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                     1996年10月11日開始

                               火だるまG

第14回:1997年12月11日

『その場所に女ありて』/62/鈴木英夫


知っている人には当たり前のことですが、銀座のはずれに「並木座」という、日本映画の名画専門の小さな映画館があります。
「並木座」は日本映画に興味を持った人間なら、必ず通う、小学校のような存在で、黒沢明、小津安二郎、溝口健二、木下恵介などの主要作品を、毎年毎年、くり返しくり返し見せてくれて、ありがたいのですが、3年も通ってしまうと、もはや、未見の作品なしという状態に行き着き、卒業を余儀なくされます。
その「並木座」不動のラインアップに、この、12月10日から、鈴木英夫監督の『その場所に女ありて』が繰り込まれました。
もし、間違っていたら謝ります。鈴木監督作品が「並木座」に登場するのは初めてのはずです。
お年のことを語るのは失礼ですが、すでに80歳を有に越しておられる小柄な鈴木監督は、いつも、たいへんお元気で、本当に映画がお好きなのでしょう、つい最近までの、私の、映画狂時代には、東京の主要な邦画専門館で山ほどお会いしました。私は監督を存じ上げてていますが、監督は、私を知らないので、会釈するだけですが……。
それでも、一言二言は言葉を交わしたことがあります。下記は昔書いた文章からの転用です。

ココカラ:

 俺は、ロックについてならその良、不良について即断する自信があるが、映画については未だそうでない。従って、彼らのように鈴木英夫という映画監督の作品について熱狂的に語る立場にはないが、エピソードを一つだけここに披露しておこう。 『脱獄囚』という作品。佐藤允演ずる悪漢が一般家屋に侵入する場面で、サスペンスを盛り上げる効果音として、付け放しのラジオからFENでのアメリカ大リーグ、ミルウオーキーブレーブス対セントルイスカージナルスの試合が流れており、ハンクアーロンが打席にいた。1957年の作品である。洒落ていること奇跡の如し。その監督特集上映会では連日鈴木英夫監督自身が一観客として来ておられ、常にぽつんとしておられたので、サービス精神の感情もあり「これは監督のアイディアですか?監督は野球がお好きだったのですか?」と俺は問うた。監督の答えは「ずいぶん不思議なところに興味を持たれたものですな。あれは音楽監督の黛敏郎のアイディアです」というものであった。  ナショナリズムの深淵恐るべし。我も自戒必死なり。そんなことを俺は思ったが、部屋に戻り資料を見てみると、音楽監督芥川也寸志とあった。監督の言葉がインテンショナルであるのか、ミステイクであるのか、それとも80才という年齢に見合ったオオボケであったのかは闇の中である。しかしファクトを超越したトゥルース、これからも残影として俺につきまとうであろう、鏡に映った己の心象風景の感触はリアルである。

:ココマデ

さて、その程度の私でさえ、この『その場所に女ありて』、日本映画史上の50本に数えられても、不思議はない傑作であると断言できます。
『その場所に女ありて』は日本映画史では、希少な、女性映画なのです。
広告業界を舞台に、宝田明、山崎努、西村晃、児玉清、などの男優が、徹底的に、ろくでなしに幼稚に狡猾に惰性に、司葉子、原千佐子、大塚道子、水野久美子、森光子、などの女優が、背筋を伸ばした状態で、不幸に、不幸に、不幸に、不幸に、描かれています。
成瀬巳喜夫作品にも、通じる、女性を大事に思う、精神がそこにはあります。
テーマは、どうして、男は女を自分の人生の肥やしにしようとするのか? という、至極まっとうな女性側からの、問いです。
男にとっての、女に対する愛情とは、いったい、何なのか? と言い換えてもいいかも知れません。
女の人を男の肥やしとしてしか、描くことのない、日本映画に対する強烈のアンチテーゼのような味わいがこの作品にはあり、もちろん、それは、この日本社会に対するアンチテーゼでもあります。時代が変わり、コギャルなどという、若き中年女たちがチョウリョウバッコする現代では、そのようなテーゼは、もはや時代遅れであることは事実ではありますが……。

しかし、一部の心有る男どもにとって、愛を真剣に希求する女性が次から次へと登場する、『その場所に女ありて』は、とても恐ろしいスリラー映画である続けるでしょう。『その場所の女ありて』で愛を語るのは常に、女性であり、男どもの誰一人としてそれを語りません。
別にセックスばかりを追いかける男たちが、描かれているわけではありませんよ、男には愛が、女の人たちのようには明確には理解できないということが、明晰に描かれているということです。

「感動 名匠たちの傑作特集」と名うたれた、名門、「並木座」のラインアップに、鈴木英夫監督の『その場所て女ありて』が選ばれたことに、邦画ファンの一人として、特大の花束を贈りたいと思います。
最後に、鈴木監督が、その後、日本テレビドラマ界の白眉、『傷だらけの天使』の何本かを担当した監督であることを付け加えておきます。





(この企画連載の著作権は存在します)

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