Q3.家持の代表作を挙げるとしたら、どの歌になりますか? A.現代では、万葉集巻十九の巻末の三首が、最も高く評価されることが多いと思います。まとめて「春愁三首」と言われることもあります。 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも繊細な声調、憂愁を帯びた情趣。家持のというより、後期万葉の歌風を象徴する傑作とされています。 もっとも、家持の作として、より人口に膾炙(かいしゃ)している歌と言ったら、百人一首の かささぎのわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにけるを忘れるわけにはいかないでしょう。しかしこの歌は、家持の真作であることが疑われています(Q2を参照してください)。 ところで「春愁三首」が家持の傑作と認められたのは、なんと家持の死後1100年以上も経った、大正時代頃のことでした。それまでは、全くと言っていいほど注目されずに来たのです(二首目だけは「いささ群竹」という珍しい言葉遣いのせいで、歌学書などにたびたび引用されたりして、ちょっとは有名でした)。 たとえば、平安時代はどうだったでしょう? 平安中期の大歌学者であった藤原公任(ふじわらのきんとう)が編集した『三十六人撰』という秀歌撰があります。そこに家持の歌として入っているのは、次の三首です。 あらたまの年ゆきかへる春立たばまづ我が宿に鴬は鳴けいずれも万葉集にある歌なのですが、いかにも平安朝好みの歌ばかりです。今から見ると、型にはまった美意識に基づいて詠まれている感じがするせいでしょうか、これらの歌は、現在では決して高い評価を受けているとは言えません。 ついでに、鎌倉時代初め、後鳥羽院の『時代不同歌合』に家持の秀作三首として採られた歌を見てみましょう。 残り一首が、すでに挙げた「かささぎの…」の歌でした。今度のは、叙景的だったり、幻想的だったりして、やや新古今風と言えるかも知れません。実際、この三首はすべて新古今集にも選ばれているのですが、いずれも『家持集』から採った歌で、現在では家持の真作とは認められていません。 このように、一口に代表作と言っても、時代によって変遷があるのです。 「春愁三首」にしても、時が経てば、さほど好まれなくなってゆくかもしれません。私自身、大変な傑作だとは思いますが、いちばん好きだというわけでもありませんし、この三首で家持の作風をじゅうぶん「代表」できるとも思っていません。 人によって好みはさまざまでしょうが、次のような歌も、家持の代表作と言って少しもおかしくない傑作だろうと思います。 春の苑紅にほふ桃の花したでる道に出で立つ乙女
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