バッハ/無伴奏チェロ組曲全曲

ヨーヨー・マ

2000年11月6日 サントリーH


(赤坂の夜はふけてぇ〜〜、チャイナタウンの一角にて卓を囲める猫ども)

デデ:  まずビールね。

ガンバ:  ふが〜。あたいはspring rollね。

CoCo:  何だい、そりゃ?

ガンバ:  春巻きよぉ。知らないのぉ。

CoCo:  じゃおいらはフカヒレの姿煮!

ガンバ:  あっ。じゃあ今日はあんたのおごりね。みんないいでしょ〜。

ブチッケ:  それでは、あっしは、トンボーロー。

ガンバ:  それからジェリー・フィッシュの前菜に、鶏肉とカシューナッツの炒め物に・・・

CoCo:  おいおい、そんなに食えるの? やっぱり中華は餃子が基本です。はい、お姉さん餃子4つね。

ガンバ:  な〜んだぁ〜。

デデ:  いやあ、今日はさすがに疲れましたニャー。

ブチッケ:  うん。3時半に始まって、休憩を挟みながら最後の6番を弾き終わったときには9時になっていましたニャ。

ガンバ:  月曜の昼間の演奏会なんてお客さん来るのかなあって思ったけど、かなり入っていたわね。

デデ:  ですニャ。やっぱり、コマーシャルに出ると客が集まるんでしょう。ところで、ついこの間ヨーヨー・マの無伴奏を聞いたような気がしていたんだけど、92年だったっていうから、もう8年前だったんだねぇ。

ガンバ:  そうそう、あの時も1日で全曲弾いて、しかも途中の休憩時間が短かったから、お腹が空いちゃってぇ・・・

CoCo:  そうでしたニャ。あの時はマが古楽の奏法に関心を寄せ始めた頃でしたか、モダンのチェロを半音下げて弾いていましたけど、今回はまたモダンのピッチに戻していました。

デデ:  もうちょっとそこらあたりの経緯を辿ってみると、94年頃から97年あたりにかけて、無伴奏の2度目の録音をしていますね。これは確かピッチはバロックのピッチだったでしょうか。最初の録音に較べると、最初の方は伝統的な巨匠タイプの演奏で、かなり力が入っていましたニャー。新録音は肩の力が抜けて、飄々とした感じ。しかも中国の胡弓のように息の長い悠然としたフレーズの作りが特徴的で、それはそれで、楽しめる演奏でした。その後、楽器を本格的にバロックコンディションに戻して、コープマンとボッケリーニのコンチェルトを録音しましたニャー。

ブチッケ:  うん。あの録音の際には、ヤープ・テル・リンデンがマに古楽の奏法を伝授したそうですが、あそこらへんから一皮むけた感じがありますです。息の長い歌は相変わらずですが、音色が一段と磨かれてきて、しかも大きなフレーズの中にもっと細かなニュアンスが込められるようになってきました。

ガンバ:  そうね。今日の無伴奏もそこらへんの体験が生きているんでしょうし、それから多分、楽譜ももう一度丁寧に読み直したんじゃないかなっていうところが、随所に聞き取れたような気がするわ。一番のプレリュード。まだ楽器は鳴っていなかったけど、かなりゆったりしたテンポで、拍節、小節線を感じさせない出だし。

CoCo:  16分音符がずらーっと続くわけですが、頭の音にアクセント、同じフレーズが二度出てきたら1度目はフォルテ、2度目はピアノといった紋切り型のニュアンス付けとはまったく無縁の演奏でしたニャー。マが捉えている一つのフレーズはもっともっと息が長くて、融通無碍。型にはまった繰り返しは絶対にないし、16分音符であるとか、あるいは4拍子であるとか、そういったことすら忘れてしまうような感じだったね。

デデ:  それがもっとはっきりしてきたのは、アルマンド以下の舞曲の楽章。さすがにもうアルマンドに入ると、チェロの鳴りも全開になって、饒舌な語り口も一段と滑らかになってきたように思うんだけど、それにしてもフレーズの捉え方が面白かったねぇ。アレは舞曲のリズム感というのともちょっと違うような気がするんだけど。そう、ホントに小節線とか拍節にとらわれないフレーズの捕まえ方、五線譜からこれだけ自由になれるんだよっていうところかな。

ガンバ:  あたいはねぇ、4番、5番のプレリュードなんかすごかったと思うな。4番の方は1番に較べても譜面上は一層単純な音符が並んでいるでしょ。あの音符の羅列から自在な表現の可能性を見つけだすってだけでも大変なことだと思うんだけど、それを楽しく聞かせてくれるというのはすごい。よく言われることだけど、歌うというよりも語るバッハね。5番のプレリュードの方は、比較的歌いやすい。あるいは演奏の形はつけやすいかな。でも、そうした常識的な意味での歌とはまったく違う歌を歌ってくれたね。

ブチッケ:  そうでげすな。歌は歌だけど、アリアじゃない。レチタティーヴォといった方がわかりやすいかな。何の物語かはわからなかったけど、物語を語っていたね。ゆったりとした楽章では息の長い物語。クーラントやジグでは何やら賑やかなおしゃべりに聞こえたんだが。

デデ:  歌とは違う歌っていう意味、よくわかりますニャ。すごく息が長いんだけど、別にレガートで弾ききるってわけじゃない。ビラビラのビブラートを付けて、いかにも浸りきっていますっていう歌でもない。もう少し客観的に曲の全体像を見渡して、そこから遡って個々のフレーズやら、フレーズの中の細かなニュアンスを決めていくっていうやり方かな。さっきちょっと出てきたんだけど、特に舞曲の扱いね。あれは面白かったねぇ。アルマンドは確かにアルマンド、メヌエットは紛れもなくメヌエットなんだけど・・・

CoCo:  あれで踊れるかっていうとちょっと疑問あり?

デデ:  そうそう。確かに無伴奏チェロで踊った人はかなり数少なかったであろう、という研究もありますが。

ガンバ:  どこに?

デデ:  まあまあ。でもさぁ、何だっけ、確か女性の名前が付いているストラディヴァリのチェロだけど、あれを抱えて弾きながら、踊り出しそうな感じもしましたニャ。サラバンドなんかしっとりとしたチークダンスだったりして。音楽を聞きながらその様子を想像していたら、あの、ローラン・プティが振り付けたコッペリアを思い出してしまって。

ガンバ:  あ、あの、人形を抱きかかえながら一人で踊るやつね。ふふふ。うん、その感じあるね。

CoCo:  でも、マの場合には、拍節から自由になりすぎていて、ステップは合わせにくいだろうねぇ。それとも、踊りのステップは小節線とはあまり関わりがなかったのかな。おいらはサラバンドのゆったりと、たゆたうような語りが気に入ったね。5番のサラバンドなんか、和音さえ書き込まれていないでしょ。それでも、トリオソナタをやっているみたいに聞こえるんだよね。

ガンバ:  それよぉ。重音が書き込まれていない曲でも、複数の声部がはっきりと聞き取れるのよね。まして、ガヴォットみたいに重音が書き込まれている曲だと、頭の重音から点点々・・・ときて、ここの音につながって、それから・・・っていうのがすごくよくわかるのよねぇ。

CoCo:  そういえば6番のガヴォットはすごかったですニャー。かなりアップテンポで、しかも熱演じゃない。すごく軽く弾いてしかも重層的な構造を聞かせてくれて。頭の和音は、ホントに短いスタッカートのように弾いたりして。ほとんどピツィカートのような響きだったね。

デデ:  各曲のジグもそれぞれに工夫が凝らされていて、楽しかったですニャー。1番のように賑やかに弾ききるかと思えば、5番のように静かに静かにふっっっと消え入るように終わったりして。

ガンバ:  5番のジグを弾き終えた後の長ーい沈黙。あれには凄みを感じました。でもこうやって1番から番号順に聞いてみると、やっぱり6番てすごい傑作ね。

ブチッケ:  1番から5番までの暗い森をさまよって、ふっと明るい草地に飛び出したような、そんな感じもしますニャ。

デデ:  技術的にも一段上のものが要求される曲なんでしょうし、だいたいヴィオラポムポーザでしたっけ、その楽器自体が現存しないから、4弦のチェロで弾くのはかなり大変でしょうね。古楽の人だと5弦のチェロで代用する人もいますが。これだとかなり弾きやすいのかな? それはともかく、2回目の録音と比べても、かなり変化していることが感じられました。やはり、古楽の奏法を知った上で、モダンを使った演奏と言えるのではないでしょうか。

ガンバ:  いや、それにしても凄かったぁ。一日で全曲弾いて、しかもまったく涼しい顔。髪振り乱し、汗を飛び散らせて熱演するっていうのは、この人には相応しくないわね。何やっても、平然としている。なんだかバッハの無伴奏って曲が、すご〜く簡単な曲みたいに思えちゃうのよね。マが弾くと。

ブチッケ:  そうですニャー。きっと、日常的におしゃべりしたりするのと同じ感覚で、チェロでも話ができるんですニャー。この人は。

デデ:  ところで、月曜の昼という時間帯についてはどうよ。

CoCo:  昼の部は、歌舞伎座、演舞場の客席が赤坂に移動してきた雰囲気でしたニャー。8割方オバサマ、双眼鏡を手にして。携帯電話だか、腕時計だか凄まじかったですな。それに脂粉のかほりと言うんでしょうか。あれも強烈。なかなかいろいろな意味で刺激に満ちた演奏会ではありました。

ブチッケ:  そうねぇ。もうちょっとで、お弁当開いて喰いだしそうなオバサマもおりましたニャ。「杉良太郎」演舞場公演って雰囲気だったかな。テレビコマーシャルの効果って絶大ですニャー。

デデ:  8年前の時は、確か当日券もあったし、満席じゃなかったし、まして、ステージ裏の席なんか、客を入れてなかったよね。



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