白井光子(Mezzo)+ハルトムート・ヘル(pian)リサイタル
シューベルトの夕べ

シュレーゲルの「夕映え」による歌曲
「白鳥の歌」からハイネの詩による歌曲、他

11月6日 紀尾井ホール




1997年。そう、今年はシューベルトの生誕200年というお祭りの年で、演奏会もこれにちなんだものが多いですね。そして、もう一つ忘れてならないのは、1897年、今からちょうど100年前にはブラームスが亡くなっています。でまあ、直感的なイメージとして、このシューベルトから1897年まで、これがちょうど音楽の上でのロマン主義の時代といってもさほど間違いはないと思うのですが・・・

と考えると、疾風怒涛からロマン主義への転換期を生きたベートーベンの中期以降、これが紛れもなくロマン派の先駆け、そしてちょうどその時期がシューベルトが創作を開始した時期ということになりますニャ。さすれば(ちょっとおおげさか)若きシューベルトがシュレーゲルに傾倒して歌曲を残したのも頷けるわけで、シューベルトはゲーテ、シューマンはハイネがよく似合うなんてな紋切り型の考えでいると、どうも間尺に合わないことになっちまう。で、この演奏会の前半は、青年シューベルトの意気を感ずる選曲ということになるでしょうか。

「夕映え」、「山々」といった自然賛歌とも言うべき曲に続いて、「鳥たち」、「少年」といった素朴な民謡風の歌が歌われ、さらに「流れ」、「ばら」、「蝶々」という、叙情的歌曲、可憐な歌が歌われました。「さすらい人」、「おとめ」で人間の初々しい感情をを歌い上げ、最後に「星」、「茂み」といった自然界を謳歌するなごやかなメロディーが歌われました。ここまでがシュレーゲルの詩による歌曲。1819年から1823年にかけて作曲されてものです。

それに続いて、「菩提樹」、「秋」、「鳩の便り」。シュレーゲル歌曲集でおおらかに、初々しく歌い上げられた自然と人生、愛、放浪といったテーマは、この時期になるとグッと深まって参ります。菩提樹は言わずとしれた「冬の旅」の中の一曲。シュレーゲルでは放浪の自由を謳歌していた「さすらい人」は、この曲では死に場所を探してさまよっています。ふと見ると泉のそばにちょうど首を吊るのに絶好の菩提樹が・・・、木の葉のざわめきが「こっちへおいで若者よ。ここには永遠の安らぎがあるんだよ」と旅人にささやきます。そう、この曲の作られたのは1827年、つまりシューベルトの死の前年。菩提樹はそんな救いようもない虚無的世界を象徴した歌です。Lindenbaumを菩提樹とした明治の先人の訳は言い得て妙。セイヨウシナノキでは味もそっけもない。しかし、「楽になれ」とささやく死神(=菩提樹)の言葉を「ここに幸あり」とやっちまったのは筆の誤り。

白井光子の声もここらへんから凄みが増してきたように思います。前半のシュレーゲルはどちらかというと、たわいない自然賛歌。メロディーは極上に美しいのですが、聴き応えという点では今一つ。やっぱりシューベルトは晩年の曲がいいですニャー。伴奏の夫君、ハルトムート・ヘルのピアノも冴え渡りました。蓋を全開にしながら、さほど声量がある方ではない白井の声を引き立て、時に寄り添うように、時に突き放すように決然とフォルテッシモを叩きつける技量はさすが。

後半は最晩年の作というか、遺作といった方がいいでしょうか、「白鳥の歌」からハイネの詩による歌曲を6曲。シューベルトは前年(1827年)、つまり「冬の旅」の年に、ベートーベンの葬式に行った帰り、精進落としに仲間と居酒屋に繰り込んだ挙げ句、自ら乾杯の音頭を取って、一杯目は「ベートーベン先生に乾杯!」、二杯目は「次に死ぬ奴に乾杯!」とやってしまったわけですな。そう、次に死ぬ奴が自分だとは(たぶん)知らずに。

「アトラス」は罰として地球を支える神の孤独と忍耐、「彼女の肖像」は死んだ彼女の肖像画への一途な思いを歌った曲です。どちらも救いがない暗さです。そして、わずかに一条の光が差し込んできました。「漁師の娘」は生娘と男の恋の戯れ。そして最後に「都会」、「海辺にて」、「影法師」。いずれも有名なハイネの詩ですが、そう、ロマン主義の閉塞感、個人主義的逃避傾向を表しているものです。いわゆる「甘ったるい」ハイネとは異なる、異様な孤独感、そして死。19世紀の始めに既にマーラーまで見通していたのでしょうか。

さて、このようにプログラムはよく練られて、それぞれ聴き応えのある歌唱だったのですが、楽しめたのかというと、ふーむ、と考え込んでしまうんですニャー。技術的にも完璧だし、伴奏のヘルも素晴らしいサポートをしていたと思います。今回は、最前列の真ん中(要するにかぶりつきですニャ)という、とんでもない席で聴く羽目になってしまって(当日券がここしか残っていなかった)、どうも歌を楽しむ境地に至れなかったわけであります。あまりにそばで聴くと音楽よりも言葉が先に聞こえて来て、トータルな響きとして捕捉できないわけです。また機会があったら、2階の後ろの方で聴いてみたいものです。




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