神武天皇 じんむてんのう 別名:カムヤマトイワレビコ・ヒコホホデミ

初代天皇と伝わる。鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)と玉依姫の子。
初め日向高千穂宮にあったが、天下平定のため、兄五瀬命と共に東へ向かう。筑紫・阿岐(安藝)・吉備を経て、難波の白肩の津に至る。登美(とみ)のナガスネ彦に迎撃され、五瀬命はこの時の戦傷により紀国で崩じた。その後熊野を経由して大和の宇陀に達する。道臣命らを用いて兄宇迦斯(えうかし)・土雲八十建(やそたける)らを滅ぼし、畝傍の橿原宮で即位。伊須気余理比売を大后とした。
橿原宮址に明治二十三年創建された橿原神宮に祭られている。
以下は古事記中巻に載る、神武天皇御製と伝わる六首である。

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宇陀うだの 高城たかきに 鴫罠しぎわな張る 我が待つや 鴫はさやらず いすくはし 鯨さやる 前妻こなみが 菜乞はさば たちそばの 実の無けくを こきしひゑね 後妻うはなりが 菜乞はさば いちさかき 実のおほけくを こきだひゑね ええ しやこしや こはいのごふぞ ああ しやこしや こはあざわらふぞ

【通釈】宇陀の高台に、鴫を獲ろうと罠を張る。俺が待ってると、鴫は掛からず、りっぱな鯨が掛かった。さあ、皆に御馳走だ。古女房がおかずに欲しがったら、ソバの木の実のように中身の無いのを、たっぷり切ってやれ。新しい女房がおかずに欲しがったら、ヒサカキの実のように大きいのを、たっぷり切ってやれ。ええい、ばかものめざまあみろ、これはののしっているのだぞ。あっはっは、ばかものめざまあみろ、これは嘲笑っているのだぞ。

【語釈】◇宇陀 奈良県宇陀郡。古来狩猟地として名高い。◇いすくはし 鯨の枕詞。「勇細し」、すなわち勇ましくすぐれている意、あるいは「魚の中でもすばらしいもの」の意かという。◇鯨 原文は「久治良」。鷹は古く「くち」と言ったので(仁徳紀・和名抄)、この「くぢら」を「鷹(くぢ)ら」と解する説もあるが、鷹では御馳走にならない。◇立そば タチは植わっている意。枕草子には紅葉が美しい旨記述があり、一説にニシキギの古名ともいう。◇こきしひゑね 「こきし」は下に言う「こきだ」と同じく「たくさん」の意であろうという。「ひゑ」は肉などを削ぎ取る意。◇しやこしや 「しや」は罵って浴びせる詞。「こしや」は「をこしや」で「をかしや」に同じかという。◇こはいのごふぞ 「こ」は前の句の「しやこしや」を指す。「いのごふ」は不詳。人を賤しめて罵る詞かという。

【補記】古事記によれば、神武天皇が道臣命と大久米命を用いて兄宇迦斯(えうかし)を倒したあと、弟宇迦斯(おとうかし)によって献上された御馳走を兵士らに賜わった時に詠んだ歌。久米部に伝わる、戦勝を祝う歌であったか。「ええしやこしや…」以下は、打ち負かせた敵を嘲笑う囃子詞のようなものと思われる。この歌謡は「久米歌」として、即位礼などの饗宴に奏される。

 

みつみつし 久米の子等が 粟生あはふには 臭韮かみら一茎ひともと そ根がもと そ根芽ねめつなぎて 撃ちてしやまむ

【通釈】いさましい久米の者どもの、粟の畑には臭い韮が一本。その韮じゃないが、根元も茎もいっしょに、やっつけずにおるものか。

【語釈】◇みつみつし 「久米」の枕詞。語義・掛かり方未詳。

【補記】古事記中巻(以下同じく)。

 

みつみつし 久米の子等が 垣下かきもとに 植ゑしはじかみ 口ひびく われは忘れじ 撃ちてしやまむ

【通釈】いさましい久米の者どもの、陣営の垣の下に植えた山椒。その山椒じゃないが、口がひりひりするような恨みを俺は忘れないぞ。やっつけずにおるものか。

【語釈】◇はじかみ 山椒の古名。

 

神風かむかぜの 伊勢のうみの 大石おひしには ひもとほろふ 細螺しただみの いひもとほり 撃ちてしやまむ

【通釈】神風が吹く伊勢の海の、大岩にびっしり這いまつわってる、細螺(しただみ)のように、敵を隙間なく囲んで、やっつけずにはおるものか。

【補記】上の三首は、長脛彦を撃ち取った時に詠んだ歌という。

 

楯並たたなめて 伊那佐いなさの山の よも いきまもらひ たたかへば われはやぬ 島つとり 鵜飼うかひとも 今けに来ね

【通釈】楯を並べて射るという、伊那佐の山に登り、樹の間から敵をうかがいつつ行軍し、戦ったので、俺はもう腹ぺこだ。鵜飼いの仲間どもよ、はやく助けに来てくれよ。

【補記】兄師木(えしき)・弟師木(おとしき)を撃ち取った時、兵士たちが疲弊したので詠んだ歌という。

 

葦原の しげこき小家をやに 菅畳 いやさや敷きて 我が二人寝し

【通釈】葦原の、葦の繁った小屋に、菅の蓆(むしろ)をすっかり清めて敷いて、俺はおまえと二人寝たんだよ。

【補記】伊須気余理比売を宮に召したとき、狭井川のほとりの比売の家で一夜を過ごした昔日を思い出して詠んだ歌という。


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年03月12日