ルツェルン・イエズス教会のオルガン

 四森林州湖から流れ出るロイス川の川沿いに、古い石畳の町があります。近代的なルツェルン駅を出て有名なカペレ橋を渡ると中世の佇まいを色濃く残した町並みが出迎えてくれます。ワーグナーが愛した町。ラフマニノフが住み、ストラビンスキーが滞在し、フォーレが作曲の筆をとった町ルツェルンは、ヨーロッパの町の中でも、ウィーンやザルツブルクと並んで、音楽が最もよく似合う町ではないでしょうか。
 この町にはホーフ教会のとても立派なオルガンとともに、メッツラーの手になる19世紀の素晴らしいオルガンが、ロイス川沿いの第一級の立地条件のもとに建つイエズス教会にあります。
 始めてスイスに行った92年の9月の半ば、この教会に一歩足を踏み入れた私は、そのあまりの美しさに唖然としてしまいました。薄暗いフリブールやロモンの教会と違い、その華麗にして洒脱な装飾、色彩の軽やかさ、広い空間にあふれる光による建築は本当に月並みですが「素晴らしい」の一語に尽きるものでありました。
 しばらく見て回った後、座り込んでいたら今度はオルガンの調べが流れて来ました。その美しいことと言ったら!!
 おそらく練習をしていたのでしょう。部分的に繰り返したりしていましたから・・・。しかしそんなことはどうでもいいことです。何という曲かも全くわかりませんでした。オーケストラの曲やピアノの曲ならよく知っているつもりですが、オルガンはバッハやフランク、ヴィドール、ヴィエルネあたりで終わっている自分の無知を思い知らされました。しかし、ここでこのオルガンの音を聞けたことは、私にとって何にも代えがたい体験でありました。
 音が広い空間を降りてきて、天に消えていくかのように感じられました。教会の音響効果によるのでしょうが、広がりながら音が降ってくるような印象で、更にその音が長い残響の中を天に登り消えていくのです。一種の宗教的体験であったように思います。
 メッツラーの名前はスイスのあちらこちらで耳にするオルガン製作者です。大変な名工であったようです。

 さて最近、イギリスのハイペリオンから出ているCDでバッハのオルガン作品の演奏がこの教会のオルガンを使用して録音されていることを知り、早速取り寄せて聞いてみました。
 有名なSchubler Chorales と Leipzig Chorales 、Kirnberger Chorales といったプログラムでイギリスのオルガン奏者、クリストファー・ハーリックが演奏しています。演奏は実に清潔でレジストレーションは(専門でないのでよくはわかりませんが)適切、耳に実になじみやすい演奏で「バッハのコラールはこうでなきゃ」と思わせる立派なものです。録音も適切な残響を取り入れながらもほとんど直接音が中心で、タッチの雑音まで聞こえてくるなかなか迫力のある音です。(英hyperion CDA67071/2)
 最初の「イエスと呼ぶ声がする」が鳴り始めると、すぐにあのひんやりとした世界に私の心は何万キロも飛んであの九月のルツェルンに行ってしまいます。ああ!!