藤原長方 ふじわらのながかた 保延五〜建久二(1139-1191)

三条右大臣定方の末裔。権中納言顕長の子。母は藤原俊忠の娘。もとの名は憲頼。子に権中納言宗隆・同長兼ほかがいる。俊成の養父顕頼の甥にあたり、また俊成の甥でもある。定家の従兄にあたる。
久安二年(1146)、叙爵して蔵人となる。丹波守・参河守・皇后宮権大進・左少弁・左中弁・蔵人頭・右大弁などを経て、安元二年(1176)、参議となる。同三年、備後権守を兼ね、従三位に叙せらる。治承四年(1180)、高倉院の別当となる。同五年、権中納言に昇進。寿永二年(1183)、従二位。文治元年(1185)、出家。建久二年(1191)三月十日、薨。五十三歳。
元暦元年(1184)の別雷社後番歌合などに出詠。自邸でも歌合を催した。家集『按納言長方集』(以下「長方集」と略)がある。千載集初出。勅撰入集四十一首。定家撰「百人秀歌」に撰入された。

殷富門院大輔、三輪社にて人々に歌よませ侍りけるに

ながらへば我が世の春の思ひ出でにかたるばかりの花桜かな(続古今1516)

【通釈】もし生き長らえたなら、我が人生の春の思い出として、この花のことを人に語ろう――そんなふうに思わせるほど、みごとな桜の花だ。

【語釈】◇三輪社 奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社。

【補記】殷富門院大輔が大神神社に奉納するため五首の歌を求めたのに応えて作った歌。新勅撰集には同じ時に土御門内大臣(源通親)の詠んだ歌が見える。

時鳥(ほととぎす)をよめる

心をぞつくし果てつるほととぎすほのめく宵のむら(さめ)の空(千載167)

【通釈】ほととぎすが鳴くのを待つうち、精魂も尽きてしまった。その声が、すっかり暗くなった頃、俄に降り出した雨空に、ほのかに聞えたのだ。

【語釈】◇むら雨 一時にまとまって降る雨。

【主な派生歌】
うらめしや待たれ待たれて時鳥それかあらぬか村雨の空(藤原定家)

賀茂社の後番歌合とて、神主重保がよませ侍りける時よめる

八百日(やほか)ゆく浜のまさごを敷きかへて玉になしつる秋の夜の月(千載292)

【通釈】歩くのに八百日もかかるような長い浜辺の砂を、そっくり玉に敷きかえてしまった、秋の夜の月だよ。

【語釈】◇賀茂社の後番歌合 元暦元年(1184)九月、京都の賀茂別雷神社(上賀茂社)で神主の賀茂重保が主催した歌合。◇八百日ゆく 浜の長さをあらわす常套句。◇玉になしつる 月の光が、ただの砂を宝石に変じてしまった、ということ。

【参考歌】笠女郎「万葉集」巻四
八百日行く浜の真砂も我が恋にあにまさらじか沖つ島守
(拾遺集には読人不知とし「やほかゆく浜の真砂と我が恋といづれまされり沖つ島守」。)

題しらず

あすか川瀬々に波よる(くれなゐ)葛城(かづらき)山の木枯しの風(新古542)

【通釈】飛鳥川の瀬ごとに、紅の波が寄せている。これは、葛城山から吹き下ろす木枯しの風が、紅葉を運び、川に流しているのだろうか。

【語釈】◇あすか川 奈良県の飛鳥地方を流れ、大和川に注ぐ。◇葛城山 大和・河内国境の連山。主峰は葛木神社のある葛木岳(通称金剛山)。今は「かつらぎ」と訓むが、昔は「かづらき」。金剛山を主峰とする。

冬の歌あまたよみ侍りけるに

初雪のふるの神杉(かみすぎ)うづもれてしめゆふ野べは冬ごもりせり(新古660)

【通釈】初雪が降る、布留(ふる)の社の神杉は、雪に埋もれて、注連縄を張った野辺は冬籠りに入った。

【語釈】◇ふる 降る・布留の掛詞。布留はここでは石上神宮を指す。◇しめゆふ 標結ふ。縄を張ったりして立ち入り禁止の目印とする。

【本歌】作者未詳「万葉集」巻七
石上布留の早稲田を秀でずともしめだにはへよもりつつ居らむ

深夜(あられ)

竹の葉にそそやあられの音すなりさらでも夢のさむる折しも(長方集)

【通釈】竹の葉に、ほら、さやさやと霰の音がする。そうでなくても、寒さに夢から醒めてしまう折も折。

【語釈】◇そそや そらそら、ほらほら。注意を喚起する呼掛け。ソソは霰があたって竹の葉がそよぐ音の擬声語でもある。

【参考歌】藤原基俊「新古今集」
高円の野路の篠原末さわぎそそや木枯けふ吹きぬなり

題しらず

宮木(みやぎ)ひく杣山人(そまやまびと)は跡もなし檜原(ひばら)杉はら雪ふかくして(新勅撰412)

【通釈】いつもなら、宮殿を建てるための材木を切り出している樵(きこり)たち――今やその影もない。檜や杉の生える原は、雪深く埋もれて。

【語釈】◇杣山人 杣山の山人。杣山は植林して材木を採る山。山人は山中の資源に拠って生計を立てていた人たち。木こり、炭焼きなど。

【参考歌】貫之「拾遺集」
杣人は宮木ひくらしあしひきの山のやまびこ声とよむなり

恋の歌とて

つれなきを猶さりともとなぐさむる我が心こそ命なりけれ(続古今1067)

【通釈】あの人の薄情さを、「それでもやっぱり…」と自分で自分を慰める心――それだけを命にして生き長らえているのだ。

【語釈】◇命 原義は、生のもととなる霊力。すなわち生命力。生命をつなぐもの。

【参考歌】藤原頼宗「後拾遺集」
逢ふまでとせめて命の惜しければ恋こそ人の命なりけれ

題しらず

紀の国や由良のみなとにに拾ふてふたまさかにだに逢ひ見てしがな(新古1075)

【通釈】紀の国の由良の湊で拾うという、真珠の玉――その玉ではないが、たまさかにでもいいから、逢いたいものだ。

【語釈】◇紀の国 紀伊国。今の和歌山県に相当する。◇由良のみなと 日高郡由良町、由良川の河口。「みなと」は船が出入りしたり、船を泊めたりするところ。◇たまさかに 稀に。偶然に。

【補記】「拾ふてふ」までは「たま」を導く序。この歌は定家撰「百人秀歌」に採られたが、「百人一首」では除かれている。

【本歌】藤原卿「万葉集」巻七
妹がため玉を拾ふと紀の国の由良の岬にこの日暮らしつ


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成22年07月16日