アンドルー・マンゼ、リチャード・エガー
2008年6月11日 トッパンホール

「レ・プレジール」
2008年7月3日 武蔵野市民文化会館

桐山建志、大塚直哉
2008年7月5日 横浜市栄区民センター リリスホール


デデ: 6月から7月の始めにかけて、3つほど連続してヴァイオリンの演奏会に出かけました。三者三様、それぞれに特徴が異なって、いずれも面白い演奏だったかなぁとは思うんですが。まず、6月のマンゼはどうだったでしょうか。チェンバロがリチャード・エガーで、曲目はバッハのソナタ、コレッリ、パンドルフィ・メアリ、ビーバーなどなど。

ガンバ: うん、まあ楽しかったかな。結構技巧的な曲を選んでいたみたいだけど、良くも悪くもイギリス人らしい、几帳面な演奏だったよね。

CoCo: そこだねぇ。もちろん二人とも非常に高度な技巧を持ってはいるんだけど、一見、ほほえましい家庭奏楽図のような雰囲気で、まあ、そういうのを望んでいる人を十分に満足させる演奏だった。チェンバロのエガーが椅子に横座りになって、一生懸命ヴァイオリンに合図を送り、マンゼもフレーズごとにチェンバロを見て合図を返すといった具合で、非常に親密な演奏のように見えましたねぇ。

ブチッケ: そもそもそうやって、アンサンブルをやる癖があるのかもしれないけどねぇ…
ありゃお客席から見ていて、ちょっとなんですニャー、薄気味悪い!
頻繁にアイコンタクトをしなければならなかったのは、一つにはチェンバロがあまりにもお粗末な音だったせいかなぁ、なんて思うんですが。あのしょっちゅう演奏会に登場するギタルラの貸し楽器(ケネディ作のジャーマン)が、前にも増して貧相な響きになっちまって。あれじゃステージの上の二人とも、チェンバロの音なんかほとんど聞こえてなかったでしょ。ヴァイオリンの音に完全にかき消されていた。

ガンバ: 確かにあの楽器はひどいよねぇ。タッチが凄く軽いんで、あれを好む演奏者もいるらしいけど、ちったぁ金を払って聞きに来る客のことも考えて欲しいね。

CoCo: デデが以前言ってたけど、確かに演奏者がどんなにレジスターをいじろうと、手が上下の鍵盤を行き来しようと、音色を聞き分けられるのは前から4列目までの人限定ですニャー。

デデ: トッパンてそう悪いホールじゃないとは思うんだけど、チェンバロソロの「半音階的幻想曲とフーガ」のフーガを、8+8+4で目一杯鳴らしたつもりでも、並のチェンバロの8一本の迫力すら感じられなかったね。まあ、マンゼはみんなが言ったような感じで、ちょっと古風な、ほんわかとした癒し系の演奏だったわけですが、7月3日に聞いた「レ・プレジール」、これは現代の古楽演奏の最先端を行く演奏だったと思うけど。

ガンバ: くっそ暑くなって、しかも武蔵野まで〜〜〜〜〜〜? と、ちょいめげていたんだけど、これはわざわざ遠くまで出かけただけの価値のある演奏でしたニャー (=^^=)ノ

ブチッケ: え〜とグループの名称ですが、「レ・プレジール・デュ・パルナッス」それをなぜか(武蔵野の人が?)縮めて「レ・プレジール」。ヴァイオリンがダヴィド・プランディエ、チェロがマーヤ・アムライン、テオルボが野入志津子、キーボードがアンドレア・マルキオールというインターナショナルな豪華な顔ぶれ。プランティエはカフェ・ツィマーマンでもコンマスだったよね。確か。

ガンバ: それからアンサンブル415なんかでもギコギコ擦っていたと思う。切れ味があってテクニック抜群てイメージがあったけど、確かに凄かった。曲目も超絶技巧の作品ばかり並べて、聞き手を圧倒した感じ。ヴァルターの組曲とセレナータ、ヴェストホフ(ヴェストフ)のソナタを2曲。チェンバロのソロでバッハのトッカータ、テオルボソロでヴァイス。

CoCo: いやなかなか盛りだくさんなプログラムでした。ヴァルターとヴェストホフはビーバーとほぼ同時代に、同じドレスデンの宮廷で活躍したヴァイオリニスト。ただしビーバーほど抹香臭くなくて、形式がより自由な感じがするよね。特にヴェストホフは史上初めて無伴奏ヴァイオリンの曲集を出版したとかで、かなりの技巧派。聞いていると通奏低音もものすごく技巧的に作られていたでしょ。

ガンバ: それよぉ。あのチェロがうまかったわねぇ。どんなに細かい音でもよく鳴らして、気持ちいいチェロだった。今年はいろんなチェリストを聞いたし、どれも技術的にはかなり上手だったと思うけど、このチェロは一番かもね。

デデ: でヴェストホフですが、組曲の形式じゃなくてイタリア風のソナタの形式で作曲したみたいですが、でもより自由。コレッリよりも自由な感じがしますね。時にビーバー風のメディテーションに陥ったりしますが、基本的にはイタリアンカラーでしょうか。それにしても、ダブルストップの連続で、演奏者は大変でしょうねぇ。三重音がずっと連なっているところもあったりして…だけど、曲芸じゃなくて音楽的にもものすごく面白かった。

ブチッケ: ヴァイオリンのプランティエっていう人は確かに音楽的にもとてもファンタジー溢れる演奏をしていたけど、このグループの演奏の特徴は、なんといっても通奏低音でしょう。チェロもうまいし、ポジティフとチェンバロの間を行ったり来たりして、すてきな合いの手を入れていたマルキオールというキーボードもよかったよねぇ。

デデ: ソロ一人に対して、低音が3人というのは豪華ですねぇ。大オーケストラにも匹敵するほどの迫力がありました。チェンバロ弾きもうまかったけど、テオルボの入野っていう人、これはなかなかのものじゃないかと思うんですニャー (=^^=)
実は影の実力者。ドン。総理。

ガンバ: うん、総理とか大統領ってのはほめ言葉じゃなくなって久しいけど、まあ、通奏低音のリーダーとして全体の響きを作っていたのは彼女かもしれない。そんな感じがする。それから最後に演奏されたヴァルターのセレナータだけど…副題が、「1本のヴァイオリンによるヴァイオリン合奏、オルガンのトレモロ、ギター、バグパイプ、トロンボーンとティンパニのデュオ、ハーディーガーディ、ハープのセレナータ」。わけがわかんない編成に見えますが、これ実はすべて4人でやってしまうという趣向。まあヴァイオリンを胸に抱えて、ギターやマンドリンのまねをするくらいは想像できるけど…

デデ: へへへ、そうだよねぇ。みごとな表現力というのか、みんななりきっていましたねぇ。
それからこの日のチェンバロは、プレスリーの「ブルー・ハワイ」って雰囲気。見た目ですよ。真っ白なボディに金箔キンキラキンの装飾。音楽的見地からすれば、楽器ですから、音がよけりゃ見た目はどうでもいい。木地仕上げの地味な楽器もあれば、日蓮宗の仏壇みたいに絢爛豪華な楽器が登場することだってあります。そこらへんは、製作者なり所有者の美意識と自己顕示欲と自己満足の問題であって、客には関係のないこと。もう少し、厳密かつ大雑把な言い方をすれば、要するに美的センスの問題。で、この楽器は視覚的にはかなりデーハーな部類でしたが、音もなかなかよろしかったです。この前の(マンゼの時の)楽器がひどすぎたっていうことを差し引いても、フレンチの楽器としてはよくできていたと思います。

ブチッケ: 最後に、桐山建志のリサイタル。この人は古楽の人にしちゃ実に大らかな音色のヴァイオリンですニャ。

ガンバ: なんで横浜の外れまでわざわざ出かけたかっていうと、ちょっと説明が必要でして…まあ、さる弦楽器製作者の楽器を使って桐山が演奏会をやるという趣向だったわけですニャ。東京ではこの人最近バッハばっかり弾いてるんで、ちょっと違うプログラムを聞きたいニャーということで、リリスなんていう名前も初めて聞くホールまで出張ってきたわけです。

CoCo: 池袋から1時間。大船で乗り換えて4分。便利にはなりましたけど、遠いのは確かですニャ。ホールは最近できた郊外のコミュニティセンターといった感じの総合施設の中にあって、席数300のこぢんまりとしたところでした。ステージが一番低いところにあって、客席が急角度にせり上がっている(メッツのアーセナルのような感じ)なかなか音にも配慮した作りで好感が持てました。ただ駅の周辺は巨大な団地。他にはめぼしいものは何もないところです。

デデ: で、結果的にはここまで出かけたのが大当たり。ホールの響きはそこそこだったと思いますが、やはり楽器がよかったねぇ。マンゼの時は、あまりにもバランスが悪くて、なんでヴァイオリンの音を抑えないんだろうって不思議に思ったけど、この日の桐山はもともと輝かしく線の太い音の持ち主が目一杯鳴らしていた感じがしました。それでも大塚のチェンバロがしっかりと受け止めて、さらに熱い火花を散らす演奏になりました。最後に弾かれたバッハのソナタは、やっぱりこうじゃなくっちゃねぇって、しみじみ思いましたよ。

ガンバ: そうなのよぉ。トリオソナタの書法で作られている曲なのに、マンゼの時にはヴァイオリンのソロの背後で、チャランコ・チャランコとなにやら貧相な音が鳴ってるって雰囲気だったでしょ。今日の演奏は全然ちがうのよねぇ。二人が丁々発止と渡り合っている、その音の洪水をもろに受けて、聞き手も思わず身を乗り出してしまうような迫力だったわ。

ブチッケ: 一曲目のヘンデルのソナタから、桐山独特の古楽器にしては息の長いフレージングと艶やかな音色がよくマッチしていました。楽器自体はまだ若いものだそうで、ポテンシャルが全開になるにはもう数年かかるのかなって気がしましたが、でもバッハやヘンデルでよく歌う演奏ってのはそれ自体、現代では希少価値。かな? どうも一時期極限まで短いフレージングの演奏が大流行して、その揺り戻しが来ているってことかもしれないけど。

CoCo: うん、わかる。フレーズ、アーティキュレーションがどんどん短くなって、その分音楽の喜び、楽しさ、美しさが減っていった時期があったよね。音楽のアプローチの仕方は、桐山はマンゼとは正反対かもしれない。で、そのよく歌う、よく鳴らすヴァイオリンが、この日のチェンバロとベストマッチだったじゃない。え〜と、加屋野作のチェンバロだったけど、ギタルラの貸し楽器とは好対照で、これがまた大らかによく鳴るチェンバロ。レジスターごとの音色の差もくっきりとしていて、演奏者の意図がはっきりと客席で聞き取れるすばらしい楽器でした。まあ、およそ飾り気はないし、形そのものがかなり不格好でしたが。たぶん武久源造がよく使っていた楽器だと思うんだけど、どうだろう。

デデ: そうそう、多分そうだよね。塗装をやり直したんじゃないかな。見た目は全く違うけど、同じ楽器だと思う。バッハを弾くときには特に、楽器の選択が重要なのよぉ。まあ、何を弾くんでも同じように重要だけど。この日は、ヴァイオリンの他に、やはり新作のヴィオラでグラウンという人のソナタ、ヴィヴァルディのチェロソナタなども演奏しましたが、これはどうだっただろう。

ガンバ: グラウンはロココかな、エマヌエル・バッハに近いかなって感じだったけど、作品自体はとりたてて印象には残らなかったなぁ。むしろ後半に弾いたヴィヴァルディのチェロソナタをヴィオラ用に編曲したのは、なかなか音の広がりを感じさせてくれたと思う。

デデ: というわけで、なかなか実り多い横浜遠征でございました、ニャ?



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