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                     1996年10月11日開始

                               火だるまG

第10回:1997年7月25日

『東京夜曲』/96/市川準


映画を見る前に、誰かがその映画について語る言葉を耳にしてしまうことは、たいへん不幸なことだが、それが偶然であれば仕方もあるまい。偶然を必然とするとは奇妙なものいいだが、そのような言葉を耳にしたということをも必然と受けとめて、映画に対峙すべき運命となったのだ。
ゴールデン街の「S」で飲んでいたら、カウンターに同席した、30でこぼこの自称フリーライターが、この映画は、もうすべてのことが終わっている時点から始まった物語であり、自分のような想像力不足のガキには、少々手に余るといっていた。そして、大人の意見を聞きたいと・・・・・。

別に大人を気どる気はないけどね。

筋をいえば、ある古い街で、長塚京三と桃井かおりが昔のカップル。しかし、一緒にならず、桃井が一緒になった男はすでに病死。長塚は倍賞美津子と所帯を持っているが、ふだんは家に寄りつかず、それが久々に街に帰ってきた。そして長塚と桃井は寝る。長塚が街で暮らすこととなる。桃井が街を出ていく。
こんなところかな?

長塚も桃井も(そして倍賞も)たいへんに純粋で繊細な人物として描かれている。そしてお互いがそのお互いの純粋な繊細さを愛していることがスクリーンの行間に滲んでいる。
若いころ、二人は深く愛し合った。世間も二人は一緒になるもとして見ていた。そこに、桃井の亭主となった男が現れた。この男が、まるで、子供がおもちゃをねだるように、桃井に惚れた。
若い二人は、この男に、無邪気におのれの欲望をあからさまにするものに、無垢なるものに対する畏れを感じた。
この男には、純粋で繊細なものには、致命的に欠けている強さがあった。
それで押し切られるように、あるいは、ほだされるように、桃井はこの男と一緒になった。おそらくその瞬間には、長塚によせといってほしいという、微妙な女心も隠されていただろう。しかし一方では、長塚だけには、それで由といってほしい、無垢なる精神には答えざるを得ないと思う自分の気持ちを理解して欲しいといった気持ちも同居していた。
長塚はそれを認めた。そしてその時に、愛する女に対しても、熱狂的になれない自分に対して、激しい自己嫌悪を覚えただろう。もちろん、桃井にも、長塚は、自分を奪い取るほどの愛情を自分に示してくれなかったという、恨みが残った。
たとえ無い物ねだりとわかっていても、人間はそれほど勝手な生き物である。
長塚も倍賞と所帯を持ち、男の子をもうけた。しかし、無邪気な男はすぐ死ぬ。エネルギー有り余る男は、健康には恵まれない男であった。桃井の結婚生活は看病に明け暮れて終わった。
彼の通夜が終わった夜に、長塚は街から姿を消し、そして、ほぼ15年ぶりに街へ戻った。いったん心の整理をして、現実を受けとめる覚悟をした長塚だが、条件が変わってしまえば、それを貫徹する自信がなくなり逃亡したのである。
そしてその逃亡という行為に、桃井は、長塚の自分に対する愛情を察知し、長塚を待って、街で暮らしていた。
二人が寝たのは象徴的な夜だった。二人の娘から愛を受けている、街の若い男が、その、片方と結婚するパーティの夜。男は長塚の店の店員であり、パーティの場所は、桃井の経営する喫茶店。喫茶店の隅では、男に選ばれなかったもう一人の娘が、友だちとして、ぽつんと悲しげに座っている。その女の子の哀しみが、前戯と作用して、もはや40を超えた男と女が燃えた。

この映画のいいたいことは、人間は、性的な愛情に対してだけは、しっかり、エゴイスティックにならざるを得ない。愛情だけは、きちんと自分で選択する強さを持たないとならない。それだけの強さもなければ、本人も不幸になるし、この場合、倍賞に象徴されるような、第三者にも不幸をまき散らすこととなる。
とまぁ、こんなところか。

さぁて、その二人のセックスだけど、これが、長塚が桃井の豊満な胸に顔を沈めて泣くばかりなのね。男なんてそんなものだとも思うけど、それじゃぁ、別に女じゃなくても、母親でもいいんじゃないの? というのが、俺の感想。

俺が延々と書いたことは、この映画には全然出てきません。この二人にはいったい何があったのか? それを想像することを強いる映画であります。きっとまったく違うストーリーを想起する人もおられるでしょう。ぜひ自分なりの男女観を、長塚と桃井と(倍賞)を用いて組み立ててください。それぞれ普遍的な人物として、どれかに感情移入することが可能なように、よく練り上げられている話です。場合によっては、すぐ死んだ男に自分を見立てるのも可能でしょう。

さて、大人の意見になったかな?


(この企画連載の著作権は存在します)

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