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第4回
シュールさが「紅白歌合戦」の身上

 一般に、祭りの場では、日常では想像できないようなことが起こります。いつも見慣れているのと同じことをやっているのでは「祭り」にはなりません。昔、天の岩戸の前でアメノウズメノミコトが裸踊りを踊ったというのも、非日常を演出する趣向の1つなんでしょう。たぶん、彼女はふだんは裸踊りなんかやらなかったろうと思う。祭りだからこそ踊ったんです。

 さて、「紅白歌合戦」も国民的な祝祭であるからには、いろいろな「非日常」が出現しなくてはなりません。小林幸子・美川憲一の衣装もそうで、あんな毒々しい衣装をまとった人は、紅白以外ではまずお目にかかれないでしょう。でも、「紅白」の非日常性は、何も2人の衣装合戦だけに負っているのではありません。

 1993年の「紅白」の途中で、突然、ステージに紋付き袴姿の谷啓が登場しました。どうしたのかと思って見ていると、谷さんはおもむろに「来年の平和といやさかを祈って」と宣言し、ひとこと「がちょん」と叫んで引っ込んだのであります。全視聴者がコケたのはもちろんです。谷さんはこれだけのためにNHKホールに来たのです。こんなことは、ふつうは考えられないことです。

 こんなのはまだ可愛い。その前年(1992年)、NHKのドラマの出演者が応援に駆けつけたときのことです。みなが「伊東四朗さんが来ないねえ」といった意味のことを言っていると、突然、サーカスの猛獣使いのような扮装をした伊東四朗が登場し、なんと「電線音頭」を踊り出したのです。つまりこの扮装は、かつてのテレビ朝日の人気番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」の「ベンジャミン伊東」の扮装だったわけです。なぜここにベンジャミン伊東が出てこなければならないのか、必然性はまったくなし。あえていえば「紅白」だから出てきたとしか言いようがありません。ステージにはいつの間にか、人気者だったあの「電線マン」も出現していっしょに「電線音頭」を踊っています。踊り狂う伊東四朗の目はもう完全にイッちゃってます。さすがに僕も笑い死にしかけました。

 1995年、H Jungle With T の浜田雅功が歌っていると、どこからともなく、相棒の松本人志が白塗りの芸者姿で現れ、熱唱中の浜田に着物を着せたりかつらをかぶせたりして、芸者の扮装に仕立てようとしました。いやがる浜田を追いかける松本。ふだんNHKには絶対出演しない彼が、こうして不謹慎な姿でカメラに映されたさまは、一種異様な光景で、最近の紅白の名場面の1つとなりました。

 1997年のハーフタイムショーでは、その年1年を代表するスポーツ選手らを紹介するホステス役として、佐藤藍子・菅野美穂・安達祐実といった旬の女優が、わずか数分の司会役だけのために起用されました。うっかり見逃してしまったファンも多いのでは。こんな贅沢なキャスティングは、「紅白」ならでは考えられないことです。

 見る者を仰天させる演出の例としては、これらはごく一部にすぎません。日常平凡のショーでは起こりえないこういう展開は、まさに「シュール」の形容がぴったりです。このシュールさは「紅白」の身上ともいうべきもので、どの年にも必ずあっと驚くような趣向が随所にこらされています。

 これは、単に視聴者の興味を引くだけのものではありません。制作者側はどう考えているか知りませんが、僕としては、こういった演出こそが、「紅白」のハレの場としての非日常性を高める役割をしていると思います。言い換えれば、そこで用意された演出が思いがけないものであればあるほど、祝祭としての「紅白」、ありふれた日常性からの解放装置としての「紅白」の価値は高まって行くのです。

 ふだんNHKの娯楽番組といえば、ぬるま湯的なお笑い番組や、地方を回ってお年寄りだけを喜ばせているお粥番組しかイメージしない視聴者は、「どうせ『紅白』の演出といっても高が知れている」と考えているフシがあります。しかし、それは間違いです。「紅白」の演出は、ふだんの微温的な娯楽番組からはとても想像できないほど高水準です。神わざの域に達しているとさえいえます。

 一時期、「紅白」のステージが華美だ、あんなことに受信料をつぎ込むのはけしからんという議論がありました。今でもあるかもしれません。しかし、華美でない「紅白」というのは、いわば、冷えない冷蔵庫のようなもので、本来の目的を放棄した抜け殻のようなものです。ただ単に歌を歌うだけであれば、「レコード大賞」と変わりがありません。単なる歌番組を超え、呪術性を備えた祭りの場の役割を果たすもの、それが「紅白」なのです。

 祭りである以上、次にどんな非常識な展開があるか分からない。手に汗を握ってブラウン管を見つめるのが、正しい「紅白」の視聴の仕方です。制作者におかれても、そのつもりで、演出がスベらないようにがんばってほしいものです。

(1998.11.03)


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