藤原季通 ふじわらのすえみち 生没年未詳

正二位権大納言宗通の三男。母は修理大夫顕季の娘。太政大臣伊通の同母弟。大納言成通・同重通の同母兄。姉妹に藤原忠通の北政所で皇嘉門院の母、准后従一位宗子がいる。
備後守・肥後守・左少将などを歴任し、白河院の寵臣であったらしいが、官位は正四位下に止まった(藤原忠実の日記『殿暦』には待賢門院璋子が季通と密通したとの記事がある。この廉で白河院の怒りを買ったか)。琵琶・箏・笛など、音楽に稀な才能を持っていた。歌人としては永久四年(1116)の鳥羽殿北面歌合をはじめ、元永二年(1119)の内大臣忠通歌合、長承三年(1134)の中宮亮顕輔家歌合などに出詠。また崇徳院が召し、久安六年(1150)頃までに完成した「久安百首」の作者の一人に加わっている。
『季通朝臣集』と題する集が伝わるが、季通の久安百首詠を切り出したもの。詞花集初出。千載集では十五首入集と高い評価を受けた。勅撰入集は計十七首。

  2首  1首  2首  1首  2首  2首 計10首

崇徳院に百首歌たてまつりけるに、春歌とてよめる

春はなほ花のにほひもさもあらばあれただ身にしむは曙の空(千載40)

【通釈】春はやはり、咲き誇る花も美しいが、それはそれとして、ただもう身に沁みて趣深いのは、曙の空だ。

【語釈】◇曙の空 曙はほのぼのと夜が明ける頃。枕草子の「春は曙」を思わせる。

【補記】久安六年(1150)、崇徳院に奉った久安百首。

百首歌たてまつりける時、花の歌とてよめる

吉野山花は半ばに散りにけりたえだえ残る峰の白雲(千載80)

【通釈】吉野山の花は、半ば散ってしまったのだった。峰には途切れ途切れに白雲のように見える桜の花が残っている。

【他出】久安百首、続詞花集、古来風躰抄

百首歌たてまつりける時、蛍の歌とてよめる

昔わがあつめしものを思ひ出でて見なれ顔にもくる蛍かな(千載201)

【通釈】昔私が書を読むためにその光を集めたことを思い出して、古馴染みたいな顔で窓辺にやって来る蛍であるよ。

【語釈】◇昔わがあつめし物を 『晋書』「車胤伝」の故事を踏まえる。晋の車胤(しゃいん)は青年の頃貧しかったため灯火用の油が買えず、蛍を集めてはその光で書を読んだ、という。

【補記】久安六年(1150)、崇徳院に奉った久安百首。

百首哥に初秋の心を

この寝ぬる夜のまに秋は来にけらし朝けの風の昨日にも似ぬ(新古287)

【通釈】寝ていたこの夜の間に秋は到来したらしいなあ。明け方の風の涼しさが、昨日とは全く違っているよ。

【他出】久安百首、定家八代抄

【本歌】安貴王「万葉集」
秋立ちて幾日もあらねばこのねぬる朝けの風は手本寒しも

【主な派生歌】
今日みれば夜のまに花は咲きにけり昨日にも似ぬ峰の白雲(藻壁門院但馬)
涼しさをいづくにこめて吹く風の昨日にも似ぬ秋を告ぐらむ(後水尾院)
のどけさは袖にしられて唐衣きのふにも似ぬ春の初風(本居宣長)

崇徳院に百首の歌奉りける時、秋の歌とてよめる

秋の夜は松をはらはぬ風だにもかなしきことのねをたてずやは(千載304)

【通釈】秋の夜は、松の枝を払って吹く風でなくても、悲しいことを思わせる琴のような、音をたてずにいるだろうか。

【語釈】◇松をはらはぬ 和漢朗詠集に採られた白楽天の詩「秋の風松を払つて疎韻落つ」に拠る。◇かなしきこと 「こと」に「琴」を掛ける。

【参考歌】壬生忠岑「古今集」
秋風にかきなす琴の声にさへはかなく人の恋しかるらむ

【他出】久安百首、定家八代抄

百首歌のなかに、雪の歌とてよめる

さえわたる夜半のけしきに深山辺(みやまべ)の雪のふかさを空に知るかな(千載447)

【通釈】あたり一面冷え込んだ夜の気配から、深山のあたりに積もった雪の深さがそれとなく知られるのであるよ。

【語釈】◇さえわたる 一面に冷え込む。一面に寒ざむと澄み渡る。◇空に知るかな 「空に」は暗に、それとなく、の意。「冴え冴えと澄み渡った空の様子から」の意が重なる。

【参考歌】紀貫之「貫之集」「新勅撰集」
唐衣うつ声きけば月きよみまだ寝ぬ人をそらにしるかな

題しらず

歎きあまり憂き身ぞいまはなつかしき君ゆゑ物をおもふと思へば(千載867)

【通釈】歎きに歎いたあげく、今はもう、どうしようもない自分が愛しく、慕わしくなってしまったよ。こんなに思い悩むのも、あなたゆえだと思えば。

【語釈】◇なつかしき ずっとそばにいたいと思うような慕わしさ・親近感をあらわす語。

百首の歌めされける時、恋の歌とて

今はただおさふる袖も朽ちはてて心のままに落つる涙か(千載940)

【通釈】今やもう、抑える袖もぼろぼろになってしまって、心のままに流れ落ちる涙であるよ。

【補記】久安百首。藤原為経(寂超)の私撰集『後葉集』にも採られている。

【参考歌】菅野忠臣「古今集」
つれなきを今は恋ひじと思へども心よわくもおつる涙か
  源国信「堀河院艶書歌合」
流れ出づる雫に袖は朽ちはてておさふる方もなきぞ悲しき

百首歌奉りける時、無常の心をよめる

うつつをもうつつといかが定むべき夢にも夢を見ずはこそあらめ(千載1128)

【通釈】これが本当に現実なのかどうか、現実をはっきり定めることがどうして出来よう。夢の中でも人は夢を見るではないか。そうでないというならともかく。

【語釈】◇見ずはこそあらめ 見ないというのであれば、そう(現を現と定めることも可能)であろうが。下句が上句に逆接する構文。

【補記】久安百首。夢と現実の判別し難さを詠んだ歌は古来少なくないが、院政期には目立って多くなる。「これや夢いづれかうつつはかなさを思ひわかでも過ぎぬべきかな」(千載集、上西門院兵衛)「長き夜の夢の内にてみる夢はいづれうつつといかで定めむ」(堀河百首、永縁法師)など。

百首歌奉りける時、無常の心をよめる

いとひても猶しのばるる我が身かなふたたび来べき此の世ならねば(千載1129)

【通釈】厭わしく感じても、その一方で慕わしくも思われるこの身であるよ。再び生まれて来ることのできるこの世ではないのだから。

【語釈】◇ふたたび来べき此の世ならねば 別の世に生まれ変ることはあっても、今生(こんじょう)に再び生まれ合わせることはない、ということ。

【他出】久安百首、詞花集(重出)、後葉集、古来風躰抄


最終更新日:平成15年01月10日