トン・コープマン チェンバロ・オルガン リサイタル

半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903
6つの小前奏曲 BWV.933-938
トッカータ ト長調 BWV.916
パルティータ 第3番 イ短調

フーガ ト短調 BWV.578
恵み深きイエスを迎えよ(コラール・パルティータ) BWV.768
トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565

1999年6月13日 オペラシティー



(デデのひとりごと)

いつも楽しいコープマンのリサイタル。ですが、このところ「ちょっと元気がないなぁ」という印象があって、しかも、場所がオペラシティーというわけで、一抹の不安を抱えながら出かけました。前半はチェンバロ、後半はオルガンを弾くという趣向です。えっ、あそこでチェンバロ? と、驚かれる貴兄もおられるでしょうが、心配御無用。反射音が気にならない2階上手のステージすぐ横の席です。他の人はどうなるの? そんなことはデデの知ったことじゃござんせん。まあ、聴衆も慣れてきたんでしょうか、贔屓目に見て5割ほどの入りでしたが、普通とは逆に最前列から埋まっていました。

曲目を見ておわかりの通り、バッハ名曲集といったプログラムです。いきなりクロマチックファンタジーから弾き始めるというのも勇気がいることだと思いますが、こちらも、チェンバロの音に耳がチューンナップされていない時点でこれを聴くのはちょっとなぁ。出だしの走句が一段落して、レチタティーフになるあたりから、やっと耳が慣れてきて演奏者の意図がわかるようになってきました。楽器はいつものように鈴木雅明所有のクレスベルヘン。硬質の音色でF8とB8の音色の差がはっきり出ます。ひとしきりアルペッジョのざわめきが高まり、いよいよコーダというところで、一瞬時間が凍りつきました。カプラーが入らない! レオンハルトだとここらへんで投げ遣りな演奏になってしまうんですが、この日のトンは冷静に対処してメデタシメデタシ。フーガに入り声部が重なってくるにつれ、気合いも乗ってきます。ストレッタを過ぎてベースに主題が現れるあたりは底板をぶち抜くほどの迫力。ただいつも思うんですが、この曲の演奏はデデにはイマイチしっくりこないんですニャー。特に幻想曲の走句の流れがどうも不自然だ。どこといっておかしな所はないんですが、フレーズのつながりが感じられないんですね。

小前奏曲はイタリア風コンチェルトの楽章を集めた作品。一つ一つは小品でも6つ通して弾くとかなりの大曲。クレスベルヘンの優れた機能をフルに活用して楽しい演奏でしたニャー。かなり頻繁にストップを切り替えていくので、音色を楽しむという点でも面白い演奏でした。次のトッカータはコープマンの十八番。プログラムに入っていない日でも、必ずといっていいほどアンコールに弾く曲です。イタリアンコンチェルトの形式ですが、第1楽章の華やかなスケール、第2楽章のカンタービレ、第3楽章のめくるめくパッセージ。どこを取っても「音楽の喜び」に満ちあふれた演奏でした。このフンイキを保ったままパルティータに突入。かなり長大な曲ですが、ハラハラドキドキ、聴き手に息つく暇も与えないほど。手に汗握るっていうんでしょうか。第1楽章のファンタジアは、「チェンバロはcresc.もdim.も弾けるんだよ」というトンの持論を文字通り体現した演奏。スタガーリングのばらつきがはっきり聞き取れる最弱音から、ほとんどシンフォニックといってもいいような最強音まで、自在な音色・強弱のパレットを駆使した演奏でした。バッハの書いたスケルツォは、どれもかわいらしく小粋な曲ですが、この日のスケルツォはベートーヴェンを予感させる迫力(←かなり大げさ)。

とまあ、1曲ごとにピョコンとお辞儀をするだけで、一度も袖に引っ込まずに弾き続けて1時間あまり。大変な集中力です。というか、この日はかなりハイになっていたみたい。とにかくこの日はチェンバロの演奏がメインでした。後半はこのホールのオルガンの試し弾きといった感じでしょうか。とにかくデーハーな曲を3つ。「小フーガ」と呼ばれるト短調の曲は、名前と裏腹にフルオルガンで弾く曲。ここのオルガンは初めて聴きましたが、プリシパルの響きはなかな引き締まっていて好印象。ただし、聴く場所によって受ける印象も相当違うでしょう。かなり気張ってペダルを踏んでいましたが、(“踏む”というより、これでもかぁって“踏んづける”ないし“蹴っ飛ばす”感じ)、モダンオルガンにしてはペダルストップの反応がちょい遅い気がしました。

後半2曲目のパルティータはめまぐるしくストップを切り替えて、このオルガンの全機能をトントン流儀で開陳。手前の金属管に隠れて目には全く見えませんが、木管とリード管はちょっとハスキーな音色。第2、第3変奏あたりでこの音色が好ましく響きました。ただし、オーボエかファゴット風のリード管で、2フィートないし1・3/5とかいうあたりの高次倍音がちょっとアンバランスに響いていたところがありますねぇ。あれは意図的なんだろうか? 最後はニ短調のトッカータとフーガ。「待ってました!」と大向こうから声がかかりそうですニャー。一時期に比べるとかなり装飾音は控えめになってはいますが、それでも「いつもより3割多く弾いています」って感じは健在。最初からフルストップですが、フーガのストレッタに入るところで、助手の女の子が4フィートのストップを引っ張って、もう一段パワーアップ。最後にトッカータが戻ってくるあたりは阿修羅の如くペダルのトリルを踏んづけていました。

この日の演奏は明らかにチェンバロが主役でしたが、オルガンの音色も楽しめて満足満足。コープマンの演奏は、かつてほどの奔放さはなくなったようですが、(丸くなったということでしょうか?)、それに代わって自在なテンポの揺らぎ、微妙なアゴーギクが心地よく、全体のテンポの幅もかなり大きくなったように感じました。アンコールに弾かれた「主イエス=キリスト、われ汝を呼ぶ」での、ゆったりとした、ほとんど叙情的といってもいいほどのゆとりと、「トッカータとフーガ」のエネルギーの発散。この振幅の広さがすばらしい。アンコールはもう一曲。これもお得意のスカルラッティのト長調のソナタをオルガンで。木管を主体としたレジストレーションで爽やかに。もちろんこれだけで終わるわけがありません。今度はステージに降りてチェンバロでフランス組曲第5番の“不滅の”サラバンド。ブラヴォーとスタンディング・オヴェイションを宥めるかのように、静かに静かに弾き終えました。



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