ベゴーニャ・オラビデ&ムデハル

ルネサンス期スペイン音楽に刻まれたアル=アンダルースの名残り
――中世イスラム社会に由来する歌とバラッド――

ベゴーニャ・オラビデ/サルテリオ、カヌーン、歌
ラミロ・アムサテギ/ウード
ダニエル・カランサ/ビウエラ
カルロス・パニアグア/パーカッション、他

2000年1月26日 カザルスホール


(またちょっと寒くなってきました。お茶の水橋の上はプルプル。終演後、カフェ・ヒルトップにて)

デデ: ううちゃっぷい。ねぇちゃん、ウィスキー・ティーね。それにポタージュ一杯、うんと温めてくれっ。

ガンバ: なんて注文の仕方するの。

CoCo: いいじゃないか。暖まるぜぃ。

ブチッケ: そんじゃ、おいらも同じのを。
いやあ、今日のグループはんめかったニャー。ずいぶん前からCDをバンバン出していて、ちょっと気になる連中だったけど、やっぱり実力派でござんしたニャ。

デデ: 一言でまとめると、オラビデがリーダーで、歌を歌いつつ、サルテリオをかき鳴らすっていうグループですニャ。

ガンバ: まとめすぎです。まず、サルテリオとかカヌーンというのは、チターの類ね。日本で言えば琴に近いかしら?

デデ: まさに琴ですね。ただ、日本や中国の琴はくり抜きだけど、西洋のは一応ワクの中に響板が張ってあります。形はやや側面が徳利状にカーブした三角形のと、ダブルベント・ハープシコードにそっくりなやつとありましたニャ。それを膝の上に乗っけて、両手でかき鳴らすわけですが、指先の感じは日本や中国の琴とそっくりですニャー。爪をはめた指で弾くと鋭い音、爪をつけない指や左手で弾くと柔らかい音が出ます。チェンバロ状の方は膝の右側に(チェンバロなら)ピン板や鍵盤が来る向きにして弾きます。ただし、よく見ると、この右側の方が駒になっていましたニャ。側板がナットになっていて、ピンは側板に打ち込んでありました。三角形のチターの方も原理は同じでした。

ブチッケ: 各コース弦がたぶん3本で、明るい音。ギターやハープに似たような音でしたニャ。ディアトニックに調律して、音域は2オクターブぐらいだったですかニャ? 華やかなアルペッジョやグリッサンドをかき鳴らすかと思えば、哀愁ある旋律を歌ったりして、なかなかに表現力のある楽器でした。

デデ: オラビデがリーダーで、カルロス・パニアグアが旦那。「♪だ〜〜んな、こっちむいてちょうだ〜〜いな♪」

ガンバ: 「ダイナ」でしょ。

デデ: わかったぁ? パニアグア・ファミリーは実に才能溢れる一族で、長兄(グレゴリオ)が詐欺師。末弟(エドゥアルド)がカンティガ歌い。そして今日登場したカルロスが、楽器製作家。

CoCo: すばらしい! 

デデ: 今日使った楽器もカルロスが一手に製作したらしい。ビウエラだけは、去年来日した、ホセ・ミゲル・モレノの夫人が作ったとかって話でしたニャー。今日は中世末期からルネサンスにかけての音楽ですから、弟のカンティガのグループとは違って、和声の充実した曲もかなりありました。コンセプトとしては、スペイン音楽の重層性というんでしょうか。つまり、ヨーロッパ的なものだけじゃなくて、アラブ=イスラムやユダヤの影響下に生まれた、我々の耳からすればかなり土俗的音楽を再現するということなんでしょう。

ガンバ: そうそう、この時期のスペインって、ヨーロッパと言うよりは、ほぼアフリカと言った方がわかりやすいかもしれないわね。

ブチッケ: さようでござんすな。そういう意味では今日演奏された14曲のうち4曲が、もろにアラブの伝承でしたニャ。最初に歌われた「私の小さな心に同情しておくれ」は、今ではたぶんモロッコあたりに残っているヌバの形式です。器楽も歌もかなり技巧的ですが、どこか哀愁を湛えた歌でしたニャー。

CoCo: ヌチャ・ヌチャっていういかにもスペイン風の、あるいはフラメンコ風の手拍子を交えながら、ひとしきりサルテリオをかき鳴らしたあと、すーっとオラビデの歌声が入ってきましたが、カークビーのような天使の歌声というのとはちょっと違う。もうちょっと芯の太いアルトですねぇ。そう、サバールの奥さんをアルトにしたような感じでしたか? 素直に伸びてしかも自然に語る、あるいは楽しげに民謡でも歌うような声でした。

ガンバ: ビブラートがほとんどなくて、しかも音程がピタッと決まっている。すごいね。

デデ: それが、鼻歌を歌うような、あるいは、小唄か端唄、新内の雰囲気かなぁ。小節をを交えて歌っていく様子は、ちょっとエキゾチックでした。それに、すごい美人!

ブチッケ: オルティスのようなスペインものの定番も演奏されたけど、これもサバールのところのように、ずっしりと響く音楽ではなくて、やや軽め。今日はガンバがいなかったということも・・・

ガンバ: あたいは、ここにいます。

ブチッケ: そうじゃなくて、ガンバ弾きがいなかったってこともあるけど、なんとウードとビウエラでオルティスをやったりして。これは、うん、なかなか面白い試みでした。

デデ: うん。ウードってぇのは、リュートの祖先と言っていいのかな。アラブ系統の楽器だけど、リュートよりはずっと野太い音がしていいねぇ。日本の楽器にたとえると、太棹か、琵琶かな。もっとも、正倉院の琵琶って言われているやつは、シルクロードを渡ってきた、正真正銘のウードだけど。こういう東洋風の楽器と、ヨーロッパのアフリカ(スペイン)で発達したビウエラ(ギター)とが掛け合うっていうのも面白い発想だし、そもそも、15〜16世紀ごろには普通におこなわれていたことなんでしょうニャー。

CoCo: 今日のプログラムのもう一つのカテゴリーは、アラブの影響下で生まれたスペイン風の音楽。これはもともと、アラブ=イスラムの音楽だったんでしょうが、それをヨーロッパ人の側が取り込んでできあがった音楽といってもいいんだろうか、ね?

ブチッケ: そうですニャ。まあ、アルフォンソ10世のカンティガなんぞも、その一種なんでしょうが、まあ、イスラムとバテレンが混在していた社会ですから、この、何と言いましょうか、“混じり合う”ということがごく普通にあったんでしょうなぁ。これがまた、実に独特な味を出しております。おいらも白と黒が混じっております。

ガンバ: どこかの国みたいに“万世一系”やら“単一民族”にこだわっていては、この味はでません。

デデ: ですニャー。さきほどの、ウードとビウエラの合奏じゃないけど、まあ、そういった、いわば“素材”を自由に加工して、うまく聞かせてくれました。プレゼンテーションとしてもかなり面白かったと思いますニャ。パーカツのカルロスは、どちらかというとかなり地味な叩きかたでしたが、しかし、うまいですニャー。民族的なリズムとアクセントが、体に染み込んでいるっていうのか、パーカツをしみじみ聞かせてくれました。単純なメロディーとリズムから始まって、カルロスの打ち物に触発されて、全体がどんどん熱を帯びてくる。そして、合奏の中からソロが飛び出してきて・・・ちょうど、ジャズのジャムセッションのように、「ビウエラ。ダニエル・カランサ!」ジャンジャカ・ジャカジャカ♪〜、って感じがありましたニャー。ひとしきりソロを弾くと、次のソロ楽器が飛び出してくる。

ブチッケ: ハープコンソートとか、えーと、つのだたかしのタブと一番の相違点は、しっかりとしたバックグラウンドがあるってところでしょうか。全員が自分たちの音楽だって、したたかな自信を持ってやっていますニャ。単に民族的なだけでは普遍性を持ち得ないですが、きちっと消化して、プレゼンテーションまで考え抜いて持ってくると、これは説得力が出ますニャー。

デデ: 単なるショーピースという曲は一つもありませんでしたが、民族的なバックグラウンドに誇りを持っているんでしょうねぇ。こちらの血液もいつの間にか、沸々とわき上がってくるような感じを覚えました。一瞬にして燃え上がるような、パフォーマンスとはまた別の次元で、すごく充実した音楽でした。

CoCo: ところで、ステージの中央にアラブ風の絨毯が敷いてありましたが、あれは何か意味があったのかなぁ?ハープコンソートの連中みたいに、あの上でトンボでも切るのかと思っておりましたが。

ガンバ: あれねぇ。たぶん、絨毯のセールスも兼ねて日本に来たのかと・・・

デデ: それにしても、演奏会がカザルスホールで1回だけってのは、残念ですニャー。これで絨毯が売れないと帰りのヒコーキ代が・・・

ガンバ: CDはすごく売れていたわよ。開演前から、売場は黒山の人だかりで。

ブチッケ: そうでした。お客さんも、ちょんまげスタイルのワールドミュージック系の、いわゆる“みゅーじしゃん”というんですか、あの手の連中がかなり押し掛けていましたです。

CoCo: そちらの方面からオラビデを聞こうとする人も多そうですニャー。


ところで、昨年のハープコンソートで売っていた歌詞の翻訳のひどさについては、先にも触れましたが、今回はきちんとした翻訳が渡されました(濱田滋郎訳)。しかも無料! どうなっているんでしょうねぇ。

(昨年の松田啓子なる人物の訳)
ムーアの王は
グラナーダの町を
「自業自得だ、王よ、
王よ、自業自得だった。」
ああ、アラーマよ!

(濱田滋郎訳)
モーロの王がそぞろ歩んでいた
グラナダの町並みを。
そこへ手紙がとどいてきた
グラナダがのっとられたと。
---ああ、わがアラーマ!
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そこで語るは、とある白ひげを
濃く蓄えた法学士
「名君よ、あなたには
ごくふさわしい事の成りゆき」
---ああ、わがアラーマ!
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