ヒロ・クロサキのバッハ

「音楽の捧げもの」から
・3声のリチェルカーレ
・無限カノン
・螺旋カノン
・フーガ・カノニカ

ソナタ ハ短調 BWV 1017

ソナタ ト長調 BWV 1021

「音楽の捧げもの」から
・トリオソナタ

ヴァイオリン: ヒロ・クロサキ
チェンバロ: ヴォルフガング・グリュクサム
トラヴェルソ: 中村忠


2000年11月10日 津田H


デデ: そろそろ外苑のイチョウもちょこっとだけ、色気づいてきたんでしょうか。

ガンバ: ん? 「色づいてきた」ってこと? 暗かったから、よくわかんない。

CoCo: ケヤキは突然茶色くなっちましたにゃー。

ブチッケ: そう言えば、デデもすっかり茶色くなっちゃって。

デデ: これは地です。さてさて、2年ぶりのヒロ・クロサキでした。前回はベートーヴェンばっかという、まあ、はっきり言うとちょっとがっかりなプログラムだったんで、皆さまの心の内には多少のわだかまりがあったのでは?

ガンバ: ウニャー。ヒロ・クロサキだったらやっぱり、バロック・プロパーで攻めて欲しいものよね。

デデ: という、ガンバさんの期待が通じたのか、今回はバッハばっか。

CoCo: これもねぇ。バッハイヤーとかいうことで、呼び屋のリクエストもあるんでしょうが、こういう極端なプログラムも、出掛けるまではちょっと気が重かったです。でも・・・

ブチッケ: いやあ、しみじみよかったでげすニャー。言っちゃぁなんだが、あっしは「音楽の捧げもの」ってぇのは、でぇきれぇで。実演でまともな音楽になっているのを聞いたことがねぇんだ。だから今日もちょっとねぇ。行こうか行くまいかかなり躊躇したんだが・・・

ガンバ: 聞いてよかったでしょ?

ブチッケ: うん。3声のリチェルカーレはかなりゆったりとしたテンポで入って、装飾もたっぷり。各声部の頭にちょいとアクセントを利かせたりして、小粋な演奏でしたニャ。

デデ: ギンギンのジャーマンのチェンバロが、華やかなプロイセンの宮廷の雰囲気を醸し出していたでしょうか。かなり鳴りのいい楽器でしたニャ。やっぱり、バッハはこういうデーハーな楽器でギャンギャン鳴らさないと、いまいち面白さに欠けるです。

ガンバ: どうしたの? タラちゃんみたいになっちゃって。えーと、何曲かのカノンのうちで一番印象に残ったのは、螺旋カノンかなあ。

CoCo: うんうん。あれね。繰り返すたびに全音音階的にキーが2度ずつ上がっていくカノンだけど、ちょっと衝撃的だった。ヴァイオリンの調弦の様子を見ていたら、たぶんヴェルクマイスターのようなごく普通の調律だったように思えたんだけど、嬰ト短調、変ロ短調あたりまで行っても、和音が潰れないんだよねぇ。もちろん、ハ短調と比べるとかなり歪んではいるんだけど・・・ あれは、ヴァイオリンとチェンバロのバランスがよかったのかニャー?

デデ: そうそう。ヴァイオリンのイントネーションが絶妙だったね。あそこらへんの高い調に行ったときに、ヴァイオリンが前面に出てきて、チェンバロの和音の歪みを感じさせないような仕掛けをしていたとしか考えられないんだけど。

ガンバ: それに、なに〜。「音楽の捧げもの」のカノンの数々が何とも楽しい、ギャラントな小品みたいに響いて。あんなのありなの?

デデ: いいじゃないですか。まず、聞き手の耳を楽しませなきゃ音楽じゃないでしょ。対位法のテクスチャをきちっと描き出しつつ、その上、音楽の楽しさ、美しさをこれでもかぁってくらい、堪能させてくれた演奏でしたニャ。これ、演奏会では大抵、イントネーションがずれまくって、永遠に解決されない不協和音の無限地獄に陥るんだけど、今日は、バッハの音楽の持っている構造、意図、楽しさ、美しさを余すところなく伝える演奏だったんじゃないでしょうか。

CoCo: さてさて、今日のメインと思われていたハ短調のソナタ。これはまあ、チェンバロのお兄さんもなかなかの張り切りようで、楽しく聞けたんじゃない。

ブチッケ: そうでげすニャ。シチリアーノ風の16音符がずらーっと並んだ伴奏音型を、いろいろ弾き分けて聞かせてくれた後、あのフーガ風の第2楽章。あれがよかった。

ガンバ: うんうん。どうもフーガでございって演奏になりがちなんだけど、ヒロ・クロサキのヴァイオリンがニュアンス豊かだったこと。たった一つの短い音の中にも、物語があるって弾き方ね。

デデ: 色気たっぷりでしたニャ。

ガンバ: まあ、ここは「色気」でもいいでしょう。でも、色気と言うよりは、玉虫のような色と言っていただきたい。私は、そう考える。

CoCo: まあまあ。ところで、このソナタはチェンバロの右手とヴァイオリンがソロ、チェンバロの左手がベースになっていて、いわばトリオソナタの形式だよね。そう言う意味ではヴァイオリンとチェンバロの掛け合いも聴き応えがあったと思うんだけど。チェンバロの小粋な装飾を、クロサキが発止と受け止めて、それじゃあこちらはこういきますぜ、みないな呼吸が面白かったんじゃない。

デデ: うん。フーガは特にそういったやりとりが絶妙だったね。これはハ短調のソナタだけど、最後に置かれた「音楽の捧げもの」のトリオソナタとの組み合わせを意識したプログラムだったのかなあ。休憩のあとにト長調というちょっと離れた、durの曲を挟んで、もう一度ハ短調に戻ってくるわけでしょ。

ブチッケ: そうだね。明るくよく鳴るト長調と、オッソロシク鳴りにくいハ短調の対照ってのも面白かったけど、そう言われてみると、今日はハ短調の日だったのかニャ。「音楽の捧げもの」の方のトリオはフルートが入って、多彩な音色の楽しみということもあるけど、やっぱり、クロサキのヴァイオリンに注目が集まっちゃうのは仕方ないのかな。

ガンバ: うん。さっきも言ったけど、音一つ一つを本当に大事にして、ただ何となく弾いている部分がないのよね。それはこの前聞いたヨーヨー・マにも同じことが言えるんだけど、クロサキの方がもう一歩バッハの世界への共感が深いというのか、音楽が自然に呼吸しているというのも確かね。

デデ: そのクロサキの音楽に引っ張られるようにして、フルートの中村忠もかなり頑張って聞かせてくれたんじゃない。

ガンバ: うん。ただ、やっぱりよそ行きの演奏だったかなぁ。その時代の空気を呼吸している人と、ゲストで呼ばれた人とじゃ、やっぱり違いが出ちゃうのかなぁ。うん、そんな感じがしたな。

CoCo: このトリオソナタもチェンバロのグリュクサムがなかなか達者な音楽を聞かせてくれて、クロサキの音楽を下からがっちり支えていたんじゃない。2人の独奏者を相手にして、一歩も引かずに、かと言って出しゃばるわけでもなく、音楽にいいノリを与えていたように思うんだけど。

デデ: そこですニャ。出しゃばるわけじゃないけど、しっかりと存在感を見せる通奏低音てぇのは、貴重ですニャー。なかなかできることじゃない。決して派手じゃないけど、ホントは俺が音楽を作っているんだぞってな、自負も見受けられました。

ガンバ: 順序が逆になっちゃったけど、ト長調のヴァイオリンソナタは、快活で明朗なイタリア風音楽と言う感じ。本来なら、この曲がクロサキにはピッタリなんだろうけど、今日はちょっと重い曲が並んだから、一服の清涼剤ってところかな。でも、そんな小品がなかなか侮れない。アンコール1曲目でブランデンブルク5番の第2楽章を、色気たっぷり、情緒纏綿と聞かせてくれた後、2曲目のアンコールがBWV 1038のトリオソナタ。これ、実はBWV 1021とベースが同一って曲なのね。同じベースラインから2曲作ってしまうバッハってのもすごいけど、この2曲をそれぞれに演じ分けた演奏者達もすばらしかったわ。

デデ: 確かに、音楽を演じているっていう言い方がピッタリくるね。ヒロ・クロサキのヴァイオリンには演劇的な面白さが常にあるから。物語と言ってもいいけど。

CoCo: というわけで、疲れる曲目のはずが、うれしい誤算でした。



デデの小部屋(ホームページ)に戻る

音楽の小部屋に戻る

ボクの小部屋が気に入った、または
デデやガンバに反論したい、こんな話題もあるよ、
このCD好きだニャー、こんな演奏会に行ってきました等々、
このページに意見をのせたいネコ(または人間)の君、
電子メールsl9k-mtfj@asahi-net.or.jpまで お手紙ちょうだいね。
(原稿料はでないよ。)