香川景樹 かがわかげき 明和五〜天保十四(1768-1843) 号:桂園・梅月堂ほか

『桂園一枝』『桂園一枝拾遺』より90余首を抜萃した。末尾に[拾]を付したのが後者から選んだ歌であり、その他はすべて前者から選んだ歌である。
 
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  12首  6首  10首  7首  5首  21首 俳諧歌 9首
 事につき物にふれたる 30首 計100首

大比叡やをひえのおくのさざなみの比良の高嶺ぞ霞みそめたる

はるばると霞める空をうちむれてきのふもけふも帰るかりがね

おぼつかなおぼろおぼろと我妹子が垣根も見えぬ春の夜の月

山雀のつつく岡べのうつほ木のえだも一枝春めきにけり[拾]

大空にたはるる(てふ)の一つがひ目にもとまらずなりにけるかな[拾]

常みればくぬぎ交りの柞原春はさくらの林なりけり

大堰河かへらぬ水に影見えてことしもさける山桜かな

逢坂の関の杉むらしげけれど木の間よりちる山桜かな

梢ふく風も夕べはのどかにて数ふるばかりちる桜かな

照る月のかげにてみれば山ざくら枝うごくなり今かちるらむ

語らはむ友にもあらぬ燕すら遠く来たるはうれしかりけり

大空のおなじ所にかすみつつゆくとも見えぬ春の日の影

大空のみどりになびく白雲のまがはぬ夏になりにけるかな

茜さす日はてりながら白菅の湊にかかる夕立の雨

浦風は夕べ涼しくなりにけり海人の黒髪いまかほすらむ

大空に月はてりながら夏の夜はゆく道くらし物陰にして

山の端にすばるかがやく六月のこの夜はいたく更けにけらしな[拾]

鴫のゐる沢辺の水はすみにけり草かげみゆる秋の夕ぐれ[拾]

山の端のとよはた雲にうちなびき夕日のうへをわたる雁がね

雨にとくなりぬるものを鈴鹿山霧の降るのと思ひけるかな

松陰に立ちかくれても見つるかなあまりに月の隈しなければ

行く水の末はさやかにあらはれて川上くらき月のかげかな

今すめる月や都の空ならむ思ふ人みな見えわたるかな[拾]

あらざらむ後と思ひし長月のこよひの月も此の世にてみし

月てれる浅茅が上に影見えて羽きる虫の声さやかなり[拾]

秋風のさむき夕べに津の国のさびえの橋をわたりけるかな[拾]

山川の岸をひたして行く水にぬるでの紅葉ちらぬ日ぞなき

鵙のなく末の原野を見わたせば一むらばやし薄紅葉せり[拾]

浮雲は影もとどめぬ大空の風に残りて降るしぐれかな

てる月の影の散り来る心地して夜ゆく袖にたまる雪かな

しぐるるはみぞれなるらし此の夕べ松の葉しろくなりにけるかな

さ牡鹿の啼きて()れにし(あした)より雪のみつもる信楽(しがらき)の里

うづみ火のにほふあたりは長閑(のどか)にて昔がたりも春めきにけり

うづみ火の(ほか)に心はなけれども向かへば見ゆるしら鳥の山

初雪は夜もぞふると起きいでて山の高嶺をあさなあさな見る[拾]

雪折れの声さへたてぬなよ竹はよにふしたりとしる人もなし

夢なるか我が手枕に我がふれて人のと思ひし閨のくろかみ

若草を駒にふませて垣間(かいま)見しをとめも今は老いやしぬらむ

袖のうへに人の涙のこぼるるは我がなくよりも悲しかりけり

山おろし日も夕かげに吹くときぞしみじみ人は恋しかりける

思ふこと寝覚の空に尽きぬらむあした空しきわが心かな

暮るるより松に吹きたつ我が山のあらしの末をたれか聞くらむ

ともすればふせ籠にこもる(にはとり)のせばくも世をば思ひけるかな

大空に飛びたちかねて打ち羽ぶきかけろと鳴くがあはれなりけり

(ともしび)のかげにて見ると思ふまに文のうへしろく夜は明けにけり

いなごとぶ浅茅が下を行く水の音おもしろしここに暮らさむ

ただよへる(あした)の雲はふるさとへ帰りし夢の行くへなりけり

いづくかは思ひの家にあらざらむよそめ楽しき世にこそありけれ

はかなくて木にも草にもいはれぬは心の底の思ひなりけり

無きを夢有るをうつつと思ひけりなほ世の中を世の中にして

まづゆくを慕ひ慕ひてつひに皆とまらぬ世こそ悲しかりけれ

垂雲軒夢宅が信濃なる伊奈の故郷へかへるを送りて

玉の緒は長くみじかき世なりけり又あはざらむまたや逢ふらむ

をさなき子をうしなひけるとき

追ひしきて取りかへすべき物ならばよもつひら坂道はなくとも

また淵明が琴ひく

世の中にあはぬ調べはさもあらばあれ心にかよふ峯の松風

六月の末、病みおとろへて、夜ただねられぬに

みな月の有明づくよつくづくとおもへばをしき此の世なりけり

はつき十六日の夜なりけむ、頼襄が三本木の水楼につどひて、かたらひ更かしてしてよめる(二首)

すむ月に水のこころもかよふらし高くなりゆく波の音かな

白雲にわが山陰はうづもれぬかへるさ送れ秋のよの月

小沢蘆庵がもとへよみて遣しける

身はつかる道はた遠しいかにして山のあなたの花は見るべき[拾]

月下にをとこ女をどるかた

月に寝ぬやもめ烏やうかれ鳥うたへ歌はむ明けぬともよし[拾]

釣瓶に雀をり

汲みすてて人影もせぬふるさとの板井の水に秋風ぞふく[拾]

俳諧歌

菜の花に蝶もたはれてねぶるらん猫間のさとの春の夕ぐれ

花ちりて春より夏にとぶ蝶の羽袖も白し木がくれの里

山賤(やまがつ)もうまき昼寝の時ならし瓜はむからす追ふ人もなし

花見ればとびたつ小野のいなごまろ人の子にこそかはらざりけれ

よき人をよしとよく見し夕べより吉野の花の面影にたつ

召せや召せゆふげの妻木はやく召せかへるさ遠し大原の里

ゑのころははやもあるじを見しりけり呼べば尾ふりの嬉し顔なる

猫の子はねずみ捕るまでなりにけり何にくらせし月日なるらむ

かけすてし鏡の面に影ふれてたそやと我をおどろかれぬる

事につき物にふれたる

霞みつつ暮るると思ひし春の日は朧月夜になりにけるかな

ゆけどゆけど限りなきまで面白し小松がはらのおぼろ月夜は

うたた寝にうちながむれば蘆垣のしだり柳に月はかかりぬ[拾]

妹と出でて若菜摘みにし岡崎のかきね恋しき春雨ぞふる

胡蝶だにいまだねむれる朝かげの花を起き出でて独りこそ見れ[拾]

青海のうづまさ寺にきて見れば身もなげつべき花の蔭かな[拾]

野の宮の樫の下道けふくれば古葉とともに散るさくらかな

春の野のうかれ心ははてもなし止まれといひし蝶はとまりぬ

蝶よ蝶よ花といふ花のさくかぎり()がいたらざる所なきかな

ちちこ草ははこ草おふる野辺に来て昔恋しく思ひけるかな

白樫の瑞枝うごかす朝風にきのふの春の夢はさめにき

夜半の風麦の穂だちにおとづれて蛍とぶべく野はなりにけり

郭公しばしば鳴きし明け方の山かき曇り小雨ふり来ぬ

さみだれの雲吹きすさぶ朝風に桑の実おつる小野原の里

夏の夜の月のかげなる桐の葉を落ちたるのかと思ひけるかな

なびくだに涼しきものを夏河の玉藻を見れば花咲きにけり

夕日さす浅茅が原に乱れけり薄くれなゐの秋のかげろふ

里人は(いはほ)切り落す白河の奧に聞ゆるさをしかの声

こともなき野辺を出でても見つるかな鵙が鳴く音のあわたたしさに

朝づく日さしもさだめぬ大比叡のきららの坂に時雨ふる見ゆ

白川の末の草河冬がれてほそき流れに千鳥鳴くなり[拾]

一むらの氷魚かと見えて網代木の浪にいざよふ月の影かな[拾]

けさ見れば汀のこほりうづもれて雪の中ゆく白河の水

玉の緒の絶えぬばかりの思ひ出に待たるる春はあはれなりけり[拾]

なにごとも此のころにはと思ひつる三十(みそぢ)の年の果てぞ悲しき

富士のねを木の間木の間にかへり見て松の蔭ふむ浮島が原

夕づく日今はとしづむ浪の上にあらはれ初むる淡路島山

梟の声をしるべに帰るかな夕べをぐらき岡崎の里

ながめやる心は知るや武蔵野の尾花が末の三日月の影[拾]

墨染の夕べの山をながむれば松の立てるもさびしかりけり[拾]

敷島の歌のあらす田荒れにけりあらすきかへせ歌の荒樔田


公開日:平成18年11月26日
最終更新日:平成18年11月26日