭が壊れそうです。

10月12日(木曜日)  

東京成徳大学。高速道路は代車で軽自動車のため往復400円も得してなんだかうれしいですね。そろそろ後期のページも更新しないと。これは来週に。

10月13日(金曜日)  

明治の論文演習は、今日も産能短大編の『大学生のための日本語2』の「ノートを取る」編。「グリッド理論の講義」を見ながら、僕があらかじめ指摘しておいた問題に答えてもらいました。それにしても、「グリット理論」は凄いぞ!!青山の日本文学史は『竹取物語』の巻は終り。来週はレポート提出です。演習の自由課題はもののけ調伏のための「芥子の実」。目の付け所が良いですね。

明日から神戸の甲南女子大学で中古文学会出席のため、すくなくとも明日の更新はありません。

10月14〜15日(土・日曜日)  

甲南女子大学で全国大学国語国文学会・中古文学会合同大会。初日は「『源氏物語』はなぜ読まれるのか」。とりわけ、僕は久保田淳先生の話が勉強になりました。二日めは『狭衣物語下紐』とか『紫式部日記』の発表にエネルギーを傾注して聞きました。帰りは大阪まででて、関西在住の研究者のみなさんと楽しく語り合う。これも秋の学会の楽しみの一つです。

10月16日(月曜日)  

清泉女子大学は体育の日をはさんで第二週目。発表は『源氏』の頭中将と『うつほ物語』の藤原兼雅を比較して論じたものでした。

今朝のテレビや新聞各誌は長野県知事選挙に田中康夫さんの当選を報じていますが、彼を担いだ応援団県民ネットワーク代表の柳沢京子さんも田中さんのとなりで喜びをかみしめるかのような満足感に浸っているようで、県外の関係者である僕にとっても何よりの朗報でした。

10月17日(火曜日)  

原稿を書くため、江口孝夫『懐風藻全訳注』(講談社学術文庫.2000.10.10)を購入して「琴」関係の韻を総チェック。江口先生は僕もお世話になっている東京成徳大学にこの春までお勤めでいらっしゃいました。出講日の関係でお話できなくてたいへん残念ですが、書物を通じて「謦咳に接す」ることはできますね。

10月18日(水曜日)  

『電脳国文学』の著者のサイト、「古代凝視空間」にリンクしました。僕はかねてから、『古事記』『日本書紀』と漢訳仏典に関するエキスパートとして著書から学ばせて頂いていましたから、新著にも御紹介いただけてたいへん光栄です。

10月19日(木曜日)  

東京成徳大学。国語科教育法の友達の授業の相互評価は観点が良くなった来ました。それにしても、品詞分解のテストできてないなあ。古典文学講読はようやく桐壷の巻を終える。婚姻制度の話に興味を持ったようです。

10月20日(金曜日)  46000カウント  

明治の論文演習のために準備をお願いした、『大学生のための日本語』シリーズや『漢字の起源』などのビデオは、視聴覚センターの御配慮で、僕のためにすべてダビングしてくださり、専用の棚まで作って下ってありました。本日は「ディスカッションの仕方」編。それにしても、大学の先生がコメディアン出身のため、まじめな芝居に笑ってしまうのはいけません。青山の日本文学史は『うつほ物語』。遣唐使のビデオを見ました。今日はちょっとうるさかったなあ。演習担当者は女三宮の出家を説得する朱雀院の場面。担当範囲が長かったため、70分も喋りとおしだったのですね。ご苦労様。

10月21日(土曜日)  

プロ野球は日本シリーズ。日本テレビは、長嶋・王の巨人軍入団の昭和33.34年(1958.9)の古いニュース映像から番組が始まりました。そこに映っている当時の巨人軍社長・品川主計氏(故人)は、『蜻蛉日記の形成』の著書で知られる、品川和子先生の父君なのだと品川先生とも親交の深い萩谷先生から何度か伺っています。

10月22日(日曜日)  

王ダイエーは強いですね。漢詩とにらめっこの日々が続きます。

10月23日(月曜日)  

清泉女子大学。発表は「僧侶」と「鬼」の二本。「僧侶」は平安仏教史を少しだけ補足しました。「鬼」は『うつほ』『源氏』の用例全部に当たった労作でした。

10月24日(火曜日)  

國學院で『うつほ物語』の会。僕がお世話になった当初は「内侍のかみ」でしたが、今は「国譲」上巻。来週は僕が三年ぶりのレポーターです。

10月25日(水曜日)  

猪股ときわさんから『歌の王と風流の宮−万葉の表現空間』(森話社.2000.10.24.\3600)を頂戴しました。研究者という存在は、いくつかの要素が備わっていないと成立しませんが、何より文学的センスが最も重要な核となるべきもの。この本を紐解けば、抜群の天賦の才を実感することが出来るでしょう。おそらく僕が出会った研究者でも三指に数えられる人だと思います。くわえて、天の利、地の利、人の和など、学びの空間をいかに自分の力で構築し組替えてゆくべきか、本書のあとがきには、90年代の研究生活を彼女がどう生きたのかを知ることが出来る構成になっています。

10月26日(木曜日)  

東京成徳大学。国語科教育法の後、大学院進学について相談を受けました。教員志望、近代文学志望ということで、それにふさわしいいくつかの大学を挙げて勉強方法の大まかをお話しました。僕はもうすでに、あの時代から15年もの歳月が流れているのですね。

「少年の春は惜しめどもとどまらぬものなりければ、花を踏んでは同じく惜しむ少年の春」

10月27日(金曜日)  

明治の論文演習は情報実習室で、田中康夫、川田悦子さんなどの草の根の市民運動と選挙について、情報を集めて自由に論じてもらう作業。Web上のデータをコピー→ペーストの作業はあまり浸透していない模様。ただし、僕の作文を、そのままレポートに流用するなんてセコいことした学生さんもどこかの学校にはいるらしく、それだけは絶対にやめてください。後日、著作権料徴収します(爆)。「国語」は語学の単位として、クラス毎の必修なのですが、後期に一度も来ない学生さんが出始めました。再受験かな?。学食で席を譲ってくれた学生さんと話してみたら、僕が指摘してみんな初めて来なくなっていることに気づいたとのこと。

それにしても、学食が美味なのと、相対的に座席がなく掃除が行き届いていないのがこの大学の特色みたいですね。もちろん、秋の一日のんびりとキャンパスですごす、こんな雰囲気が大好きな僕でした。ちなみに、青短は学園祭でお休みです。

10月28日(土曜日)  

日本シリーズは、長嶋巨人に勝利の女神が微笑んだのですね。ダッグアウトを降りる王監督の背中にメラメラ(‘{‘)と燃え上がる炎が見えました。

10月29日(日曜日)  

余明先生と琴のレッスン。唐詩や『懐風藻』にも登場する『関山月』。それにしても複雑な指使い。これがマスターできたら、人前でも恥ずかしくない演奏のかたちができるでしょう。


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