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きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
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99.11.09

私の中では

 「私の中では……」とか「自分の中では……」というような言い方を、最近、特に耳にします。もっとも、この言い方は、昔からやや文学的な表現として、しばしば用いられることがありました。

サイパンが陥ちてこのかた、本土空襲は免がれないものとされ、京都市の一部にも強制疎開が急がれていたが、それでも金閣というこの半ば永遠の存在と、空襲の災禍とは、私の中でそれぞれ無縁のものでしかなかった。(三島由紀夫「金閣寺」)

 ざっと用例を見ただけですが、ほかにも文学作品では「私の中では戦争は変らず生きている」「何かが私の中で変っている」というふうに使われています。
 歌でも「夕暮れに ぽつり たたずんでたら/誰かが つぶやいた あたしの中で(谷山浩子作詞「FU・SHI・GI」1980年)とあります。
 従来の用例は、多くは、「○○というものが、私の中でどうだった・どうした」というように、「○○」という主格が、私の心という場所で、どういう状態を示したかということを言っているようです。かなりレトリカルな言い回しなんですね。
 それが、ここ最近、もっと軽い感じで使われているように思います。たとえば、テレビを見ていたら、コンテストに出場した新人コメディアンに、レポーターの大路恵美さんが尋ねていました。

手応え的には自分の中ではどうですか?(NHK新人演芸大賞 1999.11.03 13:05放送)

 これは、「手応えはどうですか?」と聞けば済むことですよね。「自分の中では」というのは大げさだな。「ご自分の感じとしては」とでもいうほどの意味なのでしょう。
 ある短大生が書いた文章には、次のようにありました。

〔「キティちゃんの電報」の広告について〕私の中でちょっと心に残る広報{ママ}でした。(1999.10.22)

 「私の中で、この広告のコピーが盤踞していた」とでもいえば文学的言い回しになるのでしょうが、この例では「私の中で」を取ってしまってもいいぐらいのもんだ。「心に残る」とあるのだから、「私の中で」はむしろ余計だ。
 「私の中では」は、かつてはちょっとしゃれた言い回しで、文章家によって使われたものが、だんだん日常語に取り入れられて来たようです。テレビを見ていて、不意に耳にするのですが、なかなか記録できません。用例を拾ったら追加したいと思います。


追記 この間採集してあった例を思い出しました。福井謙二さんと鶴田真由さんの対談です。

 福井 ラブシーンは何度もなさってると思うんですが、あの中井貴一さんとのラブシーンは、ご自分にとってはハードなほうなんですか。それともソフトなほう……。
 鶴田 私の中ではハードですね。(「週刊朝日」1999.11.05 p.42)

 福井さんは「ご自分にとっては」と言い、鶴田さんは「私の中では」と言う。新旧の世代の差が現れているようです。「私の過去のラブシーンの中では」という意味ではなく、「私にとってはハードな部類です」ということでしょう。(1999.11.10)

追記2 NHK「ニュース7」の森田美由紀アナウンサーも、愛用者であることが判明。インタビュー番組で2回使っていました。

・(過去のVTRを見ながら)〔このころは〕自分の中ではかなりうまくなっていたころではないかと思うんですね。

自分の中では〔声の〕トーンを落とすように心がけていることはありますけど
(NHK「スタジオパークからこんにちは・アナウンサーにQ」1999.11.19 14:05)


追記3 道浦俊彦氏「平成ことば事情」のことばの話128(2000.05.24)にもこの話題がありました。(2001.04.13)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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