11.サイキック・ハンター、フーディーニ


「これまでに、最も霊媒を悩ませた人は一体、どんな人物だったろうか。それは間違いなくフーディーニその人である」
コナン・ドイル


ヴィ:合衆国のステージマジシャンだったフーディーニは、ステージ上の評判にもまして、心霊現象と死後生存説に反対し続けた人として歴史にその名を残しています。彼は心霊と名がつくものはすべて無条件に否定してきたため、当時の霊媒たちから目の敵にされています。そう、ちょうどO教授のように。

O:フーディーニなら私も知ってるよ。「心霊と名がつくものはすべて無条件に否定してきた」とか言ってるけど、それは違うぞ。彼は最初から「死後生存説を信じようとしている」人物で、彼が霊媒たちから目の敵にされたのは単なる結果だ。フーディーニは霊能者たちをおとしめようとしていたのではなく、本物の霊能者探しをしていたのは割と有名な話なんだがな。そして、結局は偽者ばかりなので、最終的に自らを「サイキック・ハンター」と名乗ったわけだ。

 ここらへんは確かに私と同じだな。私も最初は、本物の超能力者・霊能力者を求めて色々な人に会いに行ったよ。ところがどれもこれも胡散臭い奴等ばかりで。その結果としてすべてが信用できなくなり、偽者狩りに走るのは当然の成りゆきだろう。フーディーニが私と同じように霊媒たちから目の敵にされてたって? いいじゃない。いつの時代でも、真実の探求者に反対する人たちは多いものだ。

ヴィ:教授の言う真実は教授の心の中だけにあり、決して他人と共有できるようなものではないと思えるのは私だけでしょうか。

O:少なくとも私の真実はフーディーニと共有できるね。ヴィクター、君の方こそ、その、君の心の中だけにある、誰とも共有できない似非真実とやらをいつまで主張し続けるつもりなの。

ヴィ:教授の間違った真実が壊れて、消えて無くなるまでは主張し続けるでしょうね。

 しかしながら、フーディーニが本物の霊能者を捜していたのは確かに事実です。ただ問題なのは、彼は本物を見つけた後でも、一旦認めた後でその言葉をひるがえし、すべてが偽者だと周囲に言ってきたことです。

 フーディーニの伝記を書いたリンゼイ・グレシャムは、彼が人をだまし、うそをついてきた事実を述べています。グレシャムによれば、フーディーニの助手ジム・コリンズは、マージャリー・クランドンという霊媒の調査の際にフーディーニがしたことについて口外しないようにと彼自身から釘を指された、と告白しています。何しろ、もしマージャリーが本当に本物なら、フーディーニは1千ドルを失うことになっていたのです。

 それが起きたとき--実際、フーディーニとその助手はこの手の不正を何度もやってきたに違いありません--他界から現れた知性「ウォルター」はその所業を暴きフーディーニをののしりました;

「フーディーニ! ベルが鳴らぬよう、何か、おまえ、差し込んだな!」


 灯りがつけられてすぐに、マージャリーが手を触れずに鳴らすはずだったベルに、消しゴムが挟まっているのが見つかりました。ウォルターは暗闇の中でフーディーニのごまかしを、一部始終見ていたのです。その次の交霊会でもフーディーニは新たな不正を試みます。交霊会が始まってすぐウォルターが、フーディーニがマージャリーの評判を落とすために、何かキャビネットに入れたと言い出しました。その日マージャリーは厳密を期すために、窮屈なキャビネットに入れられていて、両手を脇の穴から出し、それを他の人が握っている状態で実験していました。ウォルターの言葉に、フーディーニと他の調査員達は激論を交わし、ウォルターがついに「フーディーニ。ここから出て行け、そして二度と戻ってくるな。お前が出て行かないなら、俺が出て行く!」と言い出し、もう実験どころではなくなってキャビネットが開けられました。そしてキャビネットの中に伸縮自在の定規が見つかったのです。
この後フーディーニは、マージャリーがその定規を口にくわえていつもベルを鳴らしているのだと言いふらし始めました。しかしグレシャムの伝記によれば、その日フーディーニの助手としてついて来ていたコリンズが、フーディーニの死後、その定規について聞かれたとき、「あれを入れたのは俺自身だよ。ボスがそうしろと言ったのさ。彼はマージャリーをなんとかしてやりたかったんだ。」と述べています。マージャリーに対するフーディーニの態度は改められず、そしてある日、「ウォルター」に歴史的な言葉を言わせることになります;

「フーディーニ、この悪党め! ・・・忘れるなよ、フーディーニ、お前は不死身ではない。いつかは死ななければならないのだぞ!」


O:うーん。また怪しい話が出てきたな。その伝記を書いた人が事実を書いたと誰が証明できる?

ヴィ:そういうことでしたら、この話を信頼してよいと思える理由をいくつかあげましょう。

 マージャリーの夫クランドン博士が物理心霊現象の報告などを読み、若干の好奇心もあって交霊会をやってみようと思ったとき、マージャリーには明確なひとつの目的がありました。それは数年前に他界した兄、ウォルター・スティソンが死後も存続していることを証明するという目的です。最初に行なった交霊会の出席者の中で、マージャリーのみが霊能を持つことがわかってから、彼女はその能力を順調に開花させていきました。特に霊媒の口を用いない、宙空から霊の声がする直接談話現象が始まったとき、科学者たちは彼女に目をつけ、本格的な調査が開始されたのです。その結果、数人の科学者がマージャリーの霊能を認め、他のものは何度交霊会を続けてもはっきりとした意見表明を拒否しました。これは、偽者であると証明ができなく、そう言うしかなかったと解釈できます。きっと何人かは、本物ではないかと思い始めていたことでしょう。

 こうした中でウォルター霊は自分の身元を明らかにしようと色々な試みをしてきました。その中でも秀逸なのは指紋を送ってきた一件です。ある管理された状況で行なわれた交霊会において、ろうの上に超常的な指紋が作り出されました。その後ウォルターは、生前の最後の旅行に出かけるにあたって剃刀でひげをそったが、その剃刀がそのままトランクの中にはいっていると伝えてきたのです。これを聞いた母親がその剃刀をとりだし、専門家に残っていた指紋をとらせたところ、ろうにできた指紋と完全に一致しました!

O:どうも信用できんな。私がその時代に生きていたらうそを暴いてやったのに。

ヴィ:結局その線になるのですかね。他の人がいくら調査してもだめで、自分が調査しなければ信用できないと。

O:その通りだよ。

ヴィ:それでは、今度お会いしたときにあるものをお持ちします。ところで教授、教授は意識が物体を動かすことができると思いますか。

O:そんなの思うはずないじゃない。

ヴィ:今度持ってくる機械を試してもらえれば考えが変わりますよ。それをきっかけとして、教授の頭がもう少し柔軟になってくれればと思います。

O:いったい何の機械を持ってくるつもりなの。

ヴィ:それは持ってきたときにわかります。とりあえず、フーディーニの話をもう少し続けましょう。

 このようにすべての霊媒を否定しようとしたフーディーニですが、彼が本物の霊媒を見つけたことを正式に認めたという記録が残っています。プロのマジシャンであり心霊研究家でもあったアメリカのラリー・オーバックはあるインタヴューの中で、フーディーニは最終的に、死後の生の存在を明確に証明してくれる霊媒を発見したと主張しています。この件の詳細は、彼が発行し、他の懐疑的なマジシャンたちがその配布を禁止しようとしている、彼自身のニューズレターに詳しく載っているとラリーは述べていました。

 ジェローム・エリソンも彼の著書「The Life Beyond Death(死を超えた生)- 1974」において似たようなことを述べています;

「彼(フーディーニ)は各地を興行して廻りながら、霊媒たちを片っ端から偽者だと暴き立て、ぞっとするような見出しで彼らを酷評した。しかしながら彼の調査は、そのあまりの無分別さを洗い流すような形で終わりを告げた。霊媒たちの何人かは、フーディーニが交霊会に同席しても何も暴かれることはなかった、つまり本物だったのだ。」


 フーディーニが死後存続を信じるべき理由を持っていたことは、生前に妻と交わした約束からもうかがい知ることができます。彼は自分が死んだ後で、もし可能なら決めておいたメッセージを彼女に送ると言ったのです。

 1926年にフーディーニが他界してから二年後、アメリカの不世出の霊媒アーサー・フォードによって、フーディーニが妻と約束した秘密のメッセージが受け取られました。アーサー・フォードの自叙伝によれば、彼はフーディーニが霊媒たちに対して行った「暴露」を、偏見に満ち、不公平なものだとみなし、当然のことながらこのマジシャンを嫌っていました。そのため彼が1928年2月8日にトランス状態から覚めたとき、フーディーニの母親が彼の口を借りて「許して(FORGIVE)」という言葉を伝えたのを聞いて非常に驚いたのです。その母親は、フーディーニと自分は生前に、この「許して」という言葉から通信を始めることを約束していた、と続けました。しかし、フォードはフーディーニを嫌っていたので、このメッセージに対して何かをする必要性を全く感じませんでした。それでも、交霊会に出席していた他の人たちがベアトリス・フーディーニ夫人にこれを伝えたのです。

 この事実を聞いて「サイエンティフィック・アメリカン」の編集者が、熟練した速記者と共に、フォードの交霊会に出席することになりました。しかしそれ以上の情報はなかなか送られて来ません。実際のところ、フォードも他の出席者たちも、フーディーニからの通信を率先して受け取ろうという気はなかったのです。

 暗号に関する通信はその年の11月になってやっと始まりました。そこから2ヶ月半に渡って8回の交霊会が持たれ、フーディーニとベアトリスが舞台で使っていた暗号法を用いて、10個の単語が送られてきました。フーディーニ夫人は、そのメッセージが正しいものであることを認め、自宅で交霊会をすることを許可しました。そして、最初の「許して」という言葉が受け取られた交霊会から数えて10回目の交霊会において、その暗号の詳しい解読法が、フーディーニからベアトリスへと伝えられたのです。彼女は交霊会の翌日、この通信が信頼できるものとし、夫との間で約束されたものであったという陳述に署名しました;

ニューヨーク市1929年1月9日
いろいろと反対の声明もありますが、私は、アーサー・フォード氏が伝えてくださった通信は、首尾一貫していて、決められた順序に従っている点において、フーディーニと私との間であらかじめ約束しておいた正しい通信であることを、ここに宣言したいと思います。
ベアトリス・フーディーニ
証人ハリー・R・ザンダー
ミニー・チェスター
ジョン・W・スタッフォード

ちなみにザンダー氏はユナイティド・プレスの代表、チェスター嬢はベアトリスの昔からの友人、スタッフォード氏は前に述べたサイエンティフィック・アメリカンの編集者です。

O:どうも怪しいな。「フーディーニからの交信」と呼ばれたものは多数存在したそうだが、一切が間違ったものだとか、何かの本で読んだことがある。うん、だんだん思い出してきたぞ。そうだ、パソコンはあるか?

ヴィ:どうぞ。

O:そういうのに詳しいページを読んだ覚えがある。えーと「フーディーニの暗号」で検索してみるか。おっ、あった、あった、これだ。ちょっと読んでみてよ。これ読んでもまだそんな世迷いごとを言い続ける?

ヴィ:私は読む方はちょっと。要約していただけませんか。

O:それだけしゃべれるのに読めないなんて、不思議なもんだね。まあ、いいよ。無知な君のために要約してあげよう。

フォードが霊界からのメッセージと称して一番最初に伝えた合言葉「許して」を聞かされたベアトリスは、フォードへ手紙を送った。その中で彼女は「また反面、一、二のとるにたらない間違いもございました。たとえば、フーディーニの母親は、息子のことをエーリッヒと呼んでおりました」と書いている。

ここで書かれている「エーリッヒ」とは、フーディーニの本名である。彼の本名は「エーリッヒ・ワイス」なのだ。ベアトリスは矛盾することはないと書いているが、生涯に渡って呼び続けた息子の本名を呼ばず、それを違う名前で呼ぶなどということがあるのだろうか。このことはフォードも矛盾を感じたのだろう。自伝『サイキック』の中では、最初の合言葉を伝えた際、母親が「エーリッヒ・ワイス」と呼んだことに話を摩り替えている。

ヴィ:ちょっと待ってください。何か変ですね。フォードの自伝と言えば有名なのは "Nothing So Strange" (New York: Harper and Row, 1958)ですが、「サイキック」というのはその本でしょうか。

O:知らんよ、そんなこと。

ヴィ:何か別の本、、、いや、それはあり得ないですね。誤訳でしょうか。原本にはフォードのガイド、日本では何と呼ぶのでしたっけ。確か指導霊だったと思いますが。

O:私に聞かないでよ。そんな変な用語、知るはずないでしょ。

ヴィ:それでは、とりあえずガイドと呼びましょう。そのガイドであるフレッチャーという霊が、「彼女はハリー・ワイス、別名フーディーニとして知られていたものの母親だと言っています。"She tells me that she is the mother of Harry Weiss, known as Houdini." 」と述べています。

O:似たようなもんじゃない。母親は「エーリッヒ・ワイス」と呼んだのではなく「ハリー・ワイス」と呼んだ。十分おかしいでしょ。

ヴィ:いえ。いろいろな理由から、母親がこう呼んでもおかしくないと思えます。ハリーという芸名は「エーリッヒ」を崩した愛称「エリー」から来ています。この「エリー」をアメリカ風に呼んだのが「ハリー」で、この二者の間には本質的な違いはないのです。

O:だから何? 本質的な違いはないとか言われても、違うものは違うよ。

ヴィ:さらに言うなら、ハリー・フーディーニというのは本名なのです。彼は母親が亡くなった1913年に、長年舞台で使って来たこの名前を、正式に法律上の名前として使えるよう改名しました。その事情を考えると、母親が息子の意思を尊重して、彼をハリーと呼ぼうとしたことは十分予想できます。

O:はー。まあ、そういうことにしておこうか。先を続けていいかね。

ヴィ:はい。

O:まず問題なのはこの「許して」だ。この合言葉は、霊界にいる者から受け取ったのはではなく、何か別のところから情報を入手したのではないだろうか。このページの作者はその情報を1928年2月11日付けの『ニューヨーク・タイムズ』の記事に見つけたと書いている。記事によれば、1927年3月13日に発行された『ブルックリン・デイリー・イーグル』の中で、ベアトリスがインタビューに答える形で、フーディーニが探し求めていた合言葉が「許して」であったことを述べているという。
 つまり、フォードが「許して」という合言葉を伝えた1928年2月8日より前の、1927年3月13日に、情報が外部に漏れていたのは確かだというわけだ。

ヴィ:それは有名な話です。その記事にも書かれていますが、ベアトリスによればフーディーニは母親が亡くなる頃にはすっかりスピリチュアリズムに傾倒していて、母親に、死んでからなんとかして連絡をくれるように懇願していたそうです。しかし彼は母親からのメッセージを受け取ることなく、1926年10月に亡くなりました。そのとき彼は、死んでからベアトリスに連絡を取ることを試みると約束しています。

 その後たくさんの霊媒が、フーディーニ、またはその母からの通信だと言って、ベアトリスに言葉を伝えて来ました。有名なところでは、コナン・ドイルの奥さん、彼女もまた霊媒だったのですが、その奥さんが伝えて来たものもあります。しかしそのどれも「許して」という合言葉を含んでいなかったとベアトリスはその記事において言っています。

O:そこまで知っていてよくさっきみたいなことが言えるね。この合言葉が出て来たことは不思議でも何でもないじゃない。

ヴィ:私はそのような短絡的な考え方はせずに、常に理性的に、公平に判断を下そうとしています。ちなみに、この合言葉の疑惑に関しても、もう一つ別の話があるのを知っています。ベアトリスは1926年12月16日付けでコナン・ドイルに手紙を書いていて、ハリーが生前寝付けない夜を送り、「ママ、ここにいる?」と言ってはしょっちゅう目覚めていたこと、母親から「許して」という言葉が伝わるのをずっとあきらめずに待ち望んでいたことを述べています。一方フォードは1927年にイギリスを訪れ、コナン・ドイルとも会っています。ここで合言葉の情報が漏れた可能性もあります。

 しかしこれらはフォードが事前にそれを知ることができたという状況証拠でしかなく、具体的に知ったかどうかはこれだけでは判断できません。そこは総合的に、慎重に判断されなければならないのです。

O:なるほどね。まあ、このページの作者もこれだけでフォードが詐欺だとは決めつけていない。次の問題は「フーディーニの暗号」が事前に漏れていなかったかどうかだ。この人はそれを徹底的に調べた結果、実際には交霊会の一年ほど前に、ベアトリスが何人かの記者に、うっかり暗号について話していたのが分かったと述べている。このページによれば、ベアトリスが記者に話していたのは、次の10個の言葉だ。

ROSABELLE
ANSWER
TELL
PRAY. ANSWER
LOOK
TELL
ANSWER. ANSWER
TELL

ヴィ:? ちょっと変ですね。そのページの作者はどこからそんな情報を得たのでしょう。是非ともその情報源を知りたいですね。というのも、私の調べた限りでは、フーディーニとベアトリスの間の取り決めは「a ten-word message」だけだったはずだからです。いろいろな資料において、ベアトリス自身がそう述べていると書かれています。それしか知らず、具体的な内容は知らなかったので、実際のメッセージが来たとき、その内容に彼女は驚いたのです。

 ちなみに「a ten-word message」の言葉は、二通りにとらえることができます。彼らが暗号化のキーワードとして使っていた単語は全部で10個なので、その単語の組み合わせによるメッセージはすべて「a ten-word message」と呼べるでしょう。もしくは単に10個の単語によるメッセージも「a ten-word message」だと言えます。そのどちらかはわかりませんが、ベアトリスがうっかり漏らしたとすれば、それは暗号キーワードの10個の単語であって、今教授が言った言葉ではありません。教授が言った単語はフォードによって受け取られたものですが、ベアトリスはこれを聞いたときに「ハリーがどんな単語の組み合わせを使うのか全くわからなかったし、それが*****だったのはとても驚きでした。」と言っています。

O:なんだ、その*****ってのは?

ヴィ:それはまた後でお話ししましょう。とにかくベアトリスは、そのページに書いてあるような10個の単語に付いて知らなかったし、知らない情報を記者に漏らせるはずはありません。そのページには、それ以外になんと書いてあるのですか。

O:この暗号を解く方法が、1928年にアメリカで出版されたフーディーニの初の伝記、『Houdini-his life story-』の中に書かれていたとあるな。
この伝記を書くにあたって著者のハロルド・ケロックは、フーディーニの妻ベアトリスにも情報提供に協力してもらっていた。これで、フォードが交霊会で「フーディーニの暗号」について語る“前に”情報は入手できたことになる。

ベアトリスは宣誓供述書を書いた1、2年後に、ラジオの心理問題解説者でもあり、フーディーニの友人でもあったジョセフ・ダニンガーから、事前に情報が漏れていたことを聞かされ供述書を撤回した。そして彼女はフォードの交霊会を非難し、霊媒たちをみなイカサマ師だと攻撃した。また後には、彼らのイカサマを暴く映画製作の計画まで立てていたという。

結局、情報が漏れる以前に、ハリー・フーディーニの霊界からのメッセージを届けることができた霊媒はいなかったのである。
とまあ、こういう結論だ。見事なもんじゃないか。全然おかしくない。ちょっとした間違いが書かれていたかもしれないが、非常にいい、公平なページだよ。

ヴィ:私に言わせれば、情報の足りない、若干信頼性に欠けるのではないかと思われるページです。この通信が偽物であったとするページは英語でもかなりあり、たいていはもっともっとたくさんの事実が述べられています。

 でもそれらを紹介する前に、どのページにも書かれているこの暗号解読法に付いて詳しく述べましょう。その伝記に暗号の解読法に関して、その「一部」が書かれているのは確かです。そのページを要約すると、こんな感じです。この話は102ページと105ページに書かれています。とは言っても、103ページは広告、104ページは白紙なので、実際には連続した2ページです。

 彼らは手足のポジション、顔の筋肉を用いたシグナルと、時には言葉でもって、お互いだけが分かる暗号を舞台で伝え合っていました。ベアトリスは、観衆の一人が手の中にもっているコインの日付を、この暗号でフーディーニに伝えることができました。そうした数字を言葉で伝える方法として、次の表が105ページに載っています。

Pray 1
Answer 2
Say 3
Now 4
Tell 5
Please 6
Speak 7
Quickly 8
Look 9
Be quick 10


その本はこの表の後に、彼ら夫妻はこれらの言葉を使うことにより、一桁の数字、もしくは数桁の数字を伝えることができた、と結んでいます。はい、それではここで問題です。教授、これだけの情報でフォードから伝わったとされる次の言葉を解読できますか?

ROSABELLE ** ANSWER TELL ** PRAY ** ANSWER ** LOOK ** TELL ANSWER ** ANSWER ** TELL

O:最初のROSABELLEはなんだか分からんが・・・。ANSWER。2? 次はTELLだから5。要するにROSABELLEの後は251295225。? だいたいなんだ、この星印があったりなかったりするのは。

ヴィ:難しいでしょう。果たしてフォードがこれを読んだとしても正しく解読できたかどうか。ヒントをあげましょうか?

O:待ちなさい。こんなものすぐに解けることを証明しようじゃない。とりあえずこれらは何かの英単語になるのだろう。とすると数字はアルファベットの順番かもしれない。ROSABELLEは置いておこう。最初は2か25。それにしても、このANSWERとTELLの間に星印がないのはなぜなのか。もしこの印がない場合は二桁として考えることにすると数字の並びは「25,1,2,9,52,2,5」。おっと、これはあり得ないか。アルファベットは全部で26文字だからな。となると、この星印のないところから次の二単語が二桁を表すのかもしれないな。すると「2,51」・・・。これも違う。ヴィクター、この星印の表記は間違っていないのかね。だいたいにおいてこれはフォードの言葉として得られた情報だろう。なんで星印なんでついているの。

ヴィ:この位置はフォードが自伝を書くときに書き間違えたか、校正ミス、もしくは最初に通信を書き取った人のミスとも考えられます。ただしベアトリスは最初、これらの単語を聞いただけでその意味を理解しました。つまりにどこに星印があろうと、彼女に取ってはすぐに理解可能だったと言うことです。

O:よし、じゃあ星印は無視だ。それぞれがアルファベットを表していると考えると、「2,5,1,2,9,5,2,2,5」、29と95、52はあり得ないから、真ん中の「9,5」は確実に単独アルファベットを意味している。アルファベットで9番目と言うとI。そして5番目はE。だからとりあえず「2,5,1,2,IE,2,2,5」となる。まずはその他もすべて一桁の数字として考えてみるか。となると数字の列は「beabIEbbe」か。全然なんだかわからんな。待てよ、「bbe」なんかで終わる単語はない。しかも2か25で始まる単語、つまりBかYで始まって「bbe」で終わる。それはあり得ないから、最後は「22,5」か「2,25」。その前の「IE」は確定だから、最後は「IEVE」か「IEBY」。ほほー、わかってきた。「beabIEVE」か「beabIEBY」と来たら、おそらく正解は「BELIEVE」でしょ。「ab」の部分を二桁で考えると12番目。ほら。12番目のアルファベットは「L」だよ。この文字列は本来

ROSABELLE ** ANSWER ** TELL PRAY ** ANSWER ** LOOK ** TELL ANSWER ** ANSWER ** TELL

と区切れるんだろうな。そして数字は「2,5,12,9,5,22,5」と考えられ、これにアルファベットを当てはめると「BELIEVE」。どうだ!

ヴィ:とりあえず解けることは解けるようですが、あまり簡単とは言えませんね。さてここで、これから述べるいくつかの事実が問題となります。単語が一通り揃った後で、交霊会に参加していた二人がベアトリスを訪ね、まずROSABELLEという言葉を伝えました。これに夫人は非常に驚きます。そしてその後の9つの単語を聞いたとき、それが指し示す単語が「BELIEVE」であったことにまたびっくりしました。ベアトリスはなぜそんなにびっくりしたのでしょう。この種明かしはその翌日に成されます。ベアトリスに言葉を伝えた二人は次に、フーディーニの希望によって次の交霊会はベアトリスの家で行ないたいと言いました。彼女はこれにOKし、早速翌日また交霊会が持たれたのです。

 フレッチャーが「この前の夜と同じ男性が来ています。彼は私に'Hello, Bess, sweetheart'と伝えてくれと言っています。」という言葉で交霊会は始まりました。続けてフレッチャーは「彼は結婚指輪を外して、ROSABELLAEが何を意味するのか、みんなに教えてあげてくれ、と言っています。」と言いました。するとベアトリスは指輪を外し、こんな風に小さな声で歌い始めたのです。

Rosabelle, sweet Rosabelle,
I love you more than I can tell,
O'er me you cast a spell,
I love you, my Rosabelle!


彼女の指輪の内側にはこの歌詞と、フーディーニの似顔絵が刻印されていました。ただ公平を期すために言っておくと、反対論者達はベアトリスが何かとこの特別な刻印を、いろいろな人に見せていた事実を挙げています。つまりROSABELLEが二人に取って特別な意味を持つのを、フォードは事前に知ることができたと主張しているわけです。ただROSABELLEの特別な意味はこれだけに留まりません。ベアトリスが歌うのを聞いたフーディーニは、フレッチャーの助けを借りて「最初に君がその歌を歌うのを聞いたのは、何年も前の最初のショーのときだったな」と言い、それに対してベアトリスはうなずきました。ベアトリスは指輪を他人に見せるとき「初めてのショーで、主人の前で歌った歌よ」と詳しい説明までしていたのでしょうか。さらに、フーディーニの最後に立ち会ったジョセフ・ダニンガー、ベアトリスに供述書を撤回させた張本人である彼が、フーディーニが今際の際にベアトリスに対して「Rossabelle believe」とつぶやいたことを認めています。だからこそベアトリスはこのメッセージにびっくりしたのです。「ハリーがどんな単語の組み合わせを使うのか全くわからなかったし、それが“BELIEVE”だったのはとても驚きでした。"I had no idea what combination of words Harry would use and when he sent "BELIEVE" it was a surprise"」と彼女は述べています。

O:きっとどこかからその情報も仕入れたんでしょ。

ヴィ:ダニンガーもそう言っています。きっとどこかから、どうにかして、情報を仕入れたに違いない。「許して」が合言葉であったこと、ベアトリスに一番効果的な言葉は「Rosabelle believe」 であったこと、「Rossabelle」が二人に取ってどういう意味を持つか、暗号はどうやって解読するのか、これらはすべて事前に知ろうと思えばできました。

O:だったらフォードは偽物で終わり。それ以上何があるの?

ヴィ:教授、その短絡的な思考を止めてください。

O:こういうのを日本では理性的な思考と言うんだが・・・

ヴィ:いいですか。例えば誰かが殺された。そして教授はその人を殺すことが出来る立場にあった。これだけでは教授を逮捕すらできません。任意同行しても、証拠不十分で釈放です。ところがこの暗号の場合、現在分かっているのは「フォードが事前にそれらを全て知ることができた」、ただそれだけです。具体的にどうやって、いつ知ってということは一切分かっていません。なぜこの状況でフォードを偽物だと決められるのですか。それこそが短絡的思考なのです。

O:だって、本物だというのはあり得ないじゃない。

ヴィ:正体が出ましたね。偏見に満ちて、まともに論理的に考えようとはしない教授の正体が。

O:言ってくれるね〜。

ヴィ:フォードはこれらの情報を知ることができた。では、彼がもし詐欺を行なっていたとしたら、その動機は? 彼はそんなことをいかにもしそうな、いい加減な人間だったのか? と、このように論を進めて行くのが、本当の理性的な思考というものです。反論ページの中には教授よりよほどましなものがあります。中にはフォードがベアトリスを買収して、暗号解読法を受け取ったという証言をした三人の話を挙げているページがありました。しかしそれを書くのなら、その話をしたとされる時間帯にフォードは確かに他の場所にいたと証言している人が三人いること、フォードをおとしめるために反対派からお金を受け取った人がそれを告白したことも一緒に紹介しなければ片手落ちというものです。
フォードがモルヒネとアルコールに溺れていた事実を挙げ、そのような人は信用できないからこの交霊会も偽物だったという説もあります。しかし彼がモルヒネに依存し出したのは、1931年の自動車事故で兄弟(sister)を失い、自分自身もかなりのケガをしたときからです。それ以前のフォードと、この自動車事故以後のフォードは別に考えなければなりません。実は彼の死後、伝記を書くために部屋を整理していた人たちが、彼の顧客ノートを発見しました。そこには数々の死亡記事、WHO'S WHOに基づいた情報がたくさん書かれていたのです。ある有名な理学療法士が、フォードが最悪の日々を送っていた頃、公開の透視デモンストレーションにおいて、いかさまでごまかして楽をしていたと語った事実を述べています。

O:それだけの証拠が揃っているのなら、ヴィクターも事故以後のフォードはいかさまをしたと認めるわけだよね。

ヴィ:いくつかそうして、「楽」をしたことはあったでしょう。だいたいにおいてモルヒネとアルコールのダブル依存症の人が、いつでも本来の力を発揮できたとは思えません。

O:いくつかじゃなくて「全て」だろう。それにそんな人が、もともとはまともだったなんて私には思えないね。モルヒネやアルコールに溺れる人は、元々ずるをしたがる人だよ

ヴィ:いえ。この暗号の一件で世間からものすごく非難され、兄弟も亡くした彼が、それまでとはすっかり変わってしまったというのは予想がつきます。だいたいにおいて「フーディーニの暗号」通信が偽物だったとしたら、まだまだ疑問点があります。そもそもフォードの動機は何でしょう?

O:そりゃ、金でしょ。確か夫人は、ちゃんとした通信を受け取った人に10,000ドルを支払うと公言してたんだよね。

ヴィ:それなら、そのお金が動機でフォードが不正を働いたとしてみましょう。とすると、フォードは非常に良く調べて行動しています。特に、約束された通信が10個の単語からなる、あるいは10個の単語を元に暗号化されているということは、そう簡単には知ることのできない事実だと言えます。またフーディーニの今際の際の言葉にしてもそうです。それだけ調べて動いた彼が、なぜ暗号解読法を詳しく披露した際に、その一部はすでに伝記に載って出版されているという事実を言わなかったのでしょう。そんな一般的に手に入るものを元にして詐欺を働く人がいますか? しかもその伝記はベアトリスの協力の下に作成されていて、だからこそ暗号のページも載っていたわけです。そのベアトリスを騙してお金を巻き上げるために、伝記の内容を使うでしょうか?

O:だって、使ったんでしょ。事実は認めなくちゃ。きっとフォードは、その伝記の内容だけでは暗号解読法は不十分だから、それで騙せると思ったんじゃないの。実際ベアトリスだって、あそこまで情報公開していながら、暗号解読の詳細は誰も知らないはずだと思ってたわけだよね。

ヴィ:確かに。ベアトリスは10個のキーワードのことを知っている人はいても、その詳しい使い方までは知られていないはずだと言っています。ただ、この暗号を舞台で使いこなすほどの聡明な人が、伝記の情報だけでは全ての秘密を解読できる人が出てくるはずはないと思ったとは考えにくいでしょう。教授ですら解けたのですから。

O:何、その「教授ですら」ってのは?

ヴィ:ここで新しい事実を言いましょう。

O:(無視かよ)

ヴィ:実はこの交霊会の前にベアトリスはインフルエンザにかかり、しかも階段から転げ落ちて、かなりさんざんな状態でした。そんな状態だったからこそ、つい暗号の詳細までは公開していないから、フォードがそれを解読できるはずはないと思ったとも考えられます。つまり私が言いたいのは、夫人が正常な状態だったら、到底騙せなかったろうということです。こんなずさんな計画があり得ますか? しかもあの伝記の情報だけから暗号の正しい使い方を考えて、それが「たまたま」正しかった。これは教授が暗号を解いたのよりも高度なことです。先に暗号があればあの情報を元に何とか解読できました。しかしあの情報だけで、いったいどうやって暗号の詳しい使い方を考えられたのでしょう。ここまでしっかりと推論して、なかなか得難い情報まで集める人が、こんな手抜かりの計画を立てますか? 冷静に考えておかしいと思いませんか。
さらに言うなら、フォードは非常に名声があり、10,000ドルのためにそこまでの危険を冒す必要はない立場だったと言えます。そして彼は、最終的にそのお金を受け取りませんでした。まあ、それには、夫人があちこちからいろんなことを言われ、フォードが偽物だと信じ込まされたことも当然影響していますが。

O:数字でアルファベットを伝えるとなれば、当然その数字はアルファベットの何番目かを指していると考えられるでしょ。それが一番単純で覚えやすいだろうし。

ヴィ:逆にもし、それが非常に簡単だと感じるのでしたら、当然それはベアトリスに見破られるとは思いませんか。

O:だから要するに、フォードは馬鹿だったんでしょ。ちょっとは頭が回って、ベアトリスとフーディ二に関する秘密をいろいろと調べたけど、実行された計画は浅はかなものだったわけだよ。

ヴィ:それでは教授はこう言いたいのですね。フォードは昔のインタビュー記事を見て、フーディーニの母親が言うべき合言葉は「許して」だと知った。次にフーディーニとベアトリスの間で約束された言葉は「a ten-word message」だということをどうにかして知った。これはどうやって知ったのでしょう。フォードは誰かスパイでも雇っていたのでしょうか。さらに彼は、フーディーニが最後に「Rosabelle believe」とつぶやいたのを、これもまたどうにかして探って来た。その後に「Rosabelle」がどういう意味を持つのか、じっくりと探ったのでしょうか。そして伝記が出版されて、暗号解読法の一部が公開される。フォードはそれを読んで、そのキーワードを用いて番号ではなく単語を伝える方法を考えた。そしてこれはたまたま正しいものだった。次にその方法を「Rosabelle believe」に当てはめた。すると、「believe」だけを暗号化すると、ちょうど単語が10個になる。これなら、10個のキーワードを使っているし、メッセージ自体の単語数も10個だし、どこからどう見ても「a ten-word message」という条件に合う。ここまで用意周到に準備して来たフォードは、当然伝記のことを知っているベアトリスをこの材料で騙せると信じて、10,000ドルを巻き上げようとした。と、こういうわけですね。

O:何の矛盾もないな。

ヴィ:しかしこの論理でフォードを有罪と決めつけて逮捕するのは無理です。むしろ無罪の方、つまり通信は真実であった方に軍杯が上がるでしょう。しかもこちらには、陪審員達をさらに納得させられるもう一つの事実があります。フレッチャーはベアトリスを前にした交霊会で、彼(フーディーニのこと)は自分の妻だけしか知らないことを伝えたがっていると言い、「彼は笑って絵を見せています。そしてカーテンを引く真似をしています。」と続けました。これは明らかに何か、ベアトリスだけはわかることだったようで、彼女はフランス語で「私はそんな風にカーテンを引いたわ"Je tire le rideau comme ça."」と言っています。これが二人に取ってどういう意味だったのか、なぜベアトリスはここで突然フランス語を使ったのか、その秘密をフォードが事前に知ることができたのか、それについて書かれたものを私は目にしたことがありません。

O:それはヴィクターの単なる調査不足でしょ。

ヴィ:なるほど。その一言で切り捨てますか。では改めて聞きましょう。これだけの話を聞いても、まだフォードの受けた通信は偽物だったと言いますか?

O:ああ、言うよ。フォードはすべての事柄を事前に知ることができた。

ヴィ:最後の、奥さんだけに通じた事柄は除いてです。

O:ひとつくらいいいじゃない。それもいずれ、事前に調べることが可能だったという結論になるでしょ。そして、この状況ではまだ、本文か偽物かは五分五分だと言いたいんだな、ヴィクターは。

ヴィ:その通りです。そこから動機や、犯罪のプロファイル作りを考えて行かなければなりません。

O:そりゃ、時間の無駄ってもんだよ。

ヴィ:どうしてですか。

O:だって可能性の一方、メッセージが本物だったというのはあり得ないんだから。五分五分なら偽物だと思うのが普通だよ。ん? 何か文句ある?

ヴィ:いえ。単に、教授に正しい理論の組み立て方を教えるのは苦労しそうだと思っただけです。小学生に大学の講義は無理なのと同じように。

O:君は私を小学生だと言いたいのかね。

ヴィ:いや。そんな老けた小学生がいたら恐ろしいですよ。私は単に「小学生なみ」と言っているだけで。

O:君は今、とても失礼なことを言っているよ。わかってる?

ヴィ:そうですか。英語と日本語は違うので、気づきませんでした・・・。

弁護士の論じる死後の世界


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