deregulation of labour law and atypical employment 規制緩和と不安定雇用

民主法律協会創立40周年記念特集号『権利闘争の新たな展開をめざして』民主法律227号(1996年7月)、68頁−75頁

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第三章 雇用の流動化と労働者の権利


第一 規制緩和と不安定雇用

                    脇田 滋(龍谷大学)

 一 雇用の三グループ化と非正規雇用


  ここ数年、日経連をはじめ主な経営者団体は、ほぼ一致した方向として、常用雇用を、多様な雇用形態、すなわち「非正規」の雇用形態に置き換えていくことを提言している。日経連の「新・日本的経営システム等研究プロジェクト報告」(一九九五年五月)は、終身雇用や年功序列賃金の大幅な見直しを求め、(1)幹部候補となる「長期蓄積能力活用型」、(2)専門分野を担当させる「高度専門能力活用型」と(3)「雇用柔軟型」に分類して、雇用を三グループ化させていくことを提言した。そして、「高度専門能力活用型」は任期制や契約社員、「雇用柔軟型」は、パートタイム労働者や派遣労働者の活用を想定している。
  ごくわずかの「長期蓄積能力活用型」を残す以外は、雇用の流動化を積極的に進めようとするものである。この三グループ化を実現するために、労働者派遣や有料職業紹介の対象業務の自由化などの規制緩和が提言されている。労働省も、これに対応して、三年から五年の「任期制」や「有期契約」の導入を含めて、ほぼ同じ基調の立法政策を追求している。
 その背景については、情報化の進展、産業構造の変化、高齢化の進展、円高による日本経済の悪化、東西冷戦の終結と旧東側諸国の市場経済参入など、「メガトレンド」のなかで雇用の流動化を進める経済的必要性があることが異口同音に指摘されている。
 これらの提言や新たな労働立法構想の狙いが実現すれば、労働者にとって、きわめて厳しい状況をもたらすことになる。なぜなら、労働者派遣や民間職業紹介の自由化は、従来の常用雇用の破壊を前提に、企業から放逐された男性中高年労働者(サラリーマン)の大量の層をターゲットとしており、営利的仲介者に「市場」やビジネス・チャンスを保障するために、大量の求職者を生み出すこと、つまり、今後も常用雇用の削減を継続すること前提にしているからである。要するに、従来の「日本的雇用」を、根本からひっくり返して、常用雇用を非正規雇用化しようとすることに真の狙いがあると考えられるのである。

 二 「非正規雇用」が日本的雇用の典型に?


 各国の労働法と同様に、日本の労働基準法や労働組合法は、常用の直接雇用を労働者の典型として、その労働条件の保護や身分の保障を図ろうとしてきた。しかし、現実には、「常用雇用」や「正規雇用」とは、異なる「非正規雇用」や「不安定雇用」が急速に拡大している。
 昨年九月に発表された、労働省の「九四年就業形態の多様化実態調査」によれば、正社員が減って、その代わりにパートタイム労働者など非正社員の割合が増えている。それによれば、非正社員は二二・八%、その中でパートタイム労働者の割合が一三・七%、臨時・日雇い四・四%、契約・登録社員一・七%、出向社員一・四%となっている。非正社員を雇用する企業のうち、パートタイム労働者を雇っている企業は全体の四七・七%、臨時・日雇い一四・九%、出向社員六・九%、派遣三・四%である。非正社員を雇う理由は「人件費節約のため」が四六・一%とほぼ半数を占めている。
 正規従業員が、労働基準法や労働組合法などの適用を受け、全面的にその権利を行使できる労働者であるのに対して、パートタイム労働者、臨時労働者、名目的自営業者などの非正規雇用の労働者は、労働条件について差別され、身分保障の点できわめて不安定な地位にある。
 このような雇用形態は、企業の必要に応じて自由に創り出されるために、名称を含めて、きわめて多様な内容をもっている。それらを大きく三つに分けると、(1)臨時労働者・パートタイム労働者型(直接雇用であるが、雇用期間を短く限定されている)、(2)派遣労働者型(事業場内下請労働者など間接雇用の形式で、実際には受入れ企業に使用されている)、(3)名目的自営業型(持込み運転手、家内労働者など、形式的には労働法上の労働者として扱われていない)である。
 民主法律協会は、四〇年間、労働者の権利の実現に取り組んできたが、とくに後半の二〇年間は、このような「非正規雇用」労働者の無権利な状態と差別を克服する課題が増加している。そのなかで、原職復帰を実現した三洋電機定勤社員事件や、派遣労働者の正社員化など、様々な困難を乗り越えて具体的な解決の結果を得たものも少なくない。(民主法律協会派遣労働研究会『がんばってよかった 派遣から正社員へ』〔かもがわ出版、一九九五年〕参照)
 ところが、前述したとおり、財界や政府は、「非正規雇用」をむしろ、日本的雇用の典型にしようとし、そのために、障害となる労働法規制を緩和する立法改革を進めようとしている。常用雇用を前提とする、従来の労働法と労働者の権利闘争は、いま、重大な転機を迎えようとしている。


 三 雇用形態の規制緩和を積極的に推進する日本政府


 ところで、一九七〇年代までと一九八〇年代以降とでは、労働立法の役割に根本的な変化がある。つまり、戦後の一時期を除いてほとんど改正されることがなかった、労働基準法や職業安定法が、一九八〇年代以降、状況の変化を理由に相次いで見直され、全体として規制緩和の方向で改正されてきた。政府は、現実の非正規雇用の慣行を追認し、労働立法を通じて、それらを法のなかに位置づけ、逆に拡大しようとしている。その意味で、政府が、日本的雇用の見直しを積極的に推進しているのである。
 この視点からみれば、一九八〇年代からの「臨調行革」の意味が改めて明らかとなる。すなわち、一方では、福祉・教育・医療などの公共的な行政が縮減されたが、それと同時に、行政が率先して、パートタイム労働・臨時労働や派遣労働といった、民間で蔓延していた不安定雇用を追認し、それを公務部門でも拡大したのである。
 公務員法や共済組合法の適用を受けることによって、常用雇用の形態で、一定水準以上の労働条件を保障されていた「正規の」公務員が削減されることになった。「民間委託」は、委託先の民間企業・民間法人に所属する労働者の低い労働条件を前提にしていた。また、形式的には公務員であっても、労働条件や身分保障の点で「正規」とはまったく異なって劣悪な水準の、パート形態や臨時の非正規雇用公務員が増加することになった。

 前述の雇用の三グループ化も、実質的には労働者派遣法と男女雇用機会均等法の制定(一九八五年)によって、すでに第一段階を済ませている。当時、直用正社員のなかでも、多くの男性は「長期蓄積能力活用型」、他方、多くの女性は、結婚までの短期間の「雇用柔軟型」の雇用管理の下にあった。こうしたなかで、男女雇用機会均等法にともなう労働省のガイドラインは、コース別複線型人事管理、すなわち男女を問わない「雇用柔軟型」に道を開き、さらに、大企業の系列型派遣会社が認められ、大企業は女性正社員を派遣労働者に代替し始めたのである。要するに、政府は、男女平等の本来の要請を逆手にとり、女子保護の負担を嫌う経営者の意図に沿って、多くの女性を非正規雇用に追いやる道を進めた。その道は、バブル崩壊時には、新たな情報化についていけない高賃金労働者である、中高年男性ホワイトカラーのリストラに論理的につながっていき、全体としての雇用破壊を生み出す基盤を形成した。
 雇用の三グループ化は、すでに半ば完成されつつある。パートタイム労働者は、現在では、一〇〇〇万人にも達している。後発の産業であるチェーンストア業界では、ごく限られた常用労働者以外は、圧倒的多数の従業員がパートタイム労働者である。そこでは、非正規社員がむしろ雇用の典型であり、逆転現象【傍点四文字】が見られる。このチェーンストアの状況を、男性を含めて、すべての労働者、すべての産業に広げようとするのが、雇用の三グループ化の目標である。


 四 国際的な労働法の常識とかけ離れた非正規雇用慣行


 しかし、このような「規制緩和」は、不安定雇用を規制しようとする、国際的な労働法の発展方向に真っ向から逆らうものである。ここでは、(1)解雇制限=有期契約規制、(2)同一労働同一待遇、(3)労働組合の「代表性」の三つの視点から、検討を加えてみることにする。


 1 常用雇用の保障=解雇制限=有期契約の規制を


 ドイツ、フランスなどヨーロッパ各国では、戦後、「解雇制限法」が制定されている。つまり、雇用期間を定めないことを原則とし、特別な合理的な理由がない限り、使用者からの一方的な労働契約の解約はできない。この解雇制限と同一雇用の継続を重視する考え方に基づいて、雇用期間を限定した有期労働契約についても、例外的なものとして,そのような期間を限定することにつき、一定の合理的理由が必要であるとする考え方が労働法の基本的原則となっている。そして、特別立法として短期労働契約規制法を定める国(フランス、イタリア)や、最高裁判例によって、解雇制限法の脱法に該当しないように一定の正当な理由があるときに有期の労働契約を認める国(ドイツ)に分れている。このように、期間を定めない労働契約を原則として、有期労働契約を例外的にしか認めないときには、非正規雇用の中心的な形態は、ほとんど認められないことになる。
 これらの国々と比較すると、雇用の調整弁として、有期の労働契約の利用はますます拡大しているにもかかわらず、日本の法規制はきわめて緩やかに過ぎる。
 まず、解雇については裁判例によって、相当な合理的理由が必要であるとされているが、明確にこれを規制する労働立法は、現在にいたるまで制定されていない。時代の変化に対応した労働基準法などの見直しや労働契約法を立法的に検討する、労働基準法研究会も、解雇規制法の制定については、きわめて消極的である。
 次に、問題点として指摘できるのは、日本の裁判例が、有期労働契約について、ドイツの裁判所のように解雇制限法理の脱法として制限する見解を採用していないことである。むしろ、裁判例は、正社員中心の日本的雇用を前提にして、有期労働契約など非正規雇用の労働者については、整理解雇の際に、優先的に解雇されたり、労働条件の点で、身分的な格差があることについて、きわめて鈍感な対応をしているといってよい。
 さらに、日本では、有期の労働契約を利用できる場合を例外的な事由に限っていない。短期契約の反復更新による「連鎖契約」によって、常時採用される有期契約労働者が少なくなく、いわゆるパートタイム労働者も、実際には短時間労働者というよりも、短期契約労働者という側面が強い。一九九三年の「パートタイム労働法」も、雇用期間を定めることについては何らの規定も置いていない。この点では、日本に求められているのは「規制緩和」ではなく、むしろ、ヨーロッパ並みに、解雇制限法を明文の立法として制定することである。さらに、有期労働契約についても、立法によって一定の事由に限定するように、規制を強化することが、強く求められているのである。
 ところが、現在、「労働基準法研究会」で検討されているのは、こうした課題にまったく逆行して、三年から五年の有期労働契約を認めるように、労働基準法の改正を行うことである。これは、ILOやヨーロッパの先進資本主義諸国の動向にまったく逆行するものであり、「任期制」や「契約社員」を導入しようとする、日経連等の雇用の三グループ化構想に沿ったものと言わざるを得ないのである。

 2 同一労働同一待遇


 (1)非正規雇用という「社会的身分」

 ILOやヨーロッパ諸国では、同じ労働をしている限り、その雇用形態にかかわらず、非正規雇用労働者も正規雇用労働者と同等な労働条件や権利を保障されるべきであるという原則を堅持している。これは、おそらく日本の状況とは根本的に異なる点である。
 たとえば、一九九四年のILOパートタイム労働に関する条約(一七五号)は、パートタイム労働者がフルタイム労働者と同一の保護を受けることを基本として、パートタイム労働者に、(a)団結権、団体交渉権及び労働者代表として行動する権利、(b)職業安全衛生、(c)雇用及び職業の差別の禁止を原則として定めた(第四条)。とくに、パートタイム労働者は、フルタイム労働者の賃金に比例した賃金が保障され(第五条)、その自由な選択によって、フルタイム労働者への転換が認められている(第一〇条)。
 ここには、パートタイム労働者も、同じ労働をしているときには、フルタイム労働者と同じ待遇が保障されるべきであるとする考え方が貫かれている。もちろん、非正規雇用ではあるが、その弊害をできる限り防ぐという基本視点は維持されている。つまり、同一労働同一待遇の原則は、短期契約に基づく労働者であっても、また、派遣労働者についても同様に適用されるべきなのである。
 ところが、このような国際的な常識から見ると、日本では全く逆に、パートタイム労働者をはじめ、非正規雇用の労働者は、正規社員と「身分的」ともいえる差別的な待遇を強制されている。その労働条件は決定的に劣悪であり、安全衛生だけでなく、社会保障の権利でも差別されており、それについて合理的な根拠を具体的に指摘することは不可能である。端的に言って、日本の非正規雇用については、「同一労働差別待遇」が現実である。
 なぜなら、日本のパートタイム労働者や臨時労働者の多くは、純粋な意味でのそれではない。正規従業員ととくに合理的な区別なしに、ほぼ同等な労働に従事している。パートといっても、フルタイム労働者と労働時間について、ほとんど正規従業員並みの「疑似パートタイム労働者」も少なくない。臨時労働者といっても、何回も契約を更新し、何年にもわたって雇われている「臨時」労働者も少なくないからである。それにもかかわらず、労働条件や雇用の継続について決定的な格差があるのは、「身分的な差別」に該当すると言わざるを得ない。
 日本政府は、こうした現実を熟知していながら、前述のとおりILOのパート労働条約の審議の場では、雇用形態に基づく差別待遇禁止に執拗に反対している。労働省は、戦後すぐに、臨時工が労働基準法第三条の「社会的身分」による差別に該当しないという、行政解釈を表明したが、このホコリにまみれた解釈を現在も維持し続けている。
 しかし、パートタイム労働者等は、いまや約一〇〇〇万人に達している。この現在の日本の雇用状況のなかで、非正規の「雇用形態」による劣悪な地位は、特定の企業に限られたものではない。それは、日本社会全体に広がりをもつ共通の事実であり、明らかに「社会的身分」に基づくものと考えられる。
 したがって、パートタイム労働者や契約社員等、同じ労働をしていながら、正規社員と比較して、あまりにも低い労働条件の下での労働に従事しているときには、労働基準法第三条を適用して、「社会的身分」による差別と考えるべきである。(同旨、松岡三郎博士。最近の丸子警報器事件長野地裁上田支部平成八・三・一五判決は、正面からは「社会的身分」による差別を認めなかったが、改めて、パートタイム労働者の差別的待遇が労働法の基本原則に抵触するという問題を提起している。)

 (2)企業規模による労働条件格差と「日本的派遣労働」

 さらに、企業規模による労働条件の違いが大きい日本と、産業別の労働協約を通じて、企業横断的に労働条件が統一的に規制されるヨーロッパ諸国とでは、非正規雇用のもつ意味は根本的に違ってくる。とくに、間接雇用型の非正規雇用である、事業場内下請けや派遣労働については、受け入れ企業の労働条件と、下請けや派遣会社の労働条件とに大きな格差があり、派遣先の正規社員と派遣労働者との間の待遇の違いが,「安く使えますよ」ということで、派遣会社の売り込みのキヤッチフレーズとなっている。
 フランスをはじめヨーロッパの労働者派遣法には、派遣先の正規社員と同じ仕事をしていれば同じ待遇を保障する、という原則が明文で規定されている。派遣労働者であれば、正規従業員よりも低い労働条件でもよい、とするのは、世界には通用しない、日本だけの「常識」にすぎない。
 一九八六年、労働者派遣法が施行されたときに、銀行や商社をはじめ、大企業の子会社・系列会社としての派遣会社が数多く生まれた。外国には、このような派遣会社は存在しない。この第二人事部的派遣会社は、昨日までと同じ労働に従事する女性労働者が、次の日からは、派遣労働者として、派遣元の低い労働条件を適用されるというものであった。まさに、企業規模による労働条件格差が、派遣労働者の低い労働条件に結びつけられたものであって、異常な「日本的派遣」の特徴を端的に示すものである。


 3 労働組合の代表的役割と労働条件の拡張適用


 (1)労働組合と非正規雇用

 さらに、日本の非正規雇用の特殊性を考えるときに、避けることができないのが、労働組合の消極的な役割である。日本の労働組合の最大の弱点は、企業別に組織されているだけでなく、正社員だけで組織されることが多い点である。この点では公務員組合も同様であり、非正規の雇用形態労働者を組織する例はまだ稀である。
 本来、労働組合は企業横断的な産業別組織であり、ある企業の従業員だけで構成される組織は労働組合とはみなされない。ヨーロッパの産業別労働組合は、全国的組織であって、その活動は組合所属者のためだけではない。フランス、イタリア、スペインなどのラテン諸国では、ストライキへの参加は一定の産業、職種、地域、事業場に所属するすべての労働者に呼びかけられ、未組織労働者も参加する。その反面、労働組合が締結した全国的な産業別労働協約は、未組織労働者にも拡張適用される。同一労働であれば、企業規模が零細であっても、また、未組織労働者であっても、非典型雇用(atypical employment)の労働者であっても、産業別の同一の最低労働条件が適用されるという労働慣行が確立している。
 これに対して、日本の労働組合は、企業外の未組織労働者のために活動することは、現実にはほとんどない。むしろ、同じ企業でも非正規社員であれば組織しない組合がほとんどである。労働組合の締結する労働協約は、その適用範囲が組合員だけであって、未組織の非正規社員に適用されることは少ない。
 同一労働同一賃金の原則が、産業別労働協約を通じて中小・零細企業の労働者に適用されることはないし、使用者を同じくする直用のパートタイム労働者や有期契約労働者に、未組織であっても同一労働であれば同一の労働条件を適用するという全体の労働条件引き上げという拡張適用的な協約の慣行はほとんど存在していない。世界にも稀な、差別的非正規雇用慣行は、このような多くの労働組合の、正規従業員に範囲を限った組織活動や協約活動によって、強い裏付けを与えられている。

 (2)労働組合自身の首を絞める「正社員主義」

 しかし、この労働組合の活動が、長い目で見たときには、労働組合自身の首を絞める、自殺行為的なものであることは、きわめて明らかである。
 まず、同じ労働をしていながら、低い労働条件で働く労働者を容認することは、同じ労働をしていながら、高い労働条件で働く者の経済的な不効率さを浮かび上がらせることになる。企業にとって、前者が増大すれば、後者は無用であり、企業から放逐すべきリストラの対象者となる。
 つぎに、非正規雇用が拡大しているのに、その要求を組織化できない労働組合は、すぐに組織率を低下させ、組織人員が減少し、専従的な役員を支える経済的基盤は崩れ、労働組合としての活動は停滞する。
 最後に、労働組合が団体交渉権や争議権などをもち、市民法からみれば「特権」ともいえる地位を占めるのは、特定の産業、職種、地域、事業所などに所属する未組織の労働者を含めた、全体を「代表」する組織であることに、社会的、道徳的そして法的な理由がある。もっとも恵まれた労働条件にある正規従業員だけが、労働組合を組織することができ、団体交渉権をもち、労働協約を適用されるのに、それを非正規雇用や中小・零細企業の未組織労働者に拡張適用しようとしていない。このような異常な労働組合は、日本以外にはほとんど存在しない。
 団結権や争議権は、憲法上の基本的人権である。一部の恵まれた大企業の正規雇用労働者や公務員労働者だけのものではない。差別的な労働条件に苦しむ非正規雇用労働者の無権利を放置しながら、労働条件の改善を要求しても、社会的な支持を得られるはずがない。労働組合を強くしないで、人件費を抑制できる非正規雇用を増大させるのは、経営者の論理としても当然のことである。

 (3)労働組合の再生のためにも非正規雇用の組織化を

 本来であれば、差別的なパートタイム労働や派遣労働が導入されるときに、労働組合は、その存在をかけて抵抗することが必要であった。いまとなっては、労働組合が再生するためには、労働組合が組合員だけの労働条件を改善する「私的な」団体であるという、狭い考え方を払拭することである。労働組合は、未組織労働者の利益をも擁護する「代表的」組織であることを自覚し、その活動に取り組むことによって、多くの未組織労働者や社会全体からもその存在意義を再確認されるのである。
 日本の正社員企業別組合は、いま、大きな岐路に立たされている。一つは、従来の発想にこだわり続け、「非正規雇用の問題を自らの問題ではない」として、正規従業員だけの単なる「私的な利益集団」にとどまる道である。それは、経営者や労働省の「雇用の三グループ化」の波に呑み込まれ、非正規雇用が日本的雇用の典型となるなかで、「じり貧」状態に陥っていく道である。
 もう一つは、未組織労働者=非正規雇用や零細企業労働者の問題をも自らの問題として取り組み、本来、憲法によって期待され「代表的」役割を、ヨーロッパ諸国の労働組合にならって果たすように生まれ変わる道である。それは、同じ職場・事業所、職種、地域、産業で働く労働者の全体を組織や労働協約の適用対象とする、新たな組織活動を求めるものであって、法的には、同一労働同一賃金や公正な労働条件の拡張適用を追求する主体になる道である。
 労働組合自体が主体的に自己変革することが困難であるとするならば、自覚的意識的な労働者の活発な論議が急がれる。パートタイム労働者や派遣労働者の組織化や地域や産別の新たな組織活動の芽を大事に、しかし、急いで育てていかなければならない。

 おわりに


 最近の日本政府=労働省は、なかなか狡猾である。
 いま、日本政府は、ILOが、有料職業紹介条約(第九六号)の見直しを進めようとしていることを、職業安定法見直しなどの有力な根拠としている。たしかに、条約の見直しが議題になっており、そこには、「規制緩和」の考え方が反映していることは間違いがない。しかし、ILOの新たな条約や勧告について「規制緩和」という面にだけ注目することは、きわめて一面的な考え方である。
 むしろ、政府のねらいは、ILOが一九九七年に、かなり厳しい労働者派遣規制を定めるドイツやフランスの制度を念頭において、派遣労働者の派遣先との同一待遇などの国際労働基準を定める前に、労働者派遣事業や有料職業紹介の自由化=全面規制緩和を進めることにある。都合の悪い、ILOでの論議の内容が、日本国内に正確に伝わる前に、急いで規制を緩和してしまおうというのが政府の真の意図である。
 国内での規制緩和推進に、ILOの「外圧」を巧みに利用する日本政府の意図を見抜き、国際的に包囲して、その反労働者的役割を暴露することも、民主法律協会など、日本の自覚的団体の重要な課題であることを最後に強調しておきたい。


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