レオンハルト リサイタル

グランド・ツアー/チェンバロ編

1999年10月19日 カザルスH



(この数日やっと涼しくなってきたんでしょうか。でも、セーターを着るほどではないし、歩けば汗ばむし、何となく中途半端な気候ですニャー。猫どもは一年中着たきり雀でございますが、暑さも過ぎて、やっと正気にかえってきたたようです。終演後、カフェ・ヒルトップにて)

デデ: いやあ、レオンハルトというと、このところ演奏会のたびに、奇妙な緊張を強いられるんで、今年はパスしようかなあと思っていたんだけど、でも、今日はけっこうリラックスして聴くことができましたニャー。

ガンバ: うん。あの人の演奏というとついついステージママの気分になっちゃうんだ。

CoCo: そうですニャー。ロビーでも「もうちょっと、さらってくればいいのにねぇ」なんて言葉が飛び交うことが多くて・・・

デデ: でも今回はかなり出来がよかったね。で、ルイ・クープラン、ヴェックマン、ブルーナ、ダングルベール、エバーリン、ブラスコ、スカルラッティという曲目だけど、どう思った?

ガンバ: この人は絶対こういうプログラムの方が面白いと思う。一見はちゃめちゃだけど、いろんな作風や技巧のコントラストを楽しむ演奏会の方が向いているわ。

ブチッケ: そうですニャ。最初から終わりまでバッハだけなんて演奏会も以前はやったことがあるけど、あれはリスクが大きすぎますニャー。あの年もフランスやイタリアの作品をごちゃ混ぜにした日の方がずっと面白かったです。それで、今日の曲目ですが今ガンバが言ったみたいに、文字通り、コントラストが今日のテーマでしょう。調性を見ても、クープランの有名なパヴァーヌが嬰ヘ短調、組曲ニ長調、ヴェックマンの組曲がハ短調、トッカータ イ短調、組曲ロ短調、・・・最後のスカルラッティのソナタがロ短調、イ短調、ヘ短調。よくもまあ、これだけ無関係な調を並べたもんですニャー。これだけ調性をばらけさせるのは、かなり意図的にやらないと難しいよ。

デデ: おいらは演奏から調律法を当てることはできないけど、彼が自分でやっているからたぶんウェルクマイスターとかキルンベルガーといった、ごく月並みな調律だと思うんだ。だからこそ、かえって調性の特徴がすごく目立って面白かったニャー。最初の嬰ヘ短調のパヴァーヌはトニカがかなりグシャっとつぶれた音に聞こえるんだけど、その分、第3変奏だったかな、イ長調になって高音から降りてくる3度の和音の進行が天国的に美しく響きましたニャー。どの曲でもそうなんだけど、何分間か聴いているうちにその響きに耳が慣れてくるよね。そうなったところで、次のまったく無関係な調の曲が始まると、おやって感じになるわけ。

ブチッケ: そうそう、そこでござんすニャー。そういう驚かせ方をわざと仕掛けたんだと思われます。ところで、レオンハルトの一番乗っていた頃っていうと、やっぱり70年代から80年代の初期でしょうか。ハルモニア・ムンディやセオンに膨大な録音を残しました。いまだにこれらが繰り返し再発売になるのも、その後のディジタル時代の録音と比べても、演奏の質が飛び抜けて高いからでしょうか。あの当時、古楽をあまり聴いた経験がない人は、レオンハルトはテンポが定まらないから聴きにくいっていうような感想を持ったようですが、今日の演奏会でのテンポの揺れ方は尋常じゃなかったですニャー。

CoCo: ルイ・クープランの組曲では前奏曲を弾いている時はかなり緊張気味で、拍子がない全音符だけのこの曲もイマイチ自由闊達という境地まではいけなかったかな。ちょっと字余りが出たりして、あまり調子が良くないのかなあなんて思ったけど、弾き進むに連れてだんだんすごいことになってきたね。確かにメトロノーム的な進行じゃないと落ち着かない人は面食らうかもしれない。

ガンバ: 私はヴェックマンのトッカータの自由奔放なテンポ感が気に入ったね。ちょこっとritやaccelするっていうのと違って、小節全体が揺らめいて、小節線がギザギザになってそのうち消えちゃうような、そんな印象ね。

デデ: そう、強拍と弱拍の自然な秩序に敢えて逆らうような、リュートやギターの雰囲気を鍵盤に持ち込んだようなアゴーギクでしたニャー。調子が悪いときにはかなり指の都合が聞こえてしまうこともあったけど、今回は確かにすごくさらってきて、彼の呼吸が曲の隅々まで行き渡っている気がしました。それがよく現れていたのがダングルベールかなぁ。でも如何せん、あの楽器がねぇ。

ブチッケ: そうですニャー。おフランス中のおフランスでござんすよ。ダングルベールは。それをミートケで弾くってのはちょっとねぇ。以前は何台もチェンバロを並べて曲によって楽器を使い分けたりしたこともあったわけで、ここらへんにも経費節減の波が・・・

デデ: あれは、ギタルラの貸し楽器ですニャー。ブルース・ケネディ作のミートケって鳴りが悪いんで有名ですが、そもそも、この曲目で何でこんな楽器を使うんだろうか。バッハの財産目録に載っているというのが根拠なんでしょうが、そこまでオーセンティシティーを追求するってのもナンセンスだし。大体、今日はバッハはアンコールでしか弾かなかった。おいらはバッハを弾くんでもこの楽器は遠慮したいですニャー。

CoCo: ジャーマンというと以前はツェルがよく使われましたが、どうしちゃったのかなあ。ツェルもミートケも高度に洗練された楽器だけど、どちらかというとツェルの方が自己主張が強いのかな。ミートケはF8'とB8'との音色の差も少ないし、ボリュームはないし、箱がなっている感じが全然ないよね。

ガンバ: だからってわけでもないだろうけど、レオンハルトはすごく頻繁にレジスターをいじっていたわね。このオッサン色気づいたかなって思ったけど、そこらへんの苦労があったのかなぁ。

デデ: うん、たぶん、ホールの下手側の人や後ろの方で聴いていた人は、F8'とB8'の音色の差がわからなかったんじゃないかな。だから、途中からは、基本的にカプラーを入れっぱなしのような状態で弾いていたね。

ブチッケ: 何はともあれ、叔父さん気分良さそうに弾いていましたニャー。この人、意外に気分が表情に出ちゃう方だから、深々とお辞儀しながら、うまくいったぁって、笑いをかみ殺している様子が・・・

ガンバ: かわいらしかった? 

ブチッケ: いや不気味だった。

ガンバ: そうねぇ、トントンはうまくいった時でも、スティックしまくってグジャグジャになったときでも、いつもニコニコで、かえってポーカーフェイスなのかもしれない。レオンハルトは年とっても芸が枯れないで、色気が余計増してきた感じがしたんで、よかったよかった。

デデ: それにしても、前半だけで1時間15分弾きっぱなし。超弩級に重い演奏会でござんしたニャー。


バッハへの道

ギボンズ、ベーム、バッハの音楽

1999年10月20日 上野小H


(終演後蓬莱閣にて)

ガンバ: 今日の演奏はなかなか面白かったんじゃない。

CoCo: そうだね。三人の名演奏家の作品を並べたわけだけど、昨日がコントラストの妙を聴かせたとすると、今日は一本バックボーンが通ったプログラムでした。調性もかなりおとなしいと言える範囲に収まっていて、様式感の発展がよくわかる演奏でしたニャー。

デデ: そうそう、ルネサンス末期のおどろおどろしい隘路から抜け出て、シンプルな様式感を身につけたギボンズのファンタジア、グラウンド、パヴァンは、聴いていてホッとリラックスできる演奏でした。拍節というもののイメージが固定してきたのがいつ頃なんだかよく知らないけど、きちっと型にはまった音楽っていうのは名人芸的にはなりにくいけど、落ち着きがありますニャー。

ブチッケ: 昨日はルイ・クープランから始まって、ちょっと酩酊感というか、船酔い感というのか、それが過ぎた感もないではなかったけれど、今日は様式堅固な音楽ばかりで揺れも最小限というか、体のリズムにかなったアゴーギクだったような気がする。

デデ: ベームのコラール変奏曲「ああいかにはかなき、ああいかに虚しき」はオルガンの語法の曲だから、どうするかなと思っていたら、かなり頻繁にレジスターをいじって、音色の変化を楽しませてくれましたニャー。

ブチッケ: それと、会場が上野の小ホールに移ったのも大きいね。カザルスと違って音がよく鳴るホールだから、楽器自体の響きも昨日とは段違いだった。

ガンバ: そうね。カザルスはドライっていうか、マットって感じだもんね。

デデ: 続く組曲ハ短調はもうバッハまで数メートルってところかな。たゆたうようなアルマンド、何拍子だかよくわからないクーラント・・・

ブチッケ: うん、フランス風の組曲の様式を、本当にドイツ風に消化した結果だろうけど、いくつかの舞曲の形式上の違いをくっきりと描き分けた演奏だったと思う。バロック初期のフローベルガーなんかだと、まだ、かなり荒削りなところがあって、そこがまた別の魅力なんだけど。ベームになるともうすぐそこにバッハがいるって感じだな。

ガンバ: レオンハルトも今日はあまり緊張が顔に出ないで、リラックスしていたみたいね。今まで何度聴いたか覚えていないけど、大抵演奏者が緊張して、聴く方は妙に白けることが多かったよね。こんなにくつろいだレオンハルトは初めてじゃない?

ブチッケ: レオンハルトで聴く側がリラックスできたのは初めてじゃないかなぁ。

ガンバ: この人、本当に細部まで計算し尽くした演奏をしようとするわけだけど、今日はその計算がことごとくピッタリいった感じね。バッハのコラール変奏曲「おお神よ、汝まことなる神よ」もよかった。これもオルガンの曲だから、どうするんだろうって思ったけど、アプローチは基本的にベームのパルティータと同じだったかしら。

デデ: そうねぇ。ただベームに比べると規模もずっと大きいし、レジスターや鍵盤の弾き分けもいっそう面白かった。途中の変奏で、定旋律を8'+8'の下鍵盤、変奏を上鍵盤のF8'でやっていたけど、あそこらへんは、うん、オルガンの効果を出そうと意識していたのかなあ。それから、後半に頻繁に出てくるエコーの効果もレジスターの変化で対応していましたミャー。

ブチッケ: なんだよ。急にミャーなんて鳴いたりして。

デデ: いや、mとnを間違えただけ。

ブチッケ: ただ、オルガン曲をチェンバロでやるんだったら、もうちょっと装飾に凝っても面白かったんじゃないかと思いますニャ。

ガンバ: うん、そうねぇ。後半のファンタジアと組曲ハ短調。これもすごい演奏だったわ。ファンタジアの出だしのトッカータ風の走句を8'+8'でバリバリっと弾いた後、突然カプラーを引いて、ゆったりとしたB8'でアルペッジョを鳴らしたでしょ。あそこは、ゾクゾクしたわ。

CoCo: 最後のBWV995の組曲はチェロ組曲の5番の編曲だね。

デデ: そうそう、チェロ→リュート→チェンバロの順に編曲された最後のバージョンというわけだけど、原曲のチェロの雰囲気は全然残っていない、まったく別の作品と考えたほうが良さそうですニャ。

ガンバ: そう言えば、ビルスマもこのホールで無伴奏を何度もやったわね。

CoCo: ニャ。うん、今日の演奏だけど、囂々と音が鳴り渡るプレリュードなんざぁ、鬼気迫るものがありました。サラバンドあたりまでは、ちょっとしたアゴーギクで揺らせて楽しませてくれて・・・でもおいらが面白かったのはガヴォットかなぁ。トリオというのか、第二ガヴォットかな、あれを弾き終えて、また第一ガヴォットが戻ってきたら、今度はこれでもかってくらいに、装飾音をぶち込んで弾いていましたニャー。

デデ: うんうん、あそこは面白かったねぇ。レオンハルトの全盛期にはよくああいう弾き方をしたんだけど、この15年ぐらい、まったくと言っていいほどバッハに共感していなかったみたいで、ああいう遊び心を見せなかったですニャ。ここに来てあの豪放な演奏が戻ってきたのはうれしい限りです。

ガンバ: そう言えば、ロビーでも、「フッカーツ」なんて言葉がささやかれてたわよね。

デデ: フニャニャニャ、ニャー。


グランド・ツアー/オルガン編

1999年10月21日 カザルスH


(デデのひとりごと・・・ふにゃふにゃ)

レオンハルトのシリーズ最終日はオルガンの演奏会でした。一つ一つはほんの数分の小さな曲を十数曲。ハスラー、ジョン・ブル、ファーナビー、エアバッハ、コレーア・・・専門のオルガニストならともかく、ふむふむあの曲だなと心当たりがある方はまずいらっしゃらないでしょうから、詳細は省きます。全部17世紀の音楽ばかりですが、一見脈絡なく並べられたようでいて、オルガンの魅力をいろいろな角度から解き明かしてくれる演奏でした。

そんな中でスペインのパブロ・ブルーナの豪放な「バッターリャ」と、しっとりと歌う「ティエント」はなかなか趣深い演奏だったでしょうか。ブツブツと両手の間で繰り広げられる官能的な(?)対話を、レオンハルトは木管とリード管の微妙な対比で聴かせましたニャー。ただオルガンでは、音栓をどんなに絞ってもアーティキュレーションがぼやけてしまうんで、チェンバロに比べるとややニュアンスが伝わりにくかったでしょうか。やはりオルガンは細かいニュアンスよりも、音色そのもの、あるいは響きそのものを楽しむものなのかもしれません。ここのオルガンでは木管系と、それにレオンハルトも気に入ったらしく何度も使っていましたが、ヴォックス・フマーナがとりわけ美しいですニャー。

響きという点ではムファットのトッカータが2曲ともかなりゴージャスに鳴り響いていましたニャー。フルオルガンでブオーっと鳴ったときに、32'かあるいはひょっとしたら64'か、かなりの重低音を体に感じたんですが、あの小さなホールでそこまで必要なのかいニャー??? 天井の高さがあるわけでもないし、奥行きがあるわけでもない小さなホールにあのオルガンはちょっとばかり間尺が合わない気がしたのはデデだけでしょうか?

さすがに今日は、邪魔くさいシャンデリアは巻き上げられて天井にへばりついていましたが、むき出しのオルガンを見るとデザイン的にもかなり珍奇な姿であります。オルガンの構造部分はフランドルの絵画にでも出てきそうな雰囲気を漂わせているのに、土台部分は宮大工がおっ立てた白木の柱といった風情(もちろんコンクリ製)。ホールの角かどにちょこっと廃墟のようにへばりついている装飾はイオニア風。まさに、ポストモダンあるいは、ポスト・ポストモダン様式の完成型と言うべきでありましょう。(まさか、このオルガンのお陰で経営が傾いたんじゃないよねっ? そう言えば心持ち、オルガンの下が傾いているように見えたぞ。)

このフランドル絵画風の出入り口からこんな感じの人物が出てきて(注:あごはもうちょっと細い)自家薬籠中の音楽をさらっと弾いて聴かせてくれるわけなんですが・・・如何せん響かない。フルストップでギャオーっと鳴らしても、指を鍵盤から離した直後に音がなくなってしまう。これ、なんとも風情がないですニャー。オルガンだけじゃなくて、もうちょっとホールの音の方も何とかせい!


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