名オルガニスト、ライオネル・ロッグ

 ライオネル・ロッグと言っても日本では、随分マイナーな存在ではないでしょうか?オルガニストと言えば、シュバイツァー博士とヘルムート・ヴァルヒャとカール・リヒター、それにフランスの女流、マリー=クレール・アラン位しか日本ではメジャーとは言えないようで、せいぜい、レオンハルトやコープマンといったオランダ勢が古楽復興の波の中から知られている程度ではないでしょうか。
 オルガンそのものが、日本の音楽界の中でもマイナーな存在であることもその理由でありましょう。
 ライオネル・ロッグは一九三六年四月二十一日、スイス、ジュネーヴに生まれました。ジュネーヴ音楽院でピエール・セゴンにオルガンを、ニキタ・マガロフにピアノを学び、一九六一年、ジュネーヴでデビューしています。一九六〇年からは母校で教えていますし、音楽院でのコンサートも定期的に行っていて、その辺りのことはジュネーヴ音楽院のホーム・ページでも掲載されています。

 彼は、二度に渡りバッハのオルガン全集を録音した数少ないオルガニストの一人であります。他にヘルムート・ヴァルヒャ、マリー=クレール・アラン、リュプサムあたりが思い起こされます。
 最初の録音が一九六〇年代中頃のロッグ三〇代前半での記録で、スイス、アーレスハイムのジルバーマン・オルガンが使用されています。解説もロッグ自身が譜例入りで書いていて、大変意欲的な録音でありました。(フランス・ハルモニア・ムンディへの録音、日本盤もキングから出ています)
 二度目の録音はEMIへのもので、その十年あまり後のねので、ジュネーヴの聖ペテロ教会などで録音されたものであります。一部が日本でも廉価盤で昨年でましたので、聞かれた方もいらっしゃるかも知れません。

 その演奏は、実に堅牢で構築していく意志を強く出したもので、ロマンチックなデフォルメなどは薬にもしたくないような、一聴するとザッハリッヒな即物的な解釈であります。
 有名なトッカータとフーガニ短調でも、あっけないくらいあっさりとしているのですが、情熱の押し売りみたいな演奏や、昔はこうだった式の研究者の押しつけがましいものとも違う、バッハ自身の書いた音に立ち返った実に新鮮な音楽に、私には聞こえるのです。
 アゴーギク(テンポの揺れ)は最小限にして、ダイナミック・レンジの幅をあまり大きくとらず、音の重なり、主題と対位旋律の展開も妙に落ち着いて耳を傾けられる、私には大変好ましいバッハ演奏に思えます。

 幻想曲とフーガト短調のように大変ロマンチックな開始をもつ曲も、そのロマンチックな性格にもたれかからないで、厳しく音楽の展開の耳をよく傾けた演奏で、実に聞き易いものです。レジストレーションも実に丁寧に設定されています。
 リヒターのような求心力には欠けますが、 ハッタリではない誠実なバッハ演奏であると言えるでしょう。トッカータ・アダージョ・フーガの様な曲でも派手さよりも、音楽の構成が実によく見通せる演奏ですし、名曲パッサカリアでも言えるでしょう。

 総じて旧盤の方が使用しているオルガンが名器なのでしょう、聴き応えがありますが、音楽に対する解釈、演奏態度は全く同じで、ロッグが若くして自らの演奏スタイルを確立していたことに驚かされます。時折自由なアーティキュレーションの解釈がユニークですが、新盤になるとそういった面が随分抑えられているようです。

 ともかく一人のオルガニストがスイスのオルガンで二度に渡り同じ曲を録音してくれたおかげで、オルガンの音色の特色も味わえ、なかなか面白い全集であります。

 一度、ヴィエルネやヴィドール、フランク、メンデルスゾーンやレーガーなどのロマン派の機能的なオルガン曲の演奏や、プクステフーデ、パッヘルベルなどのバロックの色んな人たちの作品も聞いてみたいものだと思います。