神奈川月記9803b

前月 目次 次月

でまぁ空咳と如何にも根性悪そうな熱の上がり方に悩まされつつ3週間が過ぎた。何とか通勤は続けているものの週休4日ペイスである。めろめろもいいところで,単に顔を出しているに過ぎない。
成りゆきと言うか済し崩しと言うかCTを撮ってからはその大病院がメインであり,週に1度か2度ウチから1時間以上かけて通う羽目になる。寒風吹き荒ぶ中を歩くのはつらい(2月だったのだ)。おまけに病院の手前にある莫迦踏切が莫迦開かないのである。おれこの通院の道程がずいぶん症状を重くしたと思うぞ。
経過を診るに充分な時間が経ったということでまた胸部レントゲンを撮ってみる。この間咳止めと消炎剤?しか処方されておらず,ここで抗生物質を投じておけばまた随分と違ったはずである。
そうして写真を見るやドクは開口一番,あ・これはいけませんね,入院しましょう。
何ですと。入院てあーた,あたしにゃ妻も子もある,嘘,仕事の都合も留守の準備も要るんですぞー。
あーもすーもない。とにかく即入ということになってしまった。
通院する3週間の内に絞り出した痰(かーっペッというふうにきれいに採れたことはない)に結核菌は遂に発見されなかった。その筋に依頼してDNA走査までやったにも拘わらずである。
なじかは知らねどお医者は厭に結核を気にする。治療もしないでずっと放置したのも──投薬は主観的に全く効いていない──おれの咳が結核か否かを確定したいがためなのだ。そこが1万円5万円10万円運命の分かれ道であるらしい。どうやら結核患者に結核でない感染症の治療をすると劇症を起こし,結核でない者に結核の治療をすると外の感染症が著しく進行するのである。主治医としてはこの上なく慎重たらざるを得ないのだった。

結核でなきゃ何だ。と言うので日本にあるまじき寄生虫の疑いまで受けたのであるが──ハンティングの経験や生肉食嗜好の有無・低開発地域への渡航歴を問診された──付いた病名は「アレルギー性気管支肺真菌症」。何だかなあ,要するに黴アレルギーだと。
もう少し正確に言いたいなら「真菌」の部分に各人の具体的な真菌名が入り,おれなら「アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(略してABPA)」という,夜空にひと際でっかく輝いていそうな名前になる。
アスペルギルスはこの真菌症でもポピュラなものであって,その辺にいくらでも漂っている味噌麹のひとつだそうだ。ただペニシリウム・クラドスポリウス・カンジダ・アルテハナリア等など調べた黴すべてに反応したのだから,ほぼ何にでも膠原があると見るべきだろう。こりゃ甚だ参ったね。

お医者は1箇月から3箇月の入院などと給与生活者の現実を無視したことを言い,18年ぶりにおれの長期入院が始まった。
「医者の3箇月」は取りあえずの期間取りであって何も決めてないのと同じである。おれの予想では1箇月で退院して2週間ほど自室で暮らしている内に炎症がぶり返して再入院──ただし退院中にエアコンの交換やハウス_クリーニングはやっつけてしまう──それでもう2週間ついやして,全部で2箇月かかると踏む。
肺炎なくらいだからおれのカテゴリは呼吸器内科なわけだが生憎ベッドが塞がっていたようで,消化器内科の病棟へ振り分けられる。こうしたことは珍しくなく,おれの入った大部屋(6人)は形成外科と消化器内科と呼吸器内科としょっちゅう混在したものだった。
仕事のほうはもう迷惑も顧みず即日入院の事実を盾にばっくれてしまう(ひでえ)。ずぅっっっっっっっっっっと過労グッバイだったのは確かだし,けっこう周囲には1箇月くらい休みたいとこぼしていたしな。それを現実にやれるかどうかはヒトそれぞれであるがおれはやるぞ。
やるぞったっておれがやることは何もない。普通食で良いから点滴も無く,内服薬を飲むのに要する30秒間の外は寝ているだけである。否,取り立てて寝ている必要もなくて外出も比較的自由にできた。クスリの量と種類の多さと,外出してもウチに帰ることが禁忌なのは──つまりウチが黴に汚染されているとお医者は言いたい──困ったことであるが。
のところおれの部屋から黴を含んでいそうな埃を採取してきて培養することまでやったのだ。あのね,いくらおれが不精だからって腐界に沈んだわけじゃあるまいし,部屋のどこでも一見して黴がみっしりなんてことはないのよ。
いちばん怪しいと(おれが)思ったエアコンの中,それに洗濯機の綿屑ポケット・風呂場の換気扇・イオン式空気清浄機のフィルタといった如何にも黴ていそうなスポットから埃を綿棒で掻き出したのであるが,案の定なにも出やしない。あ・嘘です。エアコンからは黴が出ました。でもそれはアスペルギルスじゃあないのだ(サルマタケでもないぞ)。刑事ドラマで言うと15分目に真犯人かと思わせて捕まるチンピラ黴に過ぎない。
うーん。

おれの見解はこうである。
胸部レントゲン写真は自然気胸の名残であって,10年来くもりっ放しでも黴とは関係ない。過労で体力の落ちたところへインフルエンザに罹り,言わばメイタが一時的に振り切れたようになって肺炎を起こしたのだ。黴との関連があるとすれば職場(今年からフロアが変わった)であろう。ウチは無害である。
お医者の診立てはこう。
胸部レントゲンの曇りは黴の巣のような患部であって,今回も含めて実はこの10年間に繰り返し引いた風邪(インフルエンザ)の引き金あるいは元凶である。言わば身から出た錆。自室にも黴がどこかしらに生えており,肺深部への菌糸供給源となっている。

1998年7月2日(文中は1998年3月)


前月 目次 次月

何ですと
 最強のプロレスラ・東三四郎がよく口にしたせりふだけど,最近の出色はビューネCFのお姉ちゃん。「きみはただ笑ってれば良いから」と同僚の男子社員に参画を拒まれて思わず漏らす。

戻る


1万円5万円10万円運命の分かれ道
 『グリコがっちり買いまショー』というようなタイトルだったお買い物番組のドナリ文句。怒鳴っていたのは夢路いとし師匠。毎週3組のシロウト家族が与えられた金額を遣いきるよう皮算用で買い物する物欲番組だったん。3万円や7万円のコースの時代もあって,この組み合わせだったかどうか自信はない。

戻る


ペニシリウム・クラドスポリウス・カンジダ・アルテハナリア
 どれもこれも何かエッチである。

戻る


過労グッバイ
 ビートルズは『Hello Goodbye』の捩り。いやほんとに過労だって言われたんだから。

戻る


腐界
 用字はこれで良いのかな。『風の谷のナウシカ』で世界を覆う死の森(実は浄化装置)。

戻る


サルマタケ
 日本ではもう絶滅に瀕しているだろう。貧乏学生の押し入れに生えるきのこ。食べられる。松本零士作。因みにおれの零士ベストは『ワダチ』。

戻る


written by nii. n
裁断図1 MX-111改1 MX-111(1) MX-111改2