日本全国郷土玩具バーチャルミュージアム:民芸館 :福岡県篇・第1回ー2:FUKUOKA(1)-2

古型博多人形
 よく知られている「博多人形」は、明治末期から土人形の域を脱して、工芸的な高尚な作風の人形へと変わっていき、今では伝統工芸品として評価されるよになりました。
 だが、中にはかたくなに古い博多人形の伝統的作風を守り続けてきた土人形があります。これを古型博多人形(または古博多人形)と呼んで、いまも郷土玩具として取り扱われています。
[歴史]:古型博多人形のなりたちについては、3つの流れがあるとされています。
(1)正木宗七を祖とする宗七焼。慶長年間(1596〜1615)、黒田長政が福岡築城の時の瓦職人であった正木宗七が、余技に人形をつくりました。
(2)小堀善左衛門正直を祖とする細工物人形。永亨9年(1437)京の木偶(でく)師であった小堀が、博多津の招きで下向、櫛田神社の境内に住み山笠人形の製作に従事しました。
(3)この両者の影響を受けながら、中ノ子吉兵衛が土俗人形を作り始めました。吉兵衛は製陶を業とした6代目安兵衛の次男として寛政9年(1797)に生まれ、4代目正木宗七幸弘の影響を受けて人形製作の志をいだきました。いろいろと工夫と研究をかさねて土俗玩具人形の創案につとめ、麦野の山中で人形作りに最適の土を見つけ、この土で人形製作を始めました。
 特に嘉永年間(1848〜54)の内裏雛の製作によって、博多人形の存在がひろく知られるようになります。
 この吉兵衛の子、吉三郎(2代目)は、四条派の絵師・村田東圃に師事し、その画法を人形製作に応用しました。明治元年、初めて歌舞伎人形を製作しますが、これが博多人形での写実的人形の始めでした。
 こうした人形からからやがて実物大の活(いき)人形へと発展し、人形、玩具の製作者も次第に多くなり、吉三郎はその人達の指導的な立場に立つようになりました。
 明治22年に東京で、翌23年には大阪で「国内勧業博覧会」が開かれ、「博多素焼人形」の名で出品しましたが、これがどうしたことか褒賞にはたんに「博多人形」と書かれていました。このときから「素焼」の2字が削られたままで、今日の「博多人形」の名称となりました。
 吉三郎没後、3代目は市兵衛が継ぎます。この人は人形より陶芸に力をいれて、宗七焼7代の名跡をも継ぎました。
 そのあと、市兵衛の次男、中ノ子勝美さんが4代目を継いで、現在の製作者となりました。(福岡市の隣町・春日市)
 勝美さんは戦後、全国的な商業ベースに乗る「博多人形」と区別するため、古い土型から生まれた人形を「古型博多人形」と呼ぶようになりました。
 なお、この人形は昭和26年より小型の古型博多人形の復元から始まり、現在に至っています。
製作者:中ノ子勝美(4代目):春日市春日町1524-57..TEL: 092-581-5867




博秀土鈴
 作者の井上博秀さんは、博多人形師の父、銀之助について人形作りを習いましたが、戦後、素焼の土鈴の魅力に引かれて、昭和35年頃から土鈴専門の製作者となりました。博秀さんは地元の博多帯土鈴、二輪加面土鈴、きじ車土鈴、など福岡にゆかりのある土鈴のほか、石川啄木の詩碑、野仏、道祖神など 多くの土鈴を作り、日本各地を訪ね、感動したもの、印象に残ったものを土鈴にしてしまうというユニークな作者です。
製作者:井上博秀(秀夫):福岡市西区今宿駅前1-9-27..TEL: 092-806-0391
民俗今宿人形
 今宿の農家の出身、大橋清助(本名:安五郎。明治13年生まれ)は、人形屋兼堤灯屋「みつや」に弟子入りします。明治38年独立して、今宿の街道沿いに「人形屋清助」を開業します。律儀な職人気質がかわれて「人清」の節供人形は評判がよく、馴染みの客も増え販路も広がりました。
 大正末期から昭和初期には、古い型の博多人形の売れ行きが落ち込み、多くが新型へと転向していきましたが、清助だけは古型の博多人形を守って作りました。
 2代目の大橋重雄さんは、幼くして父をなくし、叔父の清助に養子として引きとられ、土人形作りを養父より仕込まれました。
 昭和29年、清助は死にぎわに「時流に抗しても博多節供人形を後世に伝えよ」と遺言をしました。重雄さんはそれを守りこの土人形作り一筋に生きてこられました。
 大橋さんの土人形は、前期の中ノ子さんの古博多人形とは一味ちがった、ひなびた味わいの人形で、丁寧な彩色が特徴です。量産はされていないので、訪ねて行っても作品の無いときがあるようです。
 ◯ 右から二つめの、猿を肩に乗せている人形は、九州地方では「疱瘡(ほうそう)除け」の呪(まじな)いとして神棚にもまつられた「笹野才蔵」です。猿は山王(さんのう)様のお使いです。才蔵は疱瘡神を切り倒したという伝説があります。
製作者:大橋重雄:福岡市西区横浜町1-18-9..TEL: 092-806-0575


▼‥[Next] 福岡県篇(2)     △‥[Back] 福岡県篇(1)-1


  
  【民芸館】…▲
INDEX
   HOME】▲   △‥[Back] 高知県篇(1)


(1999.5.9掲載)