updated Aug.31 1998
派遣110番によく寄せられる質問と回答例(FAQ)
ご相談の事例は、現在、リストラの一環として進められている、派遣子会社作りと正社員・常勤社員の移籍という方法だと思います。派遣の原則自由化が実現すれば、まさに、これが大っぴらに行われることになるのだと推測できます。すでに、この派遣110番でも取り組んだ「大阪歯科大学事件」や、1998年2月に公になった「日興證券事件」がその典型です。
一.会社からの雇用契約変更申し出について
子会社での雇用契約に変更という点について考えてみます。
ア.有期契約の更新拒絶と整理解雇
結論的には、私は、会社からの一方的な「整理解雇」という面を含んでいると考えます。
しかし、嘱託であること、しかも、「解雇」ではなく、「転籍」という形をとっているために、問題の本質がなかなか分りにくくなっていると思います。
そこでまず、「嘱託」(1年契約)と「解雇」の関係を考えてみます。
(1)労働契約の終了と解雇に対する制約
まず、労働契約の終了の場合のなかで、使用者の一方的な意思による「解雇」には、多くの制限があり、自由にできるわけではありません。
労働契約(雇用契約)には、雇用期間との関係で二つの種類があります。これと、契約の終了を関連させると次のようになります。
A.期間を定めた労働契約 期間満了により契約は終了。
B.期間を定めない労働契約 当事者の意思による解約で終了させる。
1.労働者の意思による解約 退職 2週間前に申し入れなどの緩い制約
「退職の自由」の尊重の要請から。
2.使用者の意思による解約 解雇 法律・判例・協約などの制約あり
この解雇には、2種類あります。
個別的解雇(懲戒解雇を含む) 労働側に個人的な理由がある。
集団的解雇(整理解雇) 会社側に経営上の理由がある。
以上から、使用者の都合による解約である、整理解雇はもっとも厳しく制約されることになります。
整理解雇については、裁判例で次のような解雇制限の法理が確定しています。
判例1:東洋酸素事件・最高裁判所昭55年4月3日判決
整理解雇が有効とされるためには、
企業運営上の必要性、配転による剰員吸収措置、人選の客観性・合理性の要件を充足することが必要である。
判例2:大阪造船事件・大阪地決平元年6月27日判決
整理解雇が有効とされるためには、
第一に企業が厳しい経営危機に陥っていて人員整理の必要性があること、第二に解雇を回避するために相当な措置を講ずる努力をしたこと、第三に右解雇回避措置を講じたにもかかわらず、なお、人員整理の必要上解雇する必要があること、第四に被解雇者の選定基準が客観的かつ合理的なものであって、その具体的な適用も公平であること、第五に解雇に至る経過において労働者または労働組合と十分な協議を尽くしたことの各要件を充足することを要する。
この大阪造船の事件は、民主法律協会で取り組んだもので、整理解雇を制限するために、5つの厳しい要件を示した点で画期的なものです。
上の5つの要件の一つでも満たしていなければ、解雇は有効ではありません。
ご相談の事例では、第1の要件「企業が厳しい経営危機」にさえあたりません。
むしろ、「予防的」「生産向上的」解雇であることを、会社自体が表明したものと考えられます。裁判所は、こうした「予防的解雇」であるとわかれば、まず、解雇無効と判断しています。
判例3:東京教育図書事件・東京地裁平成2年4月11日判決
営業収入は減少し営業損失を計上しているが倒産の危機にあるという切迫の程度に疎明がなく、夏季・冬季一時金を支給していること、解雇直後にアルバイト従業員等の採用を行ったことなどを理由に整理解雇の必要性の存在を否定
(2)有期労働契約と更新拒絶(雇い止め)
期間を定めた労働契約(有期契約)の場合にも、「解雇」の法理が適用される場合が少なくありません。
1年契約の嘱託の場合でも、契約を繰り返しているときには、「連鎖(れんさ)契約」(一つ一つは、期間を定めた契約=有期契約であっても、それを何度も繰り返すならば、一つの長い「鎖(くさり)」と考えられます。
この「連鎖契約」については、最高裁判所が「解雇」(類似)の法理を適用するべきだとしており、判例法理としてほぼ確定しています。
つまり、何回か労働契約の更新を繰返したとき(反覆更新)、一つ一つは有期であっても、その「期間」の実質的には「期間を定めない契約」に「転化」したとか、「期間を定めない契約」と同様に考えるべきことになります。したがって、契約の更新をある段階でしないこと(拒否すること)は、「解雇」と考えられます。
つまり、4年目ということですから、嘱託の1年契約の更新を3回繰り返したときに、4回目の契約更新を拒絶したことは、形は「更新拒絶」であっても、実際には、「期間を定めない労働契約」と同様になったと考えれば、それを使用者が一方的に解約することになり、「解雇」と考えられます。
判例4:東芝柳町工場臨時工事件・最高裁判所昭和49年7月22日判決
雇用期間二か月の労働契約が五回ないし二三回にわたって更新を重ねた場合、実質上期間の定めのない契約が存在し、その傭止めは解雇の意思表示にあたるというべく、経済事情の変動等特段の事情の存しない限り、期間満了を理由に傭止めをすることは、信義則上許されない。
判例5:三洋電機事件・大阪地裁平成2年2月20日判決
三洋電機の1年契約の「定勤社員」が整理解雇したもので、裁判所は、「1年という期間が反復更新されていた定勤社員につき、実質的に期間の定めのない労働契約と異ならない状態で存在していたとして、解雇法理の類推適用が認められ、業績悪化を理由とするその全員の雇止めが、企業全体としてはまだ余力を残しているのに、余剰人員を確定して希望退職を募るなどの解雇(雇止め)回避努力を怠ったものとして、合理的理由がなく無効と判断した。
1年契約の定勤社員の労働契約の更新拒絶について、上記の整理解雇の法理を適用し、当時、黒字で企業全体では経営危機になかったのに、「解雇」したことは要件を欠いているとして、解雇(雇い止め)を無効としたものです。
この三洋電機定勤社員解雇事件は、民主法律協会全体で取り組んだものですが、今回の事例に類似しています。「労働組合」というものさえ、まったく知らなかった主婦パートが、余りにも勝手で理不尽な会社のやり方に疑問を感じて、大きな力を周りに作り上げ、裁判でもほぼ全面勝訴して、解雇を無効として原職復帰した事例です。繰返しになりますが、今回の事件と本質的には同じですので、大いに参考にできると思います。
イ.転籍について
「転籍」というのは、現在の会社(使用者)とは別の会社(使用者)に雇用されることですが、労働法令にはこうした用語はありません。実務と法理論上のことばです。したがって、転籍という言葉については、その意味をよく考えてみる必要があります。なお、転籍と同じ意味で、「移籍」や「転籍出向」という言葉も使われます。
まず、転籍は、一方的な命令として行うことはできません。
労働契約の相手方は、契約のもっとも基本的な内容ですので、労働者の合意が必要です。最近は、入社のときの約束や就業規則などで、転籍を「合意」することも増えているようですが、今回は、そんな約束はなかったのですから、労働者がいやだと拒否しているのに、転籍を命ずることはできません。
(民法625条1項は、労働者の同意なしに使用者が第三者に権利を譲渡してはならないと、労働契約の一身専属的性格を定めています)
通常は、他の会社との新たな労働契約の締結(採用)を条件に、現在の会社との労働契約が終了することを「転籍」と考えることができます。
このとき、現在の会社との労働契約の終了を、「解雇」と考えるか、「退職」と考えるかで、決定的な違いが出てきます。「退職」であれば、労働者の側からやめることですので、元の会社(使用者)には大きな負担はなくなります。「解雇」であると考えれば、上記の整理解雇などの「解雇」制限の法理が適用されます。
少なくとも、メールで書かれた経緯や状況では、転籍を拒否したら、契約更新の拒絶=解雇になると考えられますので、やはり解雇制限法理の適用が問題になると思います。
支社長が一方的に説明したのは、まさに、転籍が、使用者の側からの契約打ち切り、すなわち解雇であることを示しています。したがって、こうした転籍=解雇については、前述の大阪造船所事件判決が示した、5つの要件が満たされなければなりません。
もっとも、クビ切りだけの「解雇」とは違って、子会社での雇用の継続があるのだから、「よりましだ」とか、「解雇回避の努力の一つ」だという口実を会社は言うかもしれません。しかし、その場合には、
第一に企業が厳しい経営危機に陥っていて人員整理の必要性があること
という条件を満たしていることが必要です。
判例6:日新工機事件・神戸地裁姫路支部判決(平成2年6月25日)
「移籍先を会社が準備し、移籍条件に本人が適任と会社が判断し、移籍を勧めたにもかかわらず、移籍を拒否した者」との整理解雇基準に該当するとしてなされた整理解雇が、整理解雇の要件を欠くものとして無効とされた例
機械製造販売会社が輸出不振等により多額の欠損が出たとして行つた整理解雇について、会社のとつた事前の解雇回避措置が徹底を欠き、また、整理解雇基準の選定及びその具体的適用が客観的合理性に欠けるとして、右解雇を無効とした事例
二.労働者派遣法違反=職業安定法違反の疑い
さらに、上記の雇止め=解雇の点についての問題だけではなく、労働者派遣法違反の問題があります。多くの問題点を指摘することが可能です。
(1)派遣法の手続き
「派遣法に法った手続きをしていないため、『出向』というのが明確な位置づけということ」というのは、あまりにもひどい理由です。
労働者派遣法は、特定労働者派遣事業(常用型)であっても、公共職業安定所に届け出る義務があります。B社は、こうした手続きをとっていない以上、派遣にするために、派遣子会社(B社)に出向するというのは、違法な派遣を目的をしたもので、それ自体許されないものです。
(2)対象業務以外の派遣=違法
労働者派遣法は、限定された業務以外では「派遣」することはできません。
一般事務は、明らかに対象業務以外ですので、こうした事務での派遣は違法です。かりに、OA機器の操作やファイリングといった対象業務となっている事務作業でも、それ以外の作業を命ずることはできません。
(3)特定会社への派遣の禁止
労働者派遣法は、派遣会社が特定の派遣先にだけ労働者を派遣するような、派遣の子会社を認めていません。B社(派遣元)が、A社という特定の派遣先にのみ労働者を派遣することは、原則的に認められません。
労働者派遣法第48条(特定企業への派遣の制限)
労働大臣は、この法律(前章第四節の規定を除く。第五十条及び第五十一条において同じ。)の施行に関し必要があると認めるときは、労働者派遣をする事業主及び労働者派遣の役務の提供を受ける者に対し、労働者派遣事業の適正な運営又は適正な派遣就業を確保するために必要な指導及び助言をすることができる。 |
三、その他労働基準法違反など
また、年次有給休暇の権利は、労働基準法の定める労働者としての最低の権利です。それを事実上奪う措置は、余程の理由があってもできません。避けるのが会社の最低の義務です。
会社が特別な経営危機でもないのに、労働者の最低の権利の一方的剥奪をもたらす、今回措置は、違法な「攻撃的解雇」として労働基準法違反、あるいは公序良俗(こうじょりょうぞく)に違反して無効であると思います。
会社のやり方は、余りにも理不尽すぎます。
嘱託、1年契約、転籍、派遣・・・などなど、いかにも労働者にとって不利な状況を作り出していますが、皆さんの労働力をあてにし、それをさらに安く便利に使おうという会社の意図は、事実に目を向ける人には明らかです。
とにかく、労働法は実態を重視します。たしかに、形式を会社はうまく利用しているようですが、1年契約であるが長期に雇っているのが実態ですし、解雇して実体のない子会社に転籍するのが真のねらいです。派遣とはいっても、実態は以前と変わらない職場での労働者の権利を剥奪しての継続的利用です。この実態は形式をいくらゴマかしても隠すことはできません。
理は労働者の側にあると思います。実態の証明は簡単ではありませんが、難しいわけでもありません。いただいたメールは、ポイントをかなり正確に把握されており、文面だけで、問題点がよく分ります。これほどの知性があれば、相手の非や矛盾点を的確に突くことは可能だと思います。
解決方法は、事情によって異なりますが、これまでの例として、
『がんばってよかった』(かもがわ出版)を是非、参照して下さい。
労働組合の結成(嘱託だけでも可能。できれば産別や地域別の組織の支部として)をすれば、解決の展望は大きく切り開けます。少なくとも、現状を守ることができます。権利の実現のためには、労働基準監督署、公共職業安定所、労働委員会などの行政機関以外に、裁判所での取り組みが必要だと思います。弁護士の方とじっくり相談して下さい。