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1996年10月11日開始
火だるまG
第40回:1998年5月25日
BODHISATTVA/ STTELY DAN/ 74 IN COUNTDOWN TO ECSTASY
今回は俺の39歳最後の原稿である。予定としては、俺のロックスプリットの父と母と精霊たる、ウォーレン・ゼボン(とにかく女と69やって●●●さえ眺めていればノーブロブレムという名曲)、ボビー・ウーマック(タランティーノが新作で取り上げた人生諸行無常、気を抜くとキンタマまで抜かれるから気をつけようという名曲)、ジョニー・ギター・ワトソン(僕はだれかと恋に陥るとひとりでに歌を歌いだしてしまうのよという名曲)を3曲取り混ぜてお時間拝借しようと思っていたのだが、情勢が大幅に変化した。
俺のオジキが死んだのさ。俺には、もう半年も、集中医療室に入りっぱなし、意識混濁続行中のオバサンがいるのだけど、全く予想もしていなかった、オジキが先に逝ってしまったのだ。
このオジキというのは、俺よりほんの21歳年上で、俺は、オジキから見れば、初甥にあたったので、無茶可愛がられた。優しい人だったのよ。俺にとってはね。
オジキの黄金の20代、俺んちは、東京中野の4畳半一間、埼玉東久留米で2Kの社宅、千葉県柏で3Kの公団、そして神奈川県横須賀での1戸建てと住み替えを重ねたのだけど、オジキは毎週末に、ようも飽きもせずにうちにやってきた。俺も可愛かったんだろうけど、義兄であるところの俺のおやじを尊敬していた、そんな気がする。俺のおやじとオジキは正確がうりふたつというか、孤独癖、偏屈、そんな昔気質の男たちなのだが、おやじとオジキの大きな違いは、おやじは明るいのね。ポジティブというか、あるいは、ニヒル=乾いている、というか。特攻隊でぎりぎりで死なないですんだというところから始まって、だから、おやじは幸運な男です。つきがあるんだ。
しかし、これは俺の見立てで、ほんの一面の真理かもしれないが、オジキには本質的にネガティブなところがあった。だから運気が弱かった。ただ生きているだけで、どんどんどんどんストレスを貯めていくみたいなところがオジキにはあったな。
そのポジ・ネガ問題について考察すると、そこに、もう一代前のジェネレーション、すなわち、俺の二組の祖父と祖母、特にふたりのバアサマの影響が強いように思われる。しかもこれがよくわからないのだけど、そのふたりの愛情の度合いが、息子たちのココロの持ちように、通常想像しがたい方向性で影響を与えたみたいなんだ。
オジキのお袋、すなわち、俺の母方のバアサマはスーパー・レディだったね。あの年代で大学出ているし、スポーツは万能、俺にスポーツを見る喜びを教えてくれた人だ。ボークやオフサイドやノックオン、なんて言葉をマスターしていたのだからすごい。しかしこのバアサマは実にスケールの小さい人で、人間己の分を知って生きることが一番をモットーに、子どもたちの人生、特に、息子たちの人生に影響を与え続けた。彼女には、3人の息子がおり、それぞれみんな優秀でまぁ人生の成功者といえる道を歩んだのだけど、進学、就職、結婚と徹底的にバアサマの管理下で人生を生きてしまった。特に死んだオジキなんて、で、ボーリングすればアベレージ200、もう20年も前から会社のコンピュータをいじって競馬のデータを分析していたり、俺から見たら才能の塊みたいな人だった。しかし、どうも、自分の歩んだ人生に納得していないという風情があった。だから歳喰って酒飲むと嫌なことをちくちくいったりするようになった。大酒飲みは俺と同じ血筋。
おやじのお袋、俺のもうひとりのバアサマは、これはひどい女。己の分もわきまえない欲望の塊の大嘘吐き。うちのおやじは次男で、兄貴が東大いったから、もうどうでもいいやってことで、おやじはひどいいじめにあったらしい。俺の知るバアサマを思い浮かべても、さもありなん、という感じ。フォローのしようがないのよ。今考えるとココロの病の人なんだけどね、ボーダーライン症候群。
おやじがわずか15歳で予科練に志願して神風になったのも、半分、そんな家庭の事情があったのだろう。バアサマがいよいよ死期を迎え始めた頃、おやじの態度があまりにクールなので、俺が意見したら、すまないが彼女を愛することができないのだ、おやじは俺にあやまったよ。俺にとったらバアサマなのだから、申し訳ないと思ったんだろうね。
つまり、さ、前世代の愛情の多少が、次世代の人格形成に、不思議な因果をもたらしたということ。愛情というのは危険なのだなと俺はつくづく思うな。
愛は多ければいいというものではないね。さじ加減、適量というのがあるでしょう。
母方のバアサマがいよいよ死期を迎えた時、3人の息子たちは、誰がその面倒を見るかでもめていた。バアサマとしてはもって瞑すべし。もちろん、俺が面倒を見るんだというケンカです。
俺のお袋はどうせ面倒を見るのは嫁さんだろうと、クールな言葉を吐き、その輪を遠目で見ていた。俺のお袋は手強い。
だから、あの世で、大好きなバアサマと再会できて、オジキはうれしいのかもしれない。思えば、俺は、現世でオジキとバアサマの2ショットを見た記憶がない。これは、俺の、あの世での楽しみになるのかいな。
でもさ、もう少し長生きして欲しかった。そして、おじさんが喜んでくれるような仕事をしてみせてみたかったなと、己の無能を、つくづく思う。酒でも飲みに行こう。
僕のこの歌詞にスポットをあてる連載で、取り上げる曲の音楽面が最高に格好いいことは保証します。大音量で10回続けて聴いてみてください。きっと感じるものがあるでしょう。(この企画、文章、考え方などの著作権は一応存在するといっておきます)
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