季刊かすてら・2003年秋の号

◆目次◆

軽挙妄動手帳
奇妙倶楽部
編集後記

『軽挙妄動手帳』

●不定形俳句●

『奇妙倶楽部』

●世界虚事大百科事典●

メールバンク

 話題銀行とも言う。電子メールやインターネット掲示板における話題の提供を目的とする組織。電子メールや掲示板で話がしたいが何を書いて良いのか判らない、という独自の興味も問題意識もないにもかかわらずコミュニケーションの欲求だけは高い現代人のために、各携帯電話会社、インターネットプロバイダなどが運営するホームページ。話題は、社会、経済、芸術娯楽、スポーツ、科学技術など詳細に分かれ、それぞれに最新の話題が毎日10から100程度提供され、著作権は放棄していないが契約者であれば自由に利用できる。このため、各運営者は作家、芸術家、学者、コメディアンを始めさまざまな分野の専門家のチームを有する他、一般からも広く話題を募集している。利用者の中にはここから話題を選んで何の加工もせずに複写してメールを出し、受信者もここから返信を複写するという事態も現れている。運営者の思惑通り、これにより携帯電話やインターネットの利用は増加した。小説家の伊藤咲夫はなぜかこれに怒り狂い、雑誌「週刊パルプ」誌上で「こんな物はコミュニケーションではない」とする批判論文を展開したが、発行の翌日には、これに対する反論の例文集がメールバンクに登場した。

如月竜之介

 静岡出身の作家の大塚直樹の小説。1920年刊。江戸時代中期の架空の藩を舞台とし、強欲な藩主に反感を抱く郷士の瀬戸次郎左衛門、その息子で剣の達人の晋作、藩主の姫の穂波、河原者の娘のるいなどが登場する。前半はこれらの人々を中心に、どうやら駿河湾に面しているらしいこの藩の、藩主による圧政と民の苦しみ、藩主に対する瀬戸親子の戦いを描く。しかし、真の主人公は後半に登場する。その年の冬、太平洋側のその土地ではかつて経験した事のない豪雪に見舞われ、交通は麻痺し、都市に食料は入らずに餓死者が続出した。と、突然、海の中から六十億匹の桜海老が現れて、除雪を開始する。この直前までファンタジーの要素は全くない時代劇である。当然読者は混乱するが何の説明もなく物語は進む。この桜海老を率いるのが小海老将軍の如月竜之介である。後半は雪の中から人々を救い出すこの桜海老たちの活躍を中心に、桜海老を捕まえて干し海老にしようとする藩主とそれを阻止しようとする瀬戸親子の戦いが描かれる。瀬戸親子が藩主の悪行を暴いて、藩主は幕府により切腹を命じられお家廃絶となり、町は桜海老によって雪から救われて大団円となるかに思われたが、桜海老ごときが将軍を名乗った事が幕府の怒りを買い、桜海老は全員捕まえられて干し海老にされ、大奥の食卓に上がった。
 出版当初、後半突然ファンタジーになるのは実験的手法と解釈され、部数は伸びなかったが話題にはなった。これに気を良くした大塚は、桜海老の切支丹が幕府の弾圧に耐える『如月シモン』、好色な桜海老の一群が次々に女陰に潜り込む『如月世之助』を刊行するが、全く注目されなかった。

ゾンビ・アパート

 英国映画。1986年製作。日本の漫画家、吉川耕一の原作を劇作家ノエル・クレイザーが一幕物の戯曲に脚色し、これをほとんどそのまま、『幸福なるゾンビ』(1984)、『陽気なゾンビ』(1985)を撮った新鋭監督ジョシュア・リーンが映画化した作品。当時、ゾンビ映画といえばジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(1978)、ルチオ・フルチの『サンゲリア』(1979)など、大量の血糊をぶちまけるスプラッタ映画が主流であったが、この作品は暴力的な場面はほとんどないホームドラマに近い内容で、唯一の出血場面は登場人物の一人が出産する所だけである。ただし、登場人物は全員が皮膚の腐りかけたゾンビである。
 画面構成はかなり実験的である。物語は一棟のアパートを舞台にしているが、この建物は三階建で各層にワンルームの部屋が四つずつある。スクリーンはこれに合わせて十二分割され、壁を抜いたように各部屋の内部を映し出している。つまり、映画の画面は縦三コマ横四コマの十二の四角い枠に分割されており、元々が一幕物の戯曲である事もあり、カメラはこの位置で固定されたまま動かず、最後までパンもクローズアップもないばかりか、時間の省略や回想場面もない観客と同じ速度で時間が進むリアルタイムのワンカットで一時間二十六分が撮り切られている。ワンカットと言ってもそれぞれの部屋を別々に撮影して合成しているので実際には十二台のカメラが回っている事になる。各部屋での出来事が同時に進行し、台詞も重なり合っているので観客の視点は定まらず、聞取りにくい事はなはだしい。
 登場人物(ゾンビ)の服装や部屋の内装、家具、言葉遣いなどから時代が現代である事はかろうじて判るが、アパートの外は全く映し出されないので、このアパートが何処にあり、なぜゾンビばかりが住んでいるのかという事は全く判らず、それをほのめかすような会話もない。一階の各部屋は観客から見て右側から11号室から14号室と呼ばれており、二階以上も同様である。間取りはどの部屋も同じで、観客に対しては壁と共に透明になっていて見えないが、手前には大きな窓と小さなベランダがあるらしい事がゾンビたちの動きや会話から判る。又、奥には廊下に面した狭い台所があり、観客からは見えないが便所と風呂場があるらしい。ワンルームという間取りから判る通り、登場人物(ゾンビ)たちはあまり裕福とは言えない。
 時刻はどうやら夕刻らしい。11号室は学生らしい男女(ゾンビなので顔から年齢は判断できない。服装や会話、部屋の様子からそう判断される)が六人も集まって鍋パーティーをしている。
 12号室は若い夫婦の部屋で、妻は夫の仕事中に間男を引っ張り込んでいるが、予定の変わった夫が突然帰宅して慌てふためき、間男を風呂場に押し込む。ところが夫が風呂に入ろうとするので風呂場の窓から廊下に出た全裸の間男は、隠れる場所を求めて鍋パーティーの真っ最中の11号室に飛び込んでしまう。学生たち、特に女性は大パニックとなる。
 13号室では一人のゾンビが昼寝をしている。布団を掛けているので服装は判らず、内装や家具も無個性で年齢性別職業などの手掛かりになる物はない。顔からはもちろん何も判らない。微かに上下して呼吸を表す胸の動きから気持ち良く寝ているらしい事が判るだけである。このゾンビはこのまま最後まで目を覚まさない。
 14号室も若い夫婦であるが既に離婚が決まっており、財産をどう分けるか慰謝料をどうするかで激しく言い争っていて、やがて掴み合いの喧嘩となる。
 21号室は大掃除の最中らしく、頻りに家具を動かすが一向に掃除ははかどらない。
 22号室は引っ越しの準備で荷作りに大忙し。手伝いの知り合いや引っ越し業者が頻繁に出入りする。
 23号室の住人は有閑婦人の若い男妾で、映画が始まるなり訪ねて来た婦人と激しく睦み合うが、もちろん二人ともゾンビである。
 24号室は空室だが、入居希望者が部屋を見学に来ており、大家がそれを案内している。隣室から聞こえて来る男女の愛し合う声が筒抜けになっているが二人ともそれに気が付かない振りをしている。
 31号室は独身の会社員で、映画の中盤になって帰宅してパジャマに着替え、テレビを見ながらビールを飲み始める。
 32号室は世話焼きのおばちゃん風の人物。夫の姿は見えず、部屋の様子からも存在が感じられないので独身なのであろうが、やたらに部屋を出たり入ったり、電話をかけたりしてばたばたと慌ただしい。その理由は隣室にあった。
 33号室の住人は女性の服を着ており、大きなお腹を両手で抱えて苦しそうに呻いている。やがて、32号室の住人が呼んで来た助産婦が到着して分娩が始まる。
 34号室だけはゾンビ映画らしい怪異な現象が起こっている。13号室に良く似た無個性な部屋で、部屋の中央には一人のゾンビが爛れた皮膚を曝した裸体で横たわっている。 その身体は徐々に変形して脹れ上がり、蝶や蛾のような大きな蛹となる。映画の終盤にその背中が割れて、部屋一杯の巨大な醜い親虫が羽化する。
 11号室では漸くパニックが収まり、迷い込んだ間男から事情を聞いた若者たちが同情して彼に鍋を勧めている。14号室では争いの末、妻が夫をフライパンで殴り殺してしまい、死体をどうして良いのか判らずにうろたえている。24号室では防音の悪さにあきれた入居希望者が帰ろうとするのを大家が引き止めている。33号室で赤ん坊の産声が上がると同時に23号室の有閑婦人がアパート中に響き渡る絶叫を放って性的絶頂に達したその時、34号室で羽化した怪物が口から火を噴いて画面全体が炎に包まれる。暗転してエンドロール。
 34号室の怪現象を除けば、住民がゾンビである必然性は何もない。

◆編集後記◆

 ここに掲載した文章は、パソコン通信ASAHIネットにおいて私が書き散らした文章、主に会議室(電子フォーラム)「滑稽堂本舗」と「創作空間・天樹の森」の2003年7月〜9月までを編集したものです。私の脳味噌を刺激し続けてくれた「滑稽堂本舗」および「創作空間・天樹の森」参加者の皆様に感謝いたします。

◆次号予告◆

2004年1月上旬発行予定。
別に楽しみにせんでもよい。

季刊カステラ・2003年夏の号
季刊カステラ・2004年冬の号
『カブレ者』目次