中野振一郎 チェンバロリサイタル

バッハ:パルティータ 第4番 ニ長調
バッハ:イタリア協奏曲 ヘ長調

F. クープラン:第2プレリュード、第19オルドル ニ調
F. クープラン:「偉大にして古き吟遊詩人組合の年代記」(第19オルドル ハ調より)

9月30日 オペラシティリサイタルホール


(デデのひとりごと・・・ぶつぶつ)
秋の音楽会シーズンまっ盛りですが、どうしたわけかデデはあまり印象に残る演奏会にぶち当たってニャーだ。犬も歩けば棒に当たるというのに〜。というわけで、このコラムに書くのは今日がこの秋初めて。

オペラシティーの中のリサイタルホールでの、中野振一郎のリサイタルに行って来ました。いつも思うんだけど、オペラシティーって行くのが面倒。あの新宿南口の雑踏をかき分けて、一駅だけ京王線に乗らニャーならんというのが、何とも馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

初台で降りて、Appleの本社があるオフィス棟の中の飲食店街を抜けて、地下駐車場の通路を横切り、大理石張りの豪華な通路をつつつーっと行くと、そこはトイレ。あっ、間違ったと思って、逆に向かうと楽屋口・・・

まあ、何とかホールは見つかりましたよ。こじんまりとした、でも天井が高くて響きが豊かなホールでした。座席はパイプ椅子で、200席ぐらい用意してあったでしょうか。お客さんは100人ちょっとかニャ。

今日の演奏会は前半がバッハ、後半はフランソワ・クープランと独仏の巨匠を並べた超弩級のプログラム。ステージの上には、下手側にミートケという18世紀のドイツ式チェンバロのコピーが置かれています。von Nagel製で4年前に作られたもの。上手側にはやはり18世紀のブランシェという楽器のコピー。製作者は同じです。

パルティータの4番はフランス風序曲に始まりますが、中野振一郎はこの長大な作品を、みごとにかみ砕いて聴かせてくれました。ミートケの楽器は一時期ブルース・ケネディによるコピーがよく使われましたが、それと同じくかなりギャラントな音色で、ケネディのよりも音量は多少大きめでしょうか。序曲の華やかなはずのスケールの交錯するところなど、ちょっと物足りなさはありましたが、だんだんこちらの耳が慣れてきたせいか、2曲目以降は自然に響いていたように思います。

アルマンド、クーラントといった舞曲が、ああ、ホントに踊りの曲なんだなぁとしみじみ実感できる演奏でした。でも、決して杓子定規なダンスミュージックってわけじゃない。たとえば、クーラントという曲は2拍子のようでもあり3拍子でもあり・・・これを何も考えずに弾くと、どこかで字余りな部分ができて、ぎくしゃくするんですニャ。ところが、彼の演奏はフレーズをよく分析して、2拍子の部分、3拍子的なところをきちっと描き分けていく。もちろん、ルバートもふんだんに使うんですが、それが全く不自然なところがない、普通に呼吸しているような感覚なんですね。ドイツ人が作ったフランス風の曲を、日本人がフランス風に演奏しているといったら、おわかりになるでしょうか?

2曲目のイタリア協奏曲はなかなかの聴きものでした。フルストップの下鍵盤と、フロント8の上鍵盤の使い分けがみごと。ピアノで弾くと、音の強弱にだけ頼ってのっぺらぼうな演奏になりがちな曲ですけど、チェンバロだと下鍵盤から上鍵盤へ手が移動する時間が必要なわけで、そこから自然なフレーズが浮かび上がって来るんですニャ。あらためてバッハの凄さを実感した次第です。第二楽章は左手のズーン、チャッ、チャッ、という音型のスタッカートをかなり強調しつつ、右手をたっぷりと歌って、しかも、ここでも二段鍵盤をフルに使い分けていました。

傑作だったのが第三楽章。普通に弾くテンポの倍近い速さで飛び出したでしょうか。冒頭の2つの音の間のタメがけっこう効いてくると思うんですが、ここはぎゅっと弓を引き絞る感じで、そのあと猛烈なスケールに移るわけです。ところが中野振一郎ってのはただ者じゃないわけで、そのテンポで突っ走るかと思いきや、急激なブレークが入って、フレーズをくっきりと切り分けてみせるわけですね。そう、これもドイツ人が作ったイタリア風の曲を、日本人がフランス風に弾いて見せた、という感じでしょうか。デデはすごく面白いと思ったんですが、人によってはかなり評価が分かれるところかもしれません。

この日の後半はフランソワ・クープランの組曲(オルドル)を2曲。クープランは日本にも熱烈なファンがいるみたいで(特にご自分で演奏なさる方)、チェンバロというとクープランということになりがちなんですが、デデはどうも苦手。ポルトレ(肖像画)と呼ばれる、意味不明な人の名前や、職業や、人物の性格などがずらっと並んだ曲集ってのはどうも取っつきにくい。でも今日弾かれた曲は比較的題名と曲の内容が結びつきやすいものが多かったでしょうか。

第19オルドルは、「善男善女、あるいは小屋芝居のひとこま」、「善女」、「生娘」・・・なんてな曲が7曲並んでいます。ブランシェのコピー楽器は、前半に使ったジャーマンに比べると、響きが豊かでしかも繊細な表現ができる楽器です。調律のせいもあるでしょうが、和音の響きがとてもきれいな楽器でした。繊細な曲には細やかな表情がよりそい、豪快な曲にはダイナミックな和音が轟き渡る。そんな強弱の表現が可能な、大変優れた楽器だと思われます。そう、チェンバロでもちゃんと強弱は出せるんですニャー。

最後の第11オルドルはかなり面白い曲が並んでいました。「偉大にして古き吟遊詩人組合の年代記」と題されたオルドルで、ストリートミュジシャンの「組合」が宮廷楽士の組合に登録しようとする、ドタバタ劇であります。まあ、要するに、野良ネコが家ネコに成り上がろうとするようなものと考えればよろしいでしょう。

最初はかなり荘重な、偉そうな、でも、ズッコケ調の行進曲。2曲目はハーディーガーディ弾きと乞食。これは左手をドローンにして、右手がエゲツナイ演歌調(?)のメロディを奏でます。ここら辺のエゲツナさはさすがに中野振一郎君の真骨頂です。その後も熊やら猿やらヨッパさんやら、とにかくイカガワシイ連中がわんさか登場して、猛烈なスピードの第5曲で大団円。このスピード感はすごいです。そうそうプログラムでは4曲目が「・・・組合お抱えの不自由な人たち」とありましたが、やっぱりこうした過去の音楽作品の題名にも、いわゆる“poltical corrctness”ってのが幅を効かせてるんだろうか。「ちんば」とか「びっこ」って言えば音楽の内容を一番適切に表現していると思うんだがニャ。



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