伝不詳。万葉集巻四に五首、巻八に一首、大伴家持に贈った歌がある。勅撰集では新古今集に二首、続後撰集に一首、玉葉集に一首入集している。
山口女王の大伴宿禰家持に贈る歌 (五首より一首)
葦辺より満ち来る潮のいや増しに思へか君が忘れかねつる(万4-617)
【通釈】葦の生えている岸辺を通って満ちて来る潮のように、ますます恋しく思っているからでしょうか、あなたのことが忘れられませんでした。
【語釈】◇思へか 「思へばか」の「ば」が略された形か。「思うので〜か」の意。「か」は係助詞で、結びは連体形「つる」となる。
【補記】初二句は「いやましに」を起こす序。新古今集巻十五には第三句「思ふか」として掲載。
【他出】伊勢物語、新古今集、定家八代抄
【主な派生歌】
下燃えにつのぐみわたる葦辺よりみちくる潮の恋ひまさりつつ(藤原家隆)
夜な夜なは身もうきぬべし葦辺よりみちくる潮のまさる思ひに(藤原定家)
いやましにぬるる袖かな葦辺よりみちくる潮のからきうき世は(宗尊親王)
山口女王の大伴宿禰家持に贈る歌一首
秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は
【通釈】秋萩に置いた露が、風が吹いて落ちるように、はらはらと落ちる私の涙は止めようがありません。
【補記】上三句は「落つる」を導く序詞。玉葉集巻十二には第四句「落つる涙を」として掲載。
【他出】秋風集、玉葉集
中納言家持につかはしける
塩竈のまへにうきたる浮島のうきて思ひのある世なりけり(新古今1379)
【通釈】塩釜の浦の前方に浮かぶ浮島のような、浮ついて落ち着かない私たちの仲なのですね。
【語釈】◇塩竈(しほがま) 今の宮城県塩竈市。多賀城の津として古来繁栄し、平安以降は歌枕として多くの和歌に詠まれた。
【補記】「浮島の」までが「うきて」の序。出典は『古今和歌六帖』か。万葉集には見えない。古今集には下句が同一の「朝な朝な立つ川霧の空にのみうきて思ひのある世なりけり」という読人不知歌がある。
【他出】古今和歌六帖、袖中抄、定家八代抄、歌枕名寄
更新日:平成15年12月28日
最終更新日:平成20年09月30日