デデ:見えないニャー。
CoCo:うん、見えない。
ガンバ:だめねえ。
C:もう三日も待ってるのに、いつも曇っちゃうね。
G:ポツポツ雨が落ちてきたわよ。
D:ハクション、うー寒い。ぷるぷるぷる。そろそろ諦めて一杯やっか。春宵一刻値千金(←意味が分かってない)。ヒャクタケ・スイセーっつうのも、また一万年すりゃ見られるっていう話だし。
G:そうよね。また見に来ればいいわ。
(わら わら わら わら、ネコどもはいそいそとデデのひょうたんの家に避難。)
C:ケネス・ギルバートのラモが机の上に置きっ放しだけど?(Ar 427 176-2)
D:うん。いまインターネッコに評論を書こうと思って出しといたのよお。
C:じゃこれいくよ。おっと二枚組だな。最初がクラヴサン曲集の第1集(1706)となってる・・・
・・・
G:最初のプレリュードはノン・ムジュレ(拍子なし)なんだ!18世紀に入ってもこの形式の曲ってあったのね。(もしよかったら、レオンハルトのチェンバロ演奏会の記事も参照してね)
C:でも、ルイ・クープランなんかと違うのは、全部が全音符ってわけじゃなくて、音符に一応音価が与えられている。何となくフレーズが見分けやすくなっているのかな。
G:うん。でもギルバートの演奏ってちょっと固くない?この形式の曲ってそもそもリュートをかきならすような感じのものでしょう。それがどうも和音にこだわって、この音きれいだな、って感じでなかなか先に進まない。
C:「ちょいトッカータ」って雰囲気じゃないね。でも、リピートして二回目は少しテンポを上げてメロディーラインが見えてくるかな。
G:それから後半の12/8拍子の所は、結構ゆったりと構えて、バッハのインヴェンションのような雰囲気ね。
C:そう、付点四分音符のメロディーを聴かせるようにしてるのかなあ。でもここはジグのリズムで弾く方が僕は好きだニャ。
G:ところで、楽器はデュモン/タスカンってなってるけど、チェンバロ・メーカーのデュモンさんて知らない人ね。説明によると、1673年に結婚して、1675年に親方になってギルドに加盟している。それだけしかわからない人物だって。
C:年代から見て、フランスのメーカーとしては多分初期の人だろうし、フレンチとしてはちょっと硬めで、フレミッシュに近い音質じゃないかなあ。
D:ハイ、おまた。ネコ正宗ウイズ鰹のナカオチ。初鰹だぞ。
C:ずいぶん生臭いもの出すなあ。
D:イエッ、デデのスプラッター料理。バロックには魚の生き血がぴったしなのよお・・・まあ、食ってみてちょ。
・・・
D:ところで、ラモのクラヴサンのCDは他にルセの(L'Oiseau-Lyre 425 886-2)とボーモンの(ADDA 581901-3)があるんだけど、ちょっと聴いてみない?
G:うん、いいよ。
D:それじゃ、同じ前奏曲をクリストフ・ルセで・・・
C:う〜ん。ノン・ムジュレの部分はギルバートの演奏よりもずいぶんこなれてきてる。繰り返した後もほとんど同じ弾き方だけど、音楽がずっと流れてるよね。でも12/8拍子になってからの所はちょっとねえ。
G:ハノンかチェルニーの練習曲みたいに聞こえるわ。味もそっけもない。うまいなあとは思うけど。ちょうどチェンバロを弾いていた頃のピノックみたいな感じね。ひたすら速く弾く。楽器はリュッカース/エムシュのコピーね(1988年Anthony Sidey作)。
D:録音の違いも大きいと思うけど、ギルバートの弾いているデュモンに比べると繊細な音色。次に、ボーモンの演奏を聴いてみよう・・・
C:まず楽器がピカイチだね。なんて読むんだろう。ドゥンズラーグ(Donzelague)かな。1716年のリヨンの楽器だって。フレミッシュの芯の太さと、フレンチの華麗さを兼ね備えたような楽器。この音色に参っちゃうね。
G:うんうん。ルセに比べるとノン・ムジュレのテンポはやや遅めだけど、その分、リズムが自由になってる。スケールの所も絶対に均一には弾かないわね。全盛期のレオンハルトを思い出させるような、自由闊達な音楽ね。ムジュレの部分もリズムが弾むように息づいてる。
D:次のアルマンドだけど、ボーモンの“jeu inegal”(不均等な演奏)のやり方ってすごくセンスがあると思う。邦楽にもそっくりなイネガリ奏法があるんだけど。たとえば三味線がテレテレツルツルって感じで、いわば16分音符を連続して弾くような所。これ普通は絶対に均等には弾かない。聞いた話だと、長さが3:2ぐらいになる感じだって言うんだけど。ボーモンの不均等リズムっていうのもちょうどそのくらいの感じ。これが2:1だとか、3:1といった配分になると気分が全く違っちゃう。
G:そうそう。配分がきつすぎると弾んじゃうのよね。そうなるとアルマンドの曲想からずれちゃう。
D:で、そのテレテレって感じの所に、急に1:2ぐらいのロンバルディア・リズム(ゴルトベルクのアリアにも出てくる)が入ってくるからすごく効果的なんだ。
C:それに、この人、装飾音の扱いがすごく上手だね。譜面に書かれている、いわゆる義務的な装飾音だけじゃなくて、フレーズのつなぎの所なんかもかなり自由に装飾している。ややテンポが速めの第2アルマンドなんか、これですごく音楽が流れるよね。それから、前奏曲は8'+8'だったけど、8フィート・シングルの音もすごくきれい。そのむかし、ヴァルヒャがもっぱら東ドイツのアンマーって楽器を弾いていて、これがすごく甘くてきれいな音してたけど、でもやっぱり優れたオリジナル楽器にはかなわないね。
D:それじゃルセとギルバートのアルマンドを・・・
C:ギルバートの演奏は、不均等リズムの配分がほぼ2:1ってとこかな。テンポがかなりゆったりしているんで、このリズムが続くとなんだか民謡みたいな感じだな。ルセのはボーモンに近いリズム感だね。ギルバートは繰り返しのたびに、B8'とF8'を交替で弾いている。
G:第2アルマンドも好対照ね。ルセは何だか行進曲みたいに聞こえるし、ギルバートはやっぱり民謡みたい。ギルバートの方が多少余裕があるっていうのか、ちょっとした装飾の扱い方が粋ね。
D:クーラント、サラバンド、ジグを続けて・・・
D:ラモに限らずフランス人のクーラントってさほど速い曲じゃないような気がするけど、テンポで順番をつけると、ギルバート<ボーモン<ルセかな。
G:ルセってのはとにかく何を弾いても速いね。
D:それと、組曲の形式っていうとどうしても、バッハのいわば完成されたものを思い浮かべちゃうけど、どうだろう、このクーラント?
C:クーラントもそうだけど、ジグの違いが大きいね。三人とも8+8+4のフル・ストップだけど、弾き方はまるで違う。三人の中ではルセが一番洗練された弾き方って言うか、バッハっぽいよね。6/4拍子だけど6/8みたいに聞こえる。
D:そうそう。だけどこのジグ、譜面を見ると前半は右手と左手がまるでかみ合ってない。右手の主題に対して、左手が1小節半だけおざなりに模倣するけど、そのあとはブツ、ブツって言うだけ。似非対位法もここまで来ると相当のもんだ。
C:ラモってずっと後だけど、例のブフォン論争だかなんだかで、イタリアけしからんてやった人物だろう。いわば愛国主義者だよ。フランス中華思想の立場からすると、イタリアのような南蛮バルバロイはこんな野蛮な音楽をやってる、ってな具合にちゃかして書いたんじゃないだろうかねえ。
G:そうそう、西洋人がフラダンスやリンボー、ラグビーのウォー・クライなんてなのに好奇心を覚えるのと同じ感じ。
C:だから弾く方もドテドテって感じでやった方が面白味が出るんじゃないかな。その点でルセのは洗練され過ぎてる。
D:サラバンドは三者三様にきれいにまとめているけど。
G:第1サラバンドの前半はよく譜面を見ると3声の構造になってるわ。
D:だからメロディー・ラインだけを取ってイネガルとおかしなことになる。
C:そこらへんボーモンはよく考えてるね。
G:何て言ってもボーモンの特徴が出ているのは第2サラバンド。第1をB8'で優雅に弾いて、第2はちょっと硬くて小さな音のF8'。ここの装飾がスバラシイ。ラモが息づいてるわ。
D:逆にルセは第1がFで、第2がB。僕はこれも捨てがたい選択だと思う。第2の方はイ長調だし、第1のイ短調と性格の区別がくっきりとつくんじゃないかな。
G:でも音量の点から言うと、第1がBっていうほうが普通じゃない?第2はサンドイッチのハムで、また第1にリピートするんだし。
C:ギルバートのストップも面白いね。第1はF8'+4'、第2がBで弾いてる。
D:さて最後にヴェニチエンヌ、ガヴォット、メヌエットを続けて・・・
G:かわいらしい曲が三つね。ヴェニチエンヌってヴェネツィアの女ってことかなあ。まあ題名と音楽の内容にあまり関係はなさそうだけど。これも三人のテンポはさっきの順番ね。ルセとギルバートはBで通しているのに対して、ボーモンはBとFを交互に使ってるわね。ガヴォットはギルバートが8+8+4のフル・ストップ。他の二人は8+8。
C:ガヴォットでのギルバートのイネガリ方はちょっといただけけませんね。きっちり3:1。これはちょっとイネガリ過ぎ。洗練された趣味とは言いがたいですな。
D:あと二人だけど、やっぱりルセはものすごいスピード。速いのが悪いってわけじゃないけど、もうちょっと余裕がないと繊細な装飾や、品のいい不均等リズムが台無しだと思うんだけど。
G:うん。逆にメヌエットはボーモンも結構速く弾いてるね。ただしここは全然イネガらない。その代わりに装飾の品がいいこと。
D:本当に短いメヌエットだけど、ボーモンの演奏は品の良さが感じられるよね。さっきもちょっと出てきたけど、全盛期のレオンハルトが持っていたような、生き生きとした自発性と繊細な趣味、この二つがボーモンの持ち味かな。経歴を見るとギルバートの弟子ってことだけど、むしろレオンハルトの粋な味わいに近いね。
G:そう言えばレオンハルトも彼にぞっこんらしくて、自分の担当している演奏解釈の講座に彼を講師として呼んだりしているらしいわよ。
C:そこらへん、学閥やら、家元制度と関係ないヨーロッパの音楽社会っていいニャー。
D:中野振一郎なんかも、日本でそこらへんを打破していく存在になるといいんだがニャ。